第1015話、勝利と犠牲と


「女帝陛下の十二騎士ですから」


 俺はヴァリサに向かって一礼した。彼女を取り巻く女帝派の方々にはそのようにアピールしておく必要がある。

 何せ彼らの中では、女帝陛下に反逆した大公の一派だと思われているのだ。


「どういうことですか、陛下!?」


 案の定、エリシャがヴァリサに噛みつくような勢いで聞いた。


「どうもこうも、わたくしを暗殺から守り、その追っ手の目を避けるために尽力したわたくしの騎士よ」


 他に何かありますか、と言えば、女帝派の面々は顔を見合わせる。


「皆を救い、不当な罠で殺されそうになっていた白エルフたちを救った、まさに大英雄。彼なくば、今のわたくしたちはおりません」


 この時代でも英雄認定されてしまった。とりあえず、状況説明は彼女に任せたほうがいいかな。


「陛下、一度、浮遊島の様子を確認したく思います。大公派の動きを知っておきたい」

「大義でした。そちらはお任せします」

「はい、陛下」


 俺は再び頭を下げて、その場を辞する。タイラントに乗り込もうとした時、先に来ていただろうレウと顔が合った。


「父さん……」


 沈痛な表情。何かをよからぬことがあったような。……レウの顔を見て、俺は嫌な予感がした。


「何があった?」


 最悪の予感を押し殺し、事務的に問うと、レウは絞り出すように言った。


「サントンが怪我をした。一命は取り留めたけど……」



  ・  ・  ・



 負傷したサントンを乗せたリダラ・ガルムを護衛したレウ。二人の機体は、離脱する艦隊に合流した。

 レウはコクピットから降りて、出てきた白エルフに負傷者がいる、と叫んだ。

 そしてサントン機の元まで走ったが、機体からそのサントンが降りてこない。慌てて機体を駆け上り、ハッチを開いたところで、レウは血だらけのコクピットに絶句した。


『やあ、レウ……』

『サントン?』

『もう、寝てもいいよね……』


 そこでサントンは意識を失った。死んだと思い、レウはパニックになったが、駆けつけた白エルフの救護兵が、まだ生きているとサントンを搬送した。

 辿り着き、兄弟の顔を見て、彼はホッとしたのだろう。そのまま意識を失ったサントン。幸い、治療が間に合い、彼は死から逃れた。


「ホッとした。でも……!」


 レウは溢れ出る涙をこらえようとする。


「あいつは怪我をしてしまった! 僕は、兄さんなのに! あいつを、守ってやらなきゃいけなかったのに!」

「お前のせいじゃない、レウ」


 俺はレウを抱きしめた。父さん、と嗚咽を漏らし、レウは俺の肩で泣いた。堪えていたものが吹き出したのだろう。何だかんだ、レウだって子供なんだ。


 サントンは、体は大きかったが、とても優しい子だ。プラモデル作りが趣味で、物を大切にする子で、口数はあまり多くないが、大抵のことはソツなくこなし、チビたちの面倒見もよかった。

 男の子たちの最年長であるレウを支える次男。レウが不安な時や手が足りない時、彼は率先してサポートした。

 そんな彼がいなくなってしまうのではないか、そう考えた時、レウの精神はいっぱいいったいだったのだろう。


「生きててよかった。でも、これが戦争なんだ。人は簡単に死んでしまう」


 そして俺も、お前も、戦場に身を起けば、ふとしたことで死んでしまうこともある。そして忘れてはならないのは、俺たちは『敵』を殺した。


「殺し、殺される、それが武器を持って戦うと言うことだ」

「うう……」

「サントンは生きながらえた。今後もそうなるように、今日、失敗したと思うのなら、そうならないようにやっていこう」

「うん……」

「サントンは大丈夫だ。」

「うん」

「お前はよくやったよ。サントンも、他の兄弟姉妹も帰ってこれたんだろ? 偉いぞ、お前は頼りになるお兄ちゃんだ」


 目頭が熱かった。俺だってこの子たちとの付き合いは、一カ月ちょっとだ。だがこの心臓に滾る思いは本物だ。父さんと呼んでくれた子供たち。俺にとっては、血を分けてなくても、俺の子たちだ。

 そして、レウや他の子たちも、互いに大切に思えるほど仲が深まっていたことは、嬉しくもある。


「これからも、頼むぞ。お前皆に優しい兄さんでいてくれ」

「うん……」


 再び泣き出すレウ。そしていつの間にかディアとアリシャが来ていて、俺たちに抱きついてきた。子供たちの背中をさすりつつ、改めてサントンが無事だったことを神に感謝した。。



  ・  ・  ・



 転移魔法で、リダラ・ダーハのコクピットに戻り、母港のアミウール戦隊旗艦『エルピス』に帰投した。


 グレーニャ姉妹ら、ブルが俺を出迎え、白エルフが艦艇を奪った今回の騒動について語ってきた。軍港はもちろん、艦の乗員たちも動揺を隠せないようだった。

 何より、白エルフの逃亡艦隊に、女帝専用の光の魔神機が同行したことが大きな混乱を生んでいるようだった。


 光の魔神機セア・アイトリアーは、女帝しか扱えない。そしてヴァリサ女帝は、先日暗殺されたはずだから。


 その後、メギス艦長が事態の確認のために俺を訪ねてきたので、リダラ・ダーハで逃げた敵を捜索していたと適当な嘘をついた。


「大丈夫ですか、団長? お加減でも?」

「ああ……。疲れた」

「ごゆっくりお休みください、と言いたいところでありますが、団長に帝国城より出頭要請が入っております」

「白エルフの逃亡艦隊の件だろう」

「団長は、大公閣下の危機をお救いになられたとか」


 メギス艦長は温かい表情を浮かべた。


「さすがですな」

「あぁ。……そうだな」


 さて、アリバイは作った。大公閣下の前で、敵と戦ってみせたが……はてさて騙せたかどうか。

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