第1020話、討伐軍、出港!


 闇の勢力討伐軍の出撃の日がやってきた。


 アポリト浮遊島より、闇の勢力を討つために戦艦22、クルーザー24、空母10、フリゲート60からなる大遠征艦隊が出撃する。


 討伐軍司令長官はニケ・オープス大将。

 大公派の重鎮と言われる人物だが、俺の見たところ、彼には野心というものはなく、勤務態度も真面目そのもの。

 特に主張あるわけではなく、上司と仰ぐ大公が言ったから、そう動いた、というような人物である。

 先日、彼の自宅を訪ねて面会した時に話をしたが、人となりは大体のところ理解できた。


 俺はアミウール戦隊旗艦『エスピス』の艦橋にいて、出航から一連の動きを注視していた。

 ここから四日ほどをかけて、闇の勢力の本拠地アディスホーラーへと進撃する。途中、先行する方面艦隊、外周艦隊と合流する予定だ。


「少なくとも三日は通常シフトだな」


 俺の言葉に、メギス艦長は神妙な顔で応じた。


「はい」

「どうした、艦長。緊張しているのか?」

「いえ……はあ、まあ少し」

「恥ずかしいことじゃない。俺もだ」


 なにぶんやることが多い上に、ここの連中を騙すことにもなるわけだから。バレてはいないと思うが、いつ俺の裏切りが発覚するか、ヒヤヒヤものだ。


「これほどの規模の艦隊出撃は、最近ありませんでしたからな」


 メギス艦長は視線を艦橋の外――航行するインスィー級戦艦の縦列に向けた。


「否が応でも決戦の雰囲気が伝わってくるといいますか……」

「闇の勢力の撃滅は、アポリトにとって宿願だろう?」


 俺が言えば、メギス艦長はいつもの皮肉な笑みを浮かべた。


「私が軍に志願する遙か前から、奴らとの戦いは続いております。本当に最後なのか、疑っているところもあります」

「ふん、始まりがあれば、終わりはくるものさ」


 アポリト軍の将校は、闇の勢力と大公が繋がっていることを知らない。彼らに封緘ふうかん命令書の内容を知らせたら、果たしてどんな反応をするだろうか? 

 闇の勢力との交戦中に、味方であるはずの外周艦隊を討て、と命令されたら。……まあ、大公派の連中はそのまま従うんだろうな。


「一週間後には、我々軍人は失業ですか?」


 メギス艦長が冗談めかした。まさか、と俺は肩をすくめてみせた。


「闇の勢力を倒したとて、まだまだ問題は山積みだろう」

「……確かに、例の逃亡艦隊の件もあります」

「そういうことだ」

「しかし、相手が白エルフということならば、躊躇いはありません」


 艦長は強い口調になった。


「女帝陛下暗殺を企ててるような連中ですからな。軍の兵器を奪い、アポリト帝国に反逆するならば、殲滅するまでです」

「……そうだな」


 多くの将兵にとって、白エルフは女帝陛下を殺した敵だもんな。……真相は、まったく違うのだが。


「決戦を控えているとはいえ、今から気張る必要はない。部下たちには適度に休ませろ。……そして俺も休む」

「体調がよろしくないのでありますか? ここのところ、部屋にいらっしゃる時間が増えているようですが」


 メギス艦長から、そう突っ込まれてしまった。まあ、気にはなるわな。十二騎士団長たる者が、勤務時間もあまり外に出ないのは。


「先の言葉と矛盾しているようだが、決戦前だからな。先日の大公閣下をお救いした時もそうだが、ダーハの操縦は大変なんだよ」

「団長専用機は、それほどまでに消耗するものなのですか……?」

「性能と引き換えに、と言ったところだな。それに君も忘れたわけではないだろう? 今、俺にはエルフの従者がいないんだ」


 魔力補給のお手伝いを従者にしてもらえない――そう匂わせれば、艦長は納得の表情になった。


「そうでしたな。決戦に差し支えると困ります。ゆっくりお休みください」

「すまんな」


 俺は軽く敬礼すると、艦橋を後にした。十二騎士団長でなければ、こうも抜け出したりはできなかっただろう。

 ここは一応、俺がトップの部隊だ。部下にダメ上司と後ろ指を指されようが、出世や査定に響かない以上、どうでもいい。



  ・  ・  ・



 部屋からポータルで移動した先は、逃亡艦隊用の秘密基地建造現場。

 候補地の周辺調査を終えて、無人であるのが確認された荒野、その地下に広大な空間がぽっかりと穴を開けている。


「だいぶ広くなったな」


 複数の艦艇が寄港できる大空洞である。俺は、作業をしている女帝ヴァリサの元へと移動した。


「ジン、お帰りなさい」


 ダンジョンコアの傍らで、魔力を送り込んでいる彼女。

 俺がアポリト浮遊島の地下秘密拠点から入手したダンジョンコアが、さっそくこの大工事に利用された。

 ディーシーによって改造されたダンジョンコアの一個は、ヴァリサに提供して、現在に至る。


 ダンジョンコア工法については、元の時代でノイ・アーベントの開発や、周辺の開拓、基地や拠点の建造で散々やってきたから、指導する俺も手慣れたものだった。

 魔力を消費してダンジョンを開発するコアのクリエイト能力。幸いなことに、魔神機を扱えるほどの強力な魔力を秘めたヴァリサは、ダンジョンコアとの相性が抜群である。

 その女帝自らが、自分たちの基地を作り上げるさまは、彼女に従う者たちの士気を高めた。


 衣食住が揃うことは人が生きていく上で重要だ。アポリト島から逃れ、放浪者となっている女帝派や白エルフたちにとって、落ち着ける住処ができるのは精神安定に大きく貢献する。

 それを女帝自らが率先しているとあれば、他の者たちも働かざるを得ない。


「だいぶそれらしくなってきたと思うの。どうかしら?」

「まだ穴を開けただけじゃないか」

「むぅ、これから、基地らしくするのです!」


 ヴァリサがねたように頬を膨らませた。他の部下たちには決して見せない少女らしい素顔である。

 俺は肩をすくめてみせた。


「楽しみにしているよ」

「見ていてくださいな。ぜったい、貴方を驚かせてみせるわ」


 楽しそうにヴァリサは言った。……見ていて、か。


「魔力を獲得できる限り、ダンジョンコアがあれば、衣食住は確保できる。長期の持久はもちろん、隠れ住むだけなら自給自足も充分に可能だ」

「……」

「皆をうまくまとめてくれ、女帝陛下」

「何だか、二度と帰ってこないみたいな言い草ですね」


 どこか冷めたような口調になるヴァリサ。


「貴方を皆が頼りにしている。わたくしもです。……決戦が近いのは知っています。けれど、どうか無事に帰ってきてください」

「善処する」


 少なくとも、闇の勢力は根絶してやる。

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