第1017話、帝国城の地下、秘密施設へ


 タルギア大公は、貴族院の老人たちと激しいやりとりを交わした。

 やはり問題となったのは、女帝専用のセア・アイトリアーが奪われたことだ。


 死んだはずの女帝が動かしているどういうことなのか? 老人たちの疑問がタルギア大公を責め立てたが、彼とて、何故そうなったのかわからない。

 そしてこの場合、それが大公に味方した。


「それを知りたいのはこちらのほうだ!」


 彼は老人たちを非難した。


「いったいどういうことなのか!? そもそも何故白エルフが艦隊を盗むことができたのか? 私のやることに不満があって、このような騒ぎを起こしたのか、貴様たちは!?」

『我らを愚弄するか!?』

「被害者はこっちだ!」


 大公は怒鳴った。


「裏切り者カノナスを討伐せねばならぬ時に、何故足を引っ張られなければならぬのか! 貴様たちは、奴らにアポリトを侵略されてもよいと言うのか!」


 制御できない闇の勢力は討たねばならない――そう考えている老人たちは、二の句が継げなくなる。ここでタルギアと揉めれば、事態は悪くなるばかりだと、老人たちは思考した。


『むろん、カノナスは討たねばならぬ』

『それも早急にだ』

「当たり前だッ!」


 タルギアはなおも吼えた。


「逃げた白エルフのことは、貴様らは知らぬということでよいのだな?」

『我らは関知していない』

「エルフの製造は、貴様らが元締めだろう。何かエルフに仕込んでいたのではないか?」

『心外だ。そのような細工はしておらぬ!』

『左様。何故、光の魔神機が動いているのか、それについても、引き続き調査するのだ』

「フン。隠し事はなしだ。私をこれ以上怒らせるなよ!」


 ジジイども――タルギア大公は叩きつけるように言うと、彼らに背を向けた。


 激しい怒りを見せていた彼だが、老人たちが見えなくなった途端、口元には笑みが浮かんだ。


 ――貴様たちの天下は、もはやない。討伐軍が出撃したら、貴様たちの最期だ!


 計画は続行である。闇の勢力討伐軍を出し、邪魔な女帝派の外周艦隊を殲滅。闇の勢力を叩くと安心している老人どもの隙をつき、アポリト本島に別動隊が浸透、制圧する。

 すべてが終わる頃には、女帝派も老人どもも全滅……のはずだった。


 ――まさか女帝派が白エルフと共に島を脱出してしまうとは……!


