第1011話、子供たちの戦争


 ハリダ工廠魔人機整備工場。かつてここに勤務していた白エルフの情報で、魔術人形の子供たちは潜入を果たしていた。


「どうだい、サントン?」


 格納庫の端で、中の様子をうかがいながらレウが問うた。13歳ながら大人顔負けの体格を持つサントンは、視線を駐機されている魔人機に向けたまま答えた。


「うん、向こうに並べられているのが押収された親衛隊の魔人機だね」


 改良型リダラ・タイプ魔人機。女王暗殺を阻止できなかった責を問われ、親衛隊の魔人機はすべて回収されていた。アポリト浮遊島最大の工廠である、このハリダに、それらの機体がある。

 親衛隊用にチューンされたカスタム・リダラである。


「できれば、全部奪回したいところだけど……」

「僕たちは五人しかいない」

「いや、我々もいるのだが……」


 そう子供たちの後ろで、白エルフ軍人――魔人機パイロットが言った。ディアが口をへの字に曲げた。


「でも合わせても十人」


 14歳。女子組では比較的長身で、ややボーイッシュな雰囲気のある娘である。一方、同じく14歳、金髪碧眼の少女であるアリシャは、口を開いた。


「五機より十機のほうがいいよね」

「そりゃそうだ」


 緑髪の少年ロンが同意した。


「で、魔神機は? 親衛隊の……黒騎士があるって話だけど」


 彼ら魔術人形の子供たちの志願が受け入れられた理由のひとつ――それは、十二騎士の黒騎士こと、エリシャ・バルディアのリダラ・ドゥブも回収されたためだ。操縦者であるエリシャはイター監獄だが、機体をそのままにしておくわけにもいかない。


 だが魔神機を動かすには適性が必要。並の人間では中々適合しないが、そもそも魔神機の操縦にも耐える性能を持たせるために作られた魔術人形の子供ならば、動かす程度は問題ないのでは、と思われた。……実際に子供たちは魔神機に乗ったことがないから、こればかりは仕方ない。


「魔神機は、もうひとつ奥のフロアだ」


 サントンがメモを見ながら言った。


「ここからじゃ見えないな」

「できれば両方同時に抑えたかったけど」


 レウは振り返った。


「僕、サントン、アリシャで奥のフロアに行く。あとのメンバーはここで親衛隊機を奪取、騒ぎを起こしてくれ」

「了解」


 一同は頷いた。白エルフ軍人たちは、子供ながらテキパキと話を進めていくレウたちに困惑しながらも従った。まだ人間に従うという白エルフに染みついた思考に忠実なのだ。


「速攻で行く。邪魔者は排除」

「……そういうのは苦手なんだけどな」


 サントンがボヤキつつ、ジンから預かった魔石銃――ライトニングバレットの安全装置を解除した。子供たちは、それぞれ武器を携帯している。ヘルメット型防具、そのバイザー部分を下ろす。


「アリシャ!」

「煙幕――!」


 スモークの魔法を放出。格納庫の一角から、内部に黒々とした煙が噴射される。子供たちと白エルフ軍人が一斉に駆け出した。

 格納庫内の整備員、そして警備兵は突然の黒煙の発生に驚いた。


「何だ? 火災かっ!?」

「確認急げ!」


 煙は、彼らの視界を覆い隠すように広がっていく。形のないそれは、当然止められるはずもなく、混沌は加速する。

 その隙をついて、ロンとディア、白エルフたちはそれぞれ目標と定めた機体へと駆ける。


 レウ、サントン、アリシャは、奥のフロアへと走る。ヘルメットには熱源探知魔法を発動できる効果があり、バイザーの内側に、熱源を表示する機能が盛り込まれている。


 かつてジンが、ヴェリラルド王国の武術大会で使った兜の機能の進化系だが、当然、子供たちはその出所は知らない。


 人の形の熱源をかわしていく三人。煙に包まれた整備員らが慌てるが、近くを子供が駆け抜けても、取り立てて反応しなかった。仲間が慌てて走り回っているだろう、くらいにしか思わなかったのだ。


 三人は奥のフロアへ。煙幕が途切れても駆けると、そこには整備ベッドに寝かされている黒き騎士リダラ・ドゥブがあった。整備員複数、そして警備兵が動揺している。


 レウは引き金を引いた。横へなぎ払うような魔弾の掃射は、進路上にいた複数の人間を貫き、打ち倒した。まるで糸の切れた人形のように、簡単に倒れて動かなくなる。

 サントンも左手の警備兵集団にライトニングバレットを叩き込み、アリシャは浮遊球型爆裂弾を四発飛ばして、整備員もろとも兵たちを爆発に巻き込んだ。


『レウ、こっちは