第1016話、破られた封印


 帝国城に到着した俺を迎えたのはスティグメだった。


「大公閣下の命を救った。君の行動は的確かつ、賞賛されるべきものだ」

「光栄です」


 控えめに応じる俺をよそに、スティグメは奥へと導く。


「大公閣下も君に礼をいいたがっていたのだがな」

「直接ですか……?」

「危うく命を落とすところだったからね」


 そこでスティグメは表情を曇らせた。


「だが、いま大公閣下は貴族院への対応で忙しい」

「貴族院と言うと……老人たちですか」

「両方だ。何せ、アポリトを二分するような事態になったからな」


 老人たちは今回の騒動の説明をタルギア大公に求めた。当然だろう。帝国貴族たちもまた、女帝派の反乱と、死んだと言われていた女帝が生きていたらしい、ということで動揺が広がっている。

 もっとも大公にだって答えられるはずもないだろうが。何せ女帝が生きていたなんて、あの時知っていたのは俺だけだったわけだから。


「……あの光の魔神機ですか」


 俺の指摘に、スティグメは眉をひそめた。


「女帝にしか扱えない魔神機が、敵に奪われた。それだけでも謎なのに、『敵』の存在も謎だ。白エルフの残党が、軍港や工廠を襲い、艦艇と兵器を奪った。さらに収監していた女帝派をも、我らの手からかすめとっていった」


 わからないことだらけだ、と大公派の重鎮は唸った。


「先日現れたという謎の青い魔人機。……あれは君が追ったのだったな。仕留めたか?」

「いえ、残念ながら。スピードはダーハ以上でした」

「むぅ。今回の攻撃――反乱は、おそらくその機体を有している組織が計画していたのだろう。でなければ、こうも上手くやり遂げるはずがない」


 ……俺が手引きしました。むろん、口に出せるはずもない。


「それで、今後の行動ですが」


 俺はそれとなく話題を逸らした。


「闇の勢力討伐軍として出撃の準備を進めていましたが、そのままで?」


 白エルフの残党の逃亡艦隊を追尾しろ――という命令が出る可能性がある。大公にとって、生きていたヴァリサ女帝とその支持者は目障り以外の何者でもない。

 貴族院の突き上げや追及を考えれば、早々に始末したいと思うのではないか?


「そのことだが、出撃は、一日二日ズレるかもしれない」


 スティグメは冷静な口調で告げた。


「反乱者を追撃するのか、予定されていた討伐軍を優先させるか……大公閣下の判断を待て。貴族院での対応次第で、状況は変化すると心得てもらいたい」

「承知しました」


 それは俺の手の及ばないところだ。


「しかし――」


 スティグメは考え深げに呟いた。


「セア・アイトリアーは何故動いているのか? ……女帝は確かに死んだはずだったのだが」


 暗殺を企てた者として、確実にその命を奪ったはず、という思いが、彼にはあった。


「まさか影武者……。いや、まさか」


 吹っ飛んだのは、うちのシェイプシフターだよ。あの時は、まさかこんなことになるとは思っていなかったんだが。


 そういえば、ヴァリサは自分を女帝のコピーだと言った。彼女を作ったのは、帝国城の地下にある秘密施設。老人たちが掌握しているその場所――女帝が使えなくなったら、気づかれないうちに新しい複製を用意していたとされる。


 今回、女帝が暗殺という顛末てんまつだったから、ただ複製を出すわけにはいかなくなった。さらに逃亡艦隊にセア・アイトリアーがついたとあれば、老人たちも黙ってはいられないだろう。


 何せ暗殺されたはずのヴァリサが生きていたかもしれないのだから。タルギア大公の言い分を疑ってかかるには充分だ。ともなれば、ここで一騒動の可能性もある。


 ひょっとしたら、老人たちが表に出てきて、タルギア大公と衝突するなんてことも……?



  ・  ・  ・



 白エルフ逃亡艦隊に、転移して戻った俺は、スティグメと大公派の次の動きについて、ヴァリサと、その取り巻きたちに報告した。


 大公派が追っ手を差し向けると思っていた女帝派の面々は、複雑な顔になる。

 親衛隊長であるゴールティンは周囲を見回し発言した。


「我々には拠点が必要だ。同時に各所に散らばる味方を集めなくてはいけない」

「外周艦隊」


 エリシャ・バルディアが言った。


 女帝陛下の艦隊――アポリト軍外周艦隊は、現在、十二騎士ナンバー2であり、女帝派のディニ・アグノスが指揮している。


「前線の彼らとコンタクトできませんか? 外周艦隊が、本島での騒動を知れば、すぐに合流してくれるのでは?」

「連絡はしたいところだが……どう思うジン?」


 ゴールティンが俺に問うた。


「連絡は必要です。ただ、表立ってやるのはまずい。何故なら、各方面艦隊には大公派がいて、外周艦隊が離脱の動きを見せれば即時、通報されるでしょうから」


 外周艦隊からの支援要請を突っぱねる部隊を含んだ方面艦隊である。大公派と女帝派の派閥争いの結果、きっかけがあればすぐに激突することになるだろう。


 それに大公はご丁寧に、闇の勢力討伐軍に封緘命令書を配布する。中は見ていないが、大方、外周艦隊を後ろから撃てとか、そういう命令だろうと推察している。現場で初めて知る以上、女帝派がその命令を知ることはできず、密告できないだろうから。


「戦力を保持したまま合流するなら、他の艦隊をうまく避ける必要があるでしょうね」


 果たしてそれができるだろうか。外周艦隊内にも、大公派のスパイもいるだろうし。下手に合流を図ったら、逃亡艦隊の居場所も察知されるのではないか?

 ……むしろ、それを狙っている?


 それに俺の本音を言えば、女帝派と大公派の本格衝突の前に、闇の勢力を完全に潰しておきたいんだよな。


「ジン?」


 やり取りを見守っていたヴァリサが、俺が沈黙していたのを見て、考えにふけっていることに気づいた。


「何か名案が?」

「いや、名案ではないですが、仮に大公が闇の勢力討伐軍を優先するなら、たぶん作戦中に外周艦隊は味方から撃たれると思いまして」


 俺は封緘命令書の存在を出し、これが大公派の指揮官に送られることを皆の前で披露した。


「つまり、手をこまねいていたら、どのみち外周艦隊は全滅してしまうと」


 ゴールティンは顔をしかめた。エリシャも歯噛みする。


「かと言って、外周艦隊に警告した時点で、結局、周囲の艦隊に討たれてしまう……」


 逃亡艦隊としては味方と合流したいのだが、接触しようとすると、どちらにも危険が及ぶ可能性がある。


「でもまあ、もし大公派が闇の勢力との決戦にかこつけて、外周艦隊を消そうというのなら――」


 俺は、封緘命令書の封を破る。中に入っている命令書に目を通す


「……手はあります。そもそも、封緘命令書を渡される人間ってのは、艦隊司令や戦隊司令といった極一部の人間」


 そしてその内容は、開けるまで誰も把握していない。つまり――


「内容を予め知っている人間はいない。そして書かれている命令は、実行されなければならない」


 俺はニヤリとした。

 今の時点で、この内容を知っているのは命令を発した大公と、それを渡したスティグメ、命令書を作成した者と、時間を守らず封を破った俺だけだ。


 軍にいる大公派の誰も、命令書の中身を知らない。……作戦中、外周艦隊を討て、というこの命令を。

 推察通りで苦笑するしかなかった。

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