第1012話、天使の目覚め


 ハリダ工廠の地下機密区画に、俺とヴァリサはいた。近くには護衛の白エルフ兵一個分隊がついていたが、正直その必要はなかった。


 俺が睡眠の魔法で、警備兵や工廠スタッフを眠らせながら進んだためである。ひらりと手を軽く振れば、俺たちの姿を目撃した兵は次の瞬間、バタリと眠ってしまうのだ。

 ちなみに、監視装置で映像を記録されると面倒なので、俺は顔を隠すヘルメットを被り、戦闘スーツをまとっている。


「ジン、貴方がいれば、この世に問題など存在しないように思えます」


 後ろに続くヴァリサが、そんなことを言った。


「貴方の背中がとても頼もしい」

「それは光栄ですね、陛下」


 工廠の機密区画は、一応警備体制は敷かれているものの、長年の本土の平和が、その警備をザルにした。誰もこんな場所に侵入しないと決めつけているのだ。

 これもひとつの平和ボケか。

 島の外では、吸血鬼とか危険で溢れているのに、中ではこのざまよ。


「ここか」


 女神の紋章が刻まれた壁が見えてきた。それが女王にしか開けられないゲートになっている。

 エルフ兵が周囲を見張る中、ヴァリサはゲート脇の端末に近づく。認証システムである球体に手を乗せると、スキャンが開始される。


 そして、ゲートの封印が音を立てて外れて、壁が上下に分かれた。巨大な黒いドーム型の室内。怪しい光のラインが電子回路のように走る壁面。中央には神々しいまでに白い魔神機が立っていた。


 高さは七メートルはあるだろうか。通常の魔人機よりも一回り大きい。青い翼のようなパーツがついた四枚羽根の天使メカ。白をメインカラーに金の意匠が豪華さと力強さを表現する。


 光の魔神機、セア・アイトリアー。


「……綺麗だ」


 思わず呟いてしまった。そんな俺をよそに、ヴァリサが羽織っていたローブマントを脱ぐ。いつぞやの魔神機操縦用スーツ姿になる彼女は、セア・アイトリアーに歩み寄る。


「さ、こんなところ、さっさと出ましょ」

「そうだな」


 取るものをとって、おさらばだ。時間も押しているからね。

 ヴァリサが光の魔神機に乗り、そのハッチが閉まるのを確認する。俺は、護衛のエルフ兵たちをポータルで退避させた。


「タイラント!」


 俺の呼びかけに応じて、専用機TAMS-0タイラントが現れる。

 全高5.8メートルの青きAS、そのコクピットに乗り込めば、すでに専用ソケットに接続されているDCロッドが状況を知らせてきた。


『速報だ。今しがたハリダ工廠に非常警報が発令された。レウたちが格納庫で騒ぎを起こしたんだ』

「機体は確保できたか?」

『ああ、黒騎士と親衛隊機を複数機、手に入れた。我が警備に少々細工をしておいたから、敵の出足は遅い。だが、これ以上は無理だな』

「上出来だ」

『ジン? 準備はよくて?』


 通信機ごしに、ヴァリサの声が聞こえた。天井のドームが開き、外へと飛び出すことが可能になっている。


「いつでもどうぞ。……ディーシー、エスコートの手配は?」

『リムネと子供たちの別動隊が急行中。レウたちと合流して、工廠をある程度破壊したら、女王陛下と共に離脱だな』

「大変よろしい。他の基地を奇襲した戦力回収部隊の様子は?」

『こちらも大方、確保を終えて、順次脱出に移っている。アポリト軍は、蜂の巣をつついたような騒ぎになるだろうな!』


 楽しそうなディーシーさん。

 セア・アイトリアーが翼を発光させると、羽ばたくようにひとかき。その瞬間、四枚羽根の天使が飛び上がった。

 俺もタイラントのスラスターを噴かして随伴ずいはんする。


 空から見下ろす工廠は、いたるところから煙が上がっていた。親衛隊用のリダラ・ガルダが三連魔法杖による魔弾で、迎撃に出てきた基地のリダラやドゥエルを攻撃している。

 工廠への奇襲攻撃は、まずは成功だ。


 政変が起きたが、早々に女帝派勢力を抑え込んだと大公派は安心しきっていたのだろう。そこに第三勢力――つまり俺の攻撃は、完全に虚を衝く形となったわけだ。

 獅子身中の虫とは俺のことよ。


 元々、大公には胡散臭いものを感じてはいたが、決定的だったのは、白エルフの排除。これは歴史が変わってしまう。


あるじ、敵増援が工廠エリアに侵入。第一陣、リダラ・タイプ十五機。第二、第三陣が接近中だ』

「次から次へと、か。ここに長居は無用だな。――レウ、聞こえるか?」

『父さん!』

「無事か?」

『うん。工廠のガードは、出てきたところを叩いているから問題ないよ。でも、サントンが負傷してる』

「サントン?」

『大丈夫だよ、父さん。……ああ、でも手当はしたいかな』

「レウ、サントンを援護して先に後退だ。襲撃隊各機、敵の増援が接近している。順次、所定の撤退行動を開始しろ」


 俺は指示を飛ばしつつ、敵味方識別で、リダラ・ドゥブを探す。


「ドゥブを動かしているのは誰だ?」

『私です、アリシャです。お父さん』

「機体のほうは問題ないな? ディア、ロンはアリシャのカバー。エルフたちも後退を支援だ」

『了解』

『ジン様』


 リムネの声が魔力通信機から聞こえた。別動の援護部隊の到着だ。

 機体は子供たちの家の地下で作られた、魔術人形たち用のカスタム魔人機である。


 セア・プルミラ改に乗るは水の女神巫女でもあるリムネ。それに従うのは三機のリダラ・ゴルム改と、同じく三機のセア・ラヴァ改。


『敵部隊を捕捉。これを撃破します』


 侵入してきた敵リダラ部隊の後方に出たリムネら別動隊の機体は、それぞれ攻撃を開始する。セア・プルミラ改が誘導式氷弾を六つ発射。それは高速で飛翔し、ミサイルの如く敵機に吸い込まれ貫通。そして撃墜する。

 騎兵槍みたいなその氷弾は、防御障壁を貫いた。その威力、さすがは女神巫女というべきか。


『さすが、リムネ姉だ』


 オリーブドラブ・カラーのリダラ・ゴルム改を操るリュトは唸った。


『こっちも負けてられないな。クロウ、メラン! やるぞ!』

『了解!』


 三機のリダラ・ゴルム改はロングレンジライフルによる空中狙撃を仕掛ける。

 魔術人形の子供たちは実戦はほぼ初だ。だが元から魔人機の操縦も叩き込まれ、息を吐くように操れる子供たちにとっては、射的にも等しい。


 さらにセア・ラヴァ改――うち一機、ツインテール装備型を操縦するアレティは、魔法杖を水平に構え、その両端からプラズマカノンもかくやの魔法放射を放ち、敵機を掃射した。

 ……これで、敵の一隊が全滅か。


 増援は残り二隊――


『では左の敵は、セア・アイトリアーが』


 ヴァリサの駆る光の魔神機、そのバックパックからシールド状の物体が可動して分離、弓状の武器に変化して左手に握られる。

 大弓を構える天使。光が収束し、それは放たれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る