第1022話、事前の打ち合わせ


 リムネには、転移の指輪の効果とその後を説明した。

 魔術人形の子供たちやヴァリサにも指輪を渡したが、その目的の用途については、『死にそうになった時に緊急避難で使う転移の魔法だ』と念を押した。


 軽々しく使うのではなく、大事な時、どうしても危ない時のみ使えと伝えた。

 俺からの気遣いのプレゼントと受け取ったか、子供たちもヴァリサもとても嬉しそうだった。


『プレゼントなんて初めて』


 なんて言う子もいる始末。


『大事にする』


 と大切そうに抱える子もいた。俺はお守りとして「肌身離さず、身につけておきなさい」と伝えた。

 そうこうしているうちに、女帝派地下拠点は完成しつつあった。もっと細かくみてやりたいが、俺も闇の勢力討伐軍での活動がある。


 こちらもいよいよ戦闘空域に突入した。地方の増援艦隊、そして外周艦隊とも合流。一大決戦の幕が切って落とされようとしていた。



  ・  ・  ・



 闇の勢力本拠地アディスホーラー――それは紫色の瘴気の霧に覆われた未探索エリアにあるとされる。

 今回、そのようやく所在が明らかになったが、これまで発見されなかったのには理由があった。この瘴気の霧に入った者は、これまで誰ひとり帰ってこなかったからだった。


 闇竜が生息する――


 入った者は、そこに棲まう竜によって、艦艇だろうが航空機だろうが破壊されてきた。

 この度、唯一の生還者が敵の本拠地を突き止めた――という話になっているが、俺はそんな話は信じていない。


 タルギア大公が闇の勢力と繋がっている以上、その場所は当然知っているだろう。アポリト浮遊島から女帝派を一掃し、その残党たる外周艦隊を殲滅する。老人たちを欺くため、今回の討伐軍の編成だ。

 だが、その脚本は、俺の手で書き換えさせてもらう。外周艦隊を殲滅するための策は、闇の勢力の殲滅に目的をすり替える。


 討伐艦隊が集結し、方面艦隊分派部隊、そして外周艦隊の指揮官がそれぞれ、作戦の説明を受けるために討伐軍旗艦『ハイレシス』に集合した。


 討伐艦隊司令長官オープス大将は、タルギア大公からの指令を伝え、闇の勢力撃滅の檄を飛ばした。

 その後、作戦参謀による敵本拠地攻略の説明となった。


「霧の中には、巨大な浮遊島が存在します」


 アディスホーラー――かつての古代文明の浮遊島を闇の勢力が甦らせた云々。俺が事前に作戦計画書と資料を確認したところでは、このアディスホーラーは、アリエス浮遊島と同型の機械文明時代の浮遊島がベースとなっていた。


「まず外周艦隊が前衛として、瘴気の霧を通過。闇竜が潜んでいるため戦闘は困難ですが、これを突破しなくては、そもそもの攻略が成り立ちません。責任重大です」

「……」


 各戦隊指揮官たちの目が、外周艦隊の艦隊司令と、十二騎士のアグノスに注がれる。


 一部、侮蔑に似た目を向ける将校がいるが、おそらく女帝派を疎む大公派だろう。本島では女帝派は排除されたが、それは口には出さない。余計なことは言うな、と口止めされているからだ。


「前衛の外周艦隊が霧を突破した後は、主力軍がアディスホーラーに突撃をかけて揚陸。ここを一挙に制圧します」


 闇の勢力は敵――大公派も含め、今のところその認識で動いているので、誰も反論はしなかった。長年の戦争にようやく決着がつくと、将校たちは意気込んでいた。


 説明の後は質問タイム。攻略についてわからない部分のすり合わせが行われて、その後解散となった。

 それぞれ指揮官たちが席を立つ中、俺のもとにディニ・アグノスがやってきた。


「団長、お話いいですか?」


 何人かの戦隊指揮官が、俺たちのほうをチラと見た。女帝派と仲良くするなよ的な視線。場所を変えよう。

 ということで、俺は個室を借りてアグノスと密談をする。


「何やら大公派の視線が、いつにも増して痛いんだけど」

「そりゃ本島では女帝派は摘発されて、一掃されたからな」


 俺の発言に、アグノスは眉をひそめた。


「陛下が暗殺されたというのは……」

「さすがにそれくらいの情報は外周艦隊にも届いていたか」

「白エルフの反乱者に、というくらい。でも続報がなくてね。きたと思ったら今回の作戦だもの。外周艦隊の将兵は戸惑っているよ。本当は作戦を放り出して、本島に帰投したいところなんだけど」


 アグノスは、その女性にも見える顔立ちに苛立ちを露わにした。


「続報がないと思っていたら、女帝派が摘発されていたなんて……何があったんだい?」


 俺は、彼の求めに応じて、一連の出来事を説明する。

 白エルフによる犯行は嘘。大公は白エルフの絶滅を画策したが失敗。そして女帝暗殺を防げなかった責により、親衛隊は解散。女帝派は逮捕、拘束されたが、現在、とある反乱者の手引きで女帝派は、白エルフと共にアポリト浮遊島から離脱した。


「まあ、その反乱者ってのは俺だけどね」


 その言葉に、アグノスは目を見開く。心配ない。防諜対策にこの部屋のことは外に漏れないし、わからないように魔法を施した。


「俺は大公派と勝手に思われているが、元々どちらの味方でもなかったからね」

「すると女帝派は……」

「大公が島を掌握している現在、反乱者ということになるのかな。……ああ、そうそう、その女帝陛下だがな、暗殺はされていない。俺のところでお忍びで遊びに来ていたから暗殺されずに済んだ」

「陛下はご無事!?」


 アグノスは、ビックリする。……そういうとこ、何故かアーリィーを思い出す。


「色々ツッコミどころだらけで、どこから聞けばいいのかわからないけれど」

「まだまだ驚かせるポイントはあるぞ。今回の闇の勢力討伐軍の目的は、闇の勢力じゃなくて、君たち外周艦隊だ」


 俺は封緘ふうかん命令書をアグノスに見せた。所定の日時のみ開封が許され、それより先に開けるのを禁じる重要書類である。もう開けちゃったけどね。


「ちなみに、各戦隊指揮官にも封緘命令書が配布されている。作戦中に外周艦隊を闇の勢力と共同して殲滅せんめつしろ、と、本来はそういう内容のものがね」

「……」


 わなわな、と震えるアグノス。味方から裏切られることが記された命令書を目の当たりにして愕然がくぜんとなったのだろう。……俺も事前に味方の裏切りを知らされ、ショックだったからわかるぜ。


「討伐軍の前衛に外周艦隊を当てたのは、挟撃のポジション取りだろう。四方から取り囲んで、外周艦隊は全滅――それが大公の筋書きだが、俺は奴の思い通りにさせる気はない」

「団長……?」

「俺は、討伐軍を名目どおり、闇の勢力の殲滅せんめつに利用する。すでにそのための準備は整っている。で、ディニ、ここからは俺の言う通り、艦隊を動かしてほしい。外周艦隊を救い、陛下の艦隊と合流してもらうために」


 どちらの陣営にも通じているからこそ、全体像を描ける。ま、闇の勢力陣営についてまではわからないが、少なくとも将来の反乱軍である女帝派勢力を温存するよう、俺が戦場をコントロールしてやるよ。

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