第1021話、助けたい、子供たちの未来

 

 闇の勢力との最終決戦。元の時代に帰るまでにやっておかないといけないことを、俺は改めて考える。

 反乱軍が結成され、アポリト帝国と戦う時に俺はいることになっているから、もう一度戻ってくるのは間違いない。


 それがどれくらい先になるかはわからない。基準となるのはアレティの年齢。元の時代に戻ったら、彼女からより詳しく情報を引き出す必要がある。

 記憶をいくらか失っているが、アポリト浮遊島や彼女の兄弟姉妹たちの話をすれば、思い出すこともあるかもしれない。


 それについては、戻ってからということで、今の時点でやるべきことはないか?

 ざっと考えた時、浮かんだのはリムネのことだった。


 水の魔神機パイロットにして、魔術人形として作られた彼女。過度な実験と改造の結果、その寿命は、半年ほどと宣告されている少女……。


 彼女を何とか救ってやれないだろうか?

 俺は思う。リムネはようやく人間らしい振る舞いが許された。魔神機パイロットになるよう作られ、その義務も果たした。あとはそのまま死を待つのみというのは、あまりに不憫ではないか。


 俺が元の時代に帰還したら、次に戻ってくる頃には、おそらくこの世にいないだろう。

 リムネを俺のいた時代に連れて行くことはできないだろうか?


 テラ・フィデリティアの技術で、彼女の寿命を伸ばすことはできないか。十七歳の若さで人生を終えるのは、どうにも辛い。


 その心理は、先日失いかけたサントンのことも関係していると思う。できれば、子供たち全員を連れて行きたいが、アレティを含め、この世界での役割がある子がいるかもしれない。子供たちの中には、将来、この時代で子を作り、子孫が生まれる可能性のある子もいる。


 アレティや数人にその芽はないのは知っている。そしてリムネ自身も、子が作れない体だ。つまり、この時代から連れ出しても、のちの時代への影響はまったくないとは言えないが大きくはない。


 そう考えたら、俺は魔法具作りに取りかかった。ディーシーに相談の上での製作。彼女は――


「決めるのは主だ。我は、主のやりたいことを叶えるだけだ」


 ただし魔力はもらうがな! と笑われた。ありがとう、ディーシー。


 そんなわけで、俺が魔法文字を刻んだ上で完成した魔法具は指輪だった。ちゃんと使えるか確かめるため、エルフのカレンを読んで、効果についての説明を最小に、テストしてみた。


「転移ですか?」

「文字をぐるっと撫でてみて」

「はい」


 カレンは指にはめた指輪を文字をすっと撫でた。次の瞬間、彼女の体はパッと消えた。


「消えたな」

「転移したな」


 ディーシーと頷き合った俺は、魔力念話でカレンを呼び出す。


『カレン、今、どこにいる?』

『ジン様』


 魔力念話が返ってきた。


『子供たちの家にいます!』


 やや興奮した声だった。俺は淡々と返す。


『より詳しく』

『一階のキッチンです。冷蔵庫の前です』


 完璧だ。俺が転移魔法を刻んだ際に、送り込んだ念――イメージの通りの場所に出たようだ。


『ご苦労様。実験成功だ。ポータルで戻ってきてくれ』

『承知しました!』


 カレンに戻るよう告げた後、俺はディーシーと、転移魔法の込めた指輪を製作した。その数、予備も含めて二十個。


「リムネと、あと子供たちにそれぞれ渡そう」


 この指輪の転移魔法は固定だ。転移先は、俺のいた元の時代、ノイ・アーベントのフードコート――俺が戻ろうとしているあの日、あの場所にイメージを送り込んだ。


「ただし、これは持ち主が死に直面をするような場面で使うようにしよう」


 敵との戦いで死の危険を感じたら使うように。そうすれば転移魔法が安全な場所まで飛ばしてくれる――そう伝える。緊急回避の手段だと言えば、その時しか使わないだろう。

 それを使わないと助からないようなら、もう子孫がどうとか関係ないからね。使わなきゃ死ぬしかないのなら。


「願わくば、これを使わずに済めばいいんだけど……」


 ただ、使う間もなく即死だったらと思うと怖い。しかしそれは回避しようがないんだよな……。

 ディーシーが、それを一個手にとった。


「予備があるなら、我も一個もらっておこう。もし主と別行動中に、取り残されてもかなわんからな」

「あー、その可能性もあったな……」


 帰る時、一緒に帰るつもりでいたが、状況によってはそう都合よくいかない場合もあるのか。……いや、作ってよかった。失念していた。


「で、この指輪は、リムネと子供たち全員に渡すのか?」

「そうだな。この指輪で転移しなきゃいけないって時は、死が迫っている時だからな」


 でもアレティは、生き残ることがわかっているから渡さなくていいのかな? いや、でも仲間外れってのも可哀想か……?


「ちなみに、ヴァリサはどうする? 彼女にも渡すか?」


 ディーシーの問いに、俺は腕を組んで悩む。


「どうしようね……」


 そういうことを言ったら際限なくなってしまう。例えばニムやカレンと言ったエルフメイド。女帝派の重鎮であるゴールティンとか、エリシャとかさ……。


「研究所から助け出した子供たちには、俺は責任を感じている。守ってやれないことは心苦しいし、子供たちも幸せになってほしい」


 ヴァリサは……作られたという生い立ちからすれば、魔術人形の子供たちに似ている。周囲から役割を決められ、それに従って生きることを強制された。


 女帝という名の飾り。外の世界に憧れを持つ箱入り娘。


 俺はたっぷり悩んだ。本当にいいのか? 死に際の転移は、後世に影響は最小限とはいえ……。


 ……。…………。……………………。


「決めた。渡そう」


 冗談でも、彼女は俺の十六人目の子供だ。面倒をみてやる!



  ・  ・  ・



 と、いうわけで、まずは。


「リムネ、君にプレゼントだ」


 インスィー級戦艦『エスピス』の俺の部屋。呼び出したリムネに、転移の指輪を渡す。


「どういうわけかはわかりませんが……。これは、ひょっとして、婚約指輪……!?」

「違います」


 勘違いは、早いうちに正しておく。


「俺、婚約者がいるって君には言ったよ?」


 次の戦いで、俺がこの世界を去ることを、リムネにだけ打ち明ける。


「ここではない場所に行く。君も来ないか?」


 もしかしたら、リムネの寿命を伸ばす治療ができるかもしれない。少なくとも、このまま軍にいるより、好きなことができる場所へ連れていける。


「まあ、そこも戦争をしているんだが……。君を戦争に巻き込まないようにすることはできる」

「……わたくしの気持ちは決まっていますわ」


 リムネは目元を潤ませて、俺を見た。


「この世界に未練はありません。あなた様の世界にわたくしを連れていってください」

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