 それはタルギアにとっては計算外だった。おかげで、老人どもと女帝派を同時に一掃できる機会を逸してしまったかもしれない。

 だが、まだ望みはあった。逃亡艦隊が外周艦隊と合流しようとした場合だ。そうなれば討伐軍と闇の勢力の合同軍で、女帝派を殲滅できる。


 タルギアが、アポリト浮遊島と世界を押さえる日は近い。



   ・  ・  ・



 工作のためにアポリト浮遊島に戻った俺。

 討伐軍各部隊に闇の勢力の討伐命令が下された。大公閣下は、まず外周艦隊を片付けてしまおうと決断されたらしい。

 すわ逃走艦隊の追撃か、とざわついていた討伐軍将兵たちも、一応の落ち着きを取り戻した。


 ならばこちらも、それに沿って行動しよう。まずは討伐軍の司令長官と、所属する各戦隊指揮官に細工をしておく。司令長官殿には直に面会しておこう。

 そしてここで、もうひとつ用を済ませておく。


 帝国城の地下深くにあるという、アポリト貴族院の秘密施設。ヴァリサのクローンが作られた場所だ。

 いったい何の施設なのか。この時代を離れる前に、見ておこうという魂胆だ。別に何かしようというわけではないが、気になっている場所でもあるからね。


 帝国城の地下――いや、それは城の地下というより、島の地下というべき深さにあった。その施設は、アポリト帝国内でもごく限られた者しか知らない。

 俺も、ヴァリサから聞くまでは、この施設の存在を知らなかった。


 タルギア大公ですら知らないだろう。仮に知っていたら、自分の姉が複製であることも知り、この施設に対して何らかのリアクションを取っていただろうから。

 内装は金属製。まるでSFなどで見られる宇宙ステーションの中のようにメタリックで、機械文明の施設を思わせた。


 ……もしかしたら、このアポリト浮遊島は、機械文明時代の浮遊島を利用して作られたかもしれないな。

 透明マントを使って姿を消しつつ、施設内を移動する。照明が線に沿って配置されているが、どこか薄暗い雰囲気だ。


「……」


 浮遊している十字架が、通路をふよふよと移動している。警備メカかもしれないので、壁に張り付くようにして、やり過ごす。……頭があるな。手足がないので十字架型に見えるが機械の頭部を持っている。

 息を殺して見守っていると、十字架は通路の向こうに消えた。先を行く。


 その後も人型の甲冑メカが警備に置かれているのを目撃した。人と青肌のダークエルフを何人か見かけたが、皆、人形のように感情が見られない。軍とも教会関係とも違うユニフォームをまとっていて、頭に銀のサークレットを装着している。

 気味が悪いな……。人の皮を被った機械とかじゃないよな。


 ある程度進むと、複数の円柱型カプセルの置かれた部屋に到着した。

 俺は思わず吹き出しそうになる。こういうの、見覚えがある。というより、生物や化け物を作る研究所とかというのは、どこも似たような作りになるようだ。


 カプセルの中には、様々な亜人がそれぞれ収納されていた。緑色の液体に満たされた中に、エルフやドワーフ、リザードマンなどが入っている。……おや、人魚までいるぞ。ここは水族館ってか?


 何だか、のちの時代で見かけるようなクリーチャーの姿も散見される。ゴブリン、オーク、ラミアなど、人型の部位やシルエットを持つものに、純粋に獣や大型の虫類なども。

 この時代に人工的に生み出された種族が、野生化してのちの時代にも種を残した……というやつかな。


 それにしても、この施設はいったい何なんだろうな。女帝クローンの製造が行われた施設と聞いて、エルフなどの製造にも関わっている場所かと思ったが、それとは違うかもしれない。そういえば、エルフ自体は、アポリトを構成する八つの浮遊島でも施設があったな。


 一つ下の階層へ。工場区画だろうか、何やら作っているようだが……。


「……おい、まさか」


 俺は、思わずそれを凝視した。どこかで見た球体が、いくつも台に並べられていた。濃厚な魔力を流し込まれて作られているのは、ダンジョンコア……?

 何だって、こんなものが作られているんだ?

 機械文明時代に作られた人工コアとは違う。だがあの形は、ダンジョンなどに存在することがあるコアそのもののように見えた。


「まさか、ダンジョンコアも、この時代の生まれか?」


 俗にいう天然のダンジョンコア。それもまた、魔法文明時代に、人の手によって生み出されたものだったというのか。


 何のために……?

 周囲に警備や人がいないか確認しつつ、装置に近づく。

 培養ポッドというべきか、機械らしいものといえば、供給される魔力量の計測器くらいだ。

 部屋にある端末へ行き、操作。情報を読み出す。


 ワールドコア・プロジェクト――世界管理計画の一環として、環境の魔力を操作、維持し、地上人を管理する……。何だこりゃ?


 俺は資料を読む。

 世界の要所にダンジョンコアを設置し、環境を操作。地上人が生活していく上で必要な魔力を大地に浸透させ、植物の成長を管理。モンスターなどの外敵を発生させることで、人口増加による環境バランスの崩壊を防ぐ……?


 すでに世界には、ダンジョンコアがばらまかれ、運用テストを開始しているとある。

 さらに――


『第三期生産は縮小。すでに完成している型は、予備として保管が決定――』


 端末モニターの端が拡大される。倉庫の映像――そこには数十ものダンジョンコアが整然と並べられていた。

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