第1024話、瘴気の霧を抜けて


 『狂気』作戦が発動された。


 ちなみに作戦の命名はタルギア大公らしい。どうでもいい話だが。

 戦艦40、クルーザー58、空母18、フリゲート110の大艦隊は進撃を開始した。

 まず前衛の外周艦隊が、闇の勢力本拠地を囲む紫の瘴気しょうきの霧へと突入する。


 この瘴気の霧には闇竜と呼ばれる化け物が潜んでいて、侵入者を攻撃する。大公の極秘作戦プランによると、これで前衛艦隊の半数から三分の一の間の戦力が脱落すると試算されていた。

 俺はアミウール戦隊の旗艦『エスピス』の艦上、リダラ・ダーハのコクピットにいた。ディーシーのカスタム機も、そのすぐ後ろに控えている。


『主よ、外周艦隊が瘴気の霧に突入した』

『了解。じゃ、ディーシー、闇竜とやらが現れる前に、外周艦隊を転移させてくれ』

『すでに開始している。……テリトリー内に、大型の未確認飛翔体が移動中。これが闇竜という奴か……。普通に大型のドラゴンのようだが』

『まさか、大竜か?』


 俺は元の時代で、戦った大竜を思い出す。この時代にも大竜がいたのかねぇ。先祖だったりして。


『主、外周艦隊は所定の地点に転移完了だ』

『まずは第一段階。お疲れ様』


 紫の霧の壁の中は、外からでは窺い知ることはできない。討伐軍本隊では、外周艦隊が闇竜と交戦していると思っているだろうが、実はもうこの空域にはいないのだ。


『さて、討伐軍本隊のお時間だ』


 ディーシーが言った。エスピスの艦上からも霧の壁が近づいているのがわかる。前衛艦隊に引き続き、本隊も突入する。


『大公の作戦プランによると、闇竜は最初の艦隊しか攻撃しないように、闇の勢力側で制御されている』


 が、その最初の艦隊が交戦の前に消えた。続けて入る討伐軍本隊を、最初の艦隊と認識すれば、闇竜はこちらを襲ってくるだろう。

 正直、あの中では有視界戦闘はほぼ無理。魔力センサーによる索敵のみが頼りになる。


 と、そこへ討伐軍本隊旗艦より、全軍に厳重警戒が発令された。おそらく前衛を任せた外周艦隊がセンサーで確認できなくなったので、あっという間に闇竜にやられたのだと解釈したようだ。


 闇の勢力と通じているのは大公と一握りの者のみ。だから大公の極秘プランでは、討伐軍本隊は闇竜に攻撃されないようにセッティングされていたのだが、本隊はそれを知らないので戦闘態勢を維持しているのだ。

 艦隊は、霧の中に突っ込んだ。



  ・  ・  ・



「全砲門、開け! 対空戦闘用意!」


 討伐軍旗艦『ハイレシス』の艦橋で、司令長官ニケ・オープス大将の指示が飛ぶ。 


「索敵、敵を観測次第、主砲と連動。各個に砲撃せよ!」


 霧の中、インスィー級戦艦の30センチ魔法砲が旋回し、飛来する未確認飛翔体――闇竜へ砲撃を開始する。


 ヘビークルーザーの22センチ魔法砲、フリゲートの10センチ魔法砲が、それぞれ迎撃の火線を放つ。

 霧の中を移動する闇竜。しかしその姿は黒い影としか目視できない。

 討伐軍艦艇にとっては魔力による観測、測距だけが頼りだ。眩い光線が紫の霧を裂き闇竜を狙うが、空中を泳ぐように、ひらりと回避されてしまう。


 そんな霧の中にあって、時々、稲妻のような光が現れては消える。それは闇竜によって切り裂かれた艦艇の断末魔か。爆音が轟き、損傷ないし撃沈された艦が、艦隊より脱落していく。



  ・  ・  ・



 アミウール戦隊『エスピス』艦上にて、俺は敵襲に備えた。

 魔力による敵位置の捕捉で、闇竜はおよそ十体程度が確認できた。それが艦艇よりも高速で動き、手近なアポリト艦を襲撃しては離脱していく。


 各艦は防御障壁を展開し、自艦の防衛を行っているが、闇竜の攻撃はその障壁を削り、破っては犠牲者を増やしていった。


『ジン団長』

「落ち着け、ブル。敵が近づいてくるまで応戦しなくていい」


 俺は、同じく艦上に待機している魔人機パイロットたちに告げた。


「この霧を抜けることを考えろ」


 魔力の目で見ている俺だが、闇竜は中々近づいてこなかった。向こうからしたら、より取り見取り。適当なところから沈めていくつもりなのだろう。


 しかし……。奇妙な動きをするな。闇竜が時々センサーから消える。そして瞬間移動のように近くだが別の場所に唐突に現れる。


 これ、連合国で魔術師をやる前、邪神塔ダンジョンでかつて戦ったことがある闇の大竜のお仲間かもしれないな……。


 目視確認できれば、はっきりわかるのだが。攻撃したら、敵の後方へ瞬間移動して攻撃してくる闇の大竜……。英雄魔術師前の強敵の存在が脳裏をよぎる。

 まあ、あの時と違って、今は魔神機がある。サシで戦ったら、果たしてどうなるやら。


 ともあれ、霧の壁を抜けたら、闇竜は襲ってこない、と大公の資料にはあった。このまま霧を抜けてしまえば、戦わずに済むかもしれない。

 そう思った時――


『「アエトス」損傷! 速度低下!』


 アミウール戦隊を構成する三隻のうち、旗艦の左舷側に位置するヘビークルーザーが、闇竜の攻撃を受けたようだ。


「各機、左舷方向を警戒!」


 僚艦の近くに敵がいる。つまり、位置が近い戦艦『エスピス』も狙われる可能性が高い。

 霧の向こうで太陽のような光が一瞬よぎった。


『「アエトス』信号ロスト! 撃沈された模様!』


 くそったれ! 僚艦が一隻やられた。

 そこで不意に視界が開けた。紫の霧を抜けたのだ。

 もう闇竜は襲ってこない。安堵したのも刹那、あと少しで巡洋艦『アエトス』も助かったところだった……!


『何だあれは――!?』


 ブルの上ずった声がした。続いてディーシーの冷静な声が淡々と告げる。


『あれが、敵の浮遊島アディスホーラーだ』


 アリエス浮遊島に似たシルエット。機械文明時代の空飛ぶ遺産にして、闇の勢力の本拠地――


 よくよく見れば、アリエス浮遊島とは違うな。一瞬、元の時代の俺たちの拠点にもなる浮遊島かと思ったが、どうやら同系統の別の島のようだ。中央の本島の周りに五つの小型島が連結されている。


 だがすぐにそれに気づく。

 アディスホーラーを取り囲むように、空中クジラと飛行型魔獣の大軍団が、討伐軍を待ち構えていたのだ。


 その数、およそ一千!

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