第1019話、逃亡艦隊の行方
アポリト帝国のトップは、女帝亡き今、タルギア大公である――と、天上の民は思っている。
女帝専用機セア・アイトリアーが現れたことで混乱はあるものの、指導者は弟の大公だという認識である。
裏には老人たちの貴族院がいて、実質帝国を支配しているのだが、民はあくまで表のタルギア大公が指導者であると信じて疑わなかった。
その大公は、闇の勢力を討伐するための軍を編成した。これは貴族院を欺くための策であり、島の外にいる女帝派戦力の壊滅をも果たそうとするものだ。……闇の勢力を統括している大公は、これを機に貴族院も廃して名実ともにアポリトと世界の支配者になろうとしている。
ずいぶん手の込んだ策を弄したものだと思うが、おそらく大公にはそうする理由があったのだろう。それが何なのか、俺は知らないが。
閑話休題。
闇の勢力討伐軍が、貴族院の老人たちの目を逸らす行動である一方、白エルフ逃亡艦隊は、タルギアにとっても好ましくない存在だ。問題のセア・アイトリアーが合流しているだけあって、決して無視はできない。
故に、大公は討伐軍とは別に方面艦隊の一部を使って、逃亡艦隊の追跡と撃滅を命じていた。
……まあ、そうはさせないんだけどね。
頭上を抜けていく追撃部隊の空中艦艇。俺はタイラントのコクピットからそれを見上げた。
地上に潜伏している待ち伏せ部隊に気づかず、無防備にエンジンノズルを向ける西方方面艦隊の戦艦1とクルーザー4。
「各機、
魔力迷彩で地上に同化していた魔人機が続々と姿を現す。ニムとカレン、エルフ用リダラ・グラス改や、子供たちのリダラ・ゴルム改、セア・ラヴァ改が、今回の攻撃のために準備してきた長物を構える。
その武器とは、ヘヴィ・プラズマランチャー改。対艦用プラズマカノンを魔人機サイズにしたそれだが、威力は折り紙付きだ。
「狙いは敵艦のエンジン! 撃てッ!」
十の青い光弾が
航行能力の低下を確認。これで艦隊の追撃はできないだろう。
「よし、撤収!」
迎撃機が出てくる前に、さっさと退避である。……子供たちには、あまり無理をしてほしくないしな。
・ ・ ・
追撃部隊を叩いて、逃亡艦隊に帰投した俺たち。損害なし! いつもこうでありたい。
旗艦『アンドレイヤー』に、機体を着艦させると、格納庫には黒騎士ことリダラ・ドゥブのほか、親衛隊のリダラ・ガルダが駐機されているのが見えた。
「ジン!」
親衛隊長のゴールティンが、俺を出迎えた。
「ご苦労だったな。どうだった?」
「追撃部隊は、しばらく動けない」
俺は淡々と応じた。
「ここらで大きく転進するのもありだと思う」
「外周艦隊との合流を目指すのか?」
「討伐軍の目標が定まったからな」
逃亡艦隊ではなく外周艦隊を始末するという流れである。
「闇の勢力との決戦の最中に、外周艦隊を叩こうという腹だが、みすみす彼らをやらせるわけにはいかない」
「それには同感だ」
ゴールティンが頷いた。
「だが、今でも信じられない。大公が闇の勢力と繋がっていたとは」
「アポリト帝国の闇だな。封緘命令書は見ただろう?」
俺は皮肉げにそう言ってやった。先日、俺がもらって、ゴールティンら女帝派幹部に見せた機密命令。
「闇の勢力が味方だと思っているアポリト軍人は、ほとんどいない」
俺は相好を崩す。
「外周艦隊を助けるには、そこを衝くしかないと思うね」
「……うむ」
「そして闇の勢力も討たなければならない。これを同時にやらなければならないのが、面倒なところだ」
「どちらかだけに絞れればいいんだが……」
そう言ったゴールティンだが、俺は肩をすくめる。
「討伐軍が闇の勢力と戦うという構図は、今回を逃したら次はない。大公がアポリト浮遊島を完全に手にする前に闇の勢力を叩いておかないと、反乱軍の敵は倍増することになる」
大公掌握のアポリト軍と闇の勢力軍の双方が相手。そうなると反乱軍に勝ち目はほぼない。
それに白騎士と黒騎士は、元の時代では反乱軍の戦力として同じ場所で発掘されている。歴史の上では、闇の勢力との戦いで白騎士は生き残らないといけない。外周艦隊にいる白騎士――ディニ・アグノスのリダラ・バーンは、何としても救助する必要がある。
「闇の勢力を殲滅したら、後は大公の支配するアポリトを解放する戦いになる」
「うむ。何としても、奴から島を奪還し、我らがヴァリサ女帝陛下を
鼻息も荒くゴールティンは頷いた。さすが女帝派、ブレないね。
「艦隊を合流させ、反乱軍の主力戦力を形成する。で、必要になるのは補給ができる拠点だ」
「頭の痛い問題だ」
親衛隊長は顔をしかめた。ただでさえ厳めしいのに、そういう顔をされると怒っているようにしか見えない。
「アポリト浮遊島を除けば、地上にある拠点となるが、艦隊規模が駐留できる場所は、各方面艦隊の本拠地しかない」
「そしてそれら方面艦隊拠点は、大公派の息がかかっている」
仮に、どこか方面艦隊拠点を占領したとしても、アポリト浮遊島の一号島にある大陸殲滅砲『アギオ』が一撃で拠点ごと吹き飛ばすに違いなかった。
「そこで、俺は秘密拠点の建造を考えている」
「秘密拠点?」
「そう。候補はすでに決めた。後は艦隊を収容できる地下秘密基地を作ればいい」
「簡単に言ってくれるが……」
ゴールティンは懐疑的だ。
「艦隊を収容できる拠点など、アポリトの総力を上げても数ヶ月の仕事だ。人員や資材をふんだんに使ってそれだぞ。この艦隊の人員、どこからか資材を手に入れたとしても、敵に気づかれないうちに拠点を作るなど不可能だ」
「まあ、普通ならな。だが君たちは運がいい。ここに拠点作りの経験者がいるからね」
ダンジョンマスターという、建築チートの手に掛かれば、時間は問題ではない。
……ただ、闇の勢力討伐軍での仕事もある俺だから、割と猶予はない。
アミウール戦隊にいる間は、打ち合わせ以外は部屋にこもって休まないと、過労死しちゃうかもしれないなぁ。
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