第1025話、アディスホーラー攻略戦


 討伐軍旗艦、戦艦『ハイレシス』。

 艦隊司令長官オープス大将のもとに、瘴気しょうきの霧を抜けた友軍の被害報告が届く。


「残存艦艇、戦艦29、クルーザー40、空母14、フリゲート64――。外周艦隊は全滅です」

「そうか……」


 瘴気の霧を抜けるまでに、闇竜の攻撃で損害は覚悟していた。戦艦11、クルーザー18、空母4、フリゲート46が撃沈され、小型艦がかなり喰われた。

 そして霧を抜けた先、敵本拠地を前に、千に達する大群が待ち構えている。


「長官、そろそろ封緘命令書の開封の時間では?」


 参謀長がオープス大将に声をかけた。ふむ、と頷いた艦隊司令長官は、懐から封筒を取り出し、未開封であるのを幕僚らに見せた後、開封した。

 素早く目を通すオープス大将。参謀長らはそれを固唾を呑んで見守る。果たして、タルギア大公からの秘密指令とは何か――?


「参謀長」


 書類に目を通し終わり、司令長官は参謀長にそれを渡した。読み込む参謀長は驚愕した。


「……何と! 敵が攻撃してこなくなるコード!」

「ふむ、これが本当なら、数の劣勢も跳ね返せるな」


 封緘命令書の中身は、艦隊の識別コードを記載されたものに変更することで、闇の勢力は攻撃してこなくなる、という驚くべきものだった。そしてそれを利用し敵を撃滅すべし、という命令が添えられている。


「これはどういうことでしょうか、長官」


 参謀長は半信半疑といった顔になる。


「何故、このような情報を大公閣下が――」

「ふむ、封緘命令書にするわけだ。敵にこれが知られれば、おそらくこの識別コード作戦は成功しなかっただろうからな」


 オープス大将は長官席から立った。


「全艦にコード変更を通達。その後、敵軍に対し突撃を敢行せよ! 大公閣下が我らに勝機を与えてくださったのだ! この機会を逃さず、アポリトの宿敵をここで、討ち滅ぼすのだ!!」


 幕僚らに有無を言わさず、オープス大将は攻撃命令を出した。

 そう、命令は発せられたのだ。


 ――これで、よろしいですね、マスター。


 オープス大将――いや、それに成りすましているシェイプシフターは、言葉に出さず心の中で呟いた。



  ・  ・  ・



 討伐軍本隊と各方面艦隊は、各自識別コードを変更して、進撃を開始した。

 俺はダーハのコクピットから、封緘命令書の内容をメギス艦長に伝え、戦隊の識別コードを変更させた。

 見たところ、誰もこの命令を疑っていない。俺はほくそ笑んだ。


 本来の封緘命令書は『闇の勢力と共同し、外周艦隊を撃滅。その後、本島に帰投せよ』と記されていた。

 だがこの命令書は、俺が介入したことで、その存在は改変された。


 闇の勢力と共同で外周艦隊を攻撃する際、闇の勢力側から攻撃されなくなる識別コードは本物だ。

 だが、いま配布された命令書には、外周艦隊の記載は一切なく、あくまでそのコードを利用して闇の勢力を叩けと書いた。


 俺はスティグメから直接、封緘命令書を受け取ったが、それは特別だった。他の指揮官たちは、討伐軍司令部から渡されると聞いたからだ。

 特に合流する方面艦隊分遣艦隊は、合流時に受け取ることになっていたから、俺は封緘命令書をすり替えることにした。


 同時に司令長官であるオープス大将――つまり現場で、指揮下の部隊に一番影響力のある人物に手を回した。

 オープス大将の自宅を訪問した俺は、そこで本物の彼を排除し、シェイプシフターと入れ替えたのだ。


 これで偽の封緘命令書を現地指揮官たちが不審がったとしても、最上級指揮官を押さえたことで作戦を強行できるようにしたのだ。

 軍人とは命令に忠実なものだ。封緘命令書と司令長官が『イエス』といえば、それは『イエス』なのだ。


 かくて、147隻のアポリト艦隊は、約一千の闇の勢力軍勢に攻撃を行った。

 戦艦の主砲、クルーザー、フリゲートの各魔法砲が黄色い光弾を放ち、空母からは戦闘機が、各艦艇からは空中戦対応の魔人機が次々に飛び立った。


 空中クジラほか、闇の勢力の飛行モンスターは、漂うばかりでアポリト艦隊の猛攻撃を受けた。胴を撃ち抜かれ、部位を引き裂かれながら、爆発ないし墜落してき魔物群。

 ……本当に攻撃してこないな。


 俺は一向に近づいてこない敵を見やる。その間にも艦隊は、グングンとアディスホーラー島へ突進していく。

 攻撃されたら反撃してくると思ったのだが、そんなこともなかった。


「七面鳥……いや、こりゃタダの射的だな」

『コードひとつで、ここまで案山子になるとはな』


 ディーシーも呆れたようだった。


『空中クジラも、その頭の出来はかなり悪いようだ』

「始めはもっと苦戦すると思ったんだが、杞憂きゆうだったかな」


 いや、そう思うのは早いかもな。何せ、島に上陸してからが、本格的な攻略戦となる。島の連中もコードで騙されてくれると楽だが、闇の勢力をコントロールしている奴らがいるのだから、そう簡単にはいかないだろう。

 実際、各艦艇の艦砲射撃で四散していく敵も、いつ反撃に動き出してもおかしくない。油断は禁物である。


 このまま空の敵が、無能なマトのままだと、魔神機も温存できるんだけどな。

 もしこちらより数に勝る状態で反撃してきたら、魔神機の力を借りて掃討しなくてはならなかった。


「さあて、大公のコードでどこまで減らせる? それともこのまま全滅してくれるか?」


 呟く俺をよそに、討伐軍本隊は正面の敵主力の間を突っ切る。方面艦隊の分遣艦隊は、本隊の両翼に位置して、敵の両翼の部隊を攻撃している。

 バタバタと落ちていく空中クジラ。今のところ、順調だった。


『あたしらの出番はまだか?』


 グレーニャ・エルが痺れを切らす程度には余裕だった。



  ・  ・  ・



 討伐軍旗艦、戦艦『ハイレシス』。その艦橋に、緊張が走った。


「長官! アディスホーラーより魔力通信です!」


 アディスホーラーから――幕僚たちがどよめく。敵側、つまり闇の勢力からの通信である。


「こんなことは前代未聞だ!」

「どういうことだ!?」


 騒がしい幕僚たちをよそに、オープス大将は静かに頷いた。


「繋げ」

「はっ、スクリーンに転送します」


 通信士が操作し、艦橋の戦術モニターの映像が切り替わった。黒いフードで顔を隠した魔術師ローブ姿の人物が現れる。


 いかにも闇の勢力の親玉といったスタイルである。


『我が名はカノナス。タルギア大公より闇の勢力軍を預かりし者なり。討伐軍司令官に告げる。何故に我らを攻撃するか?』

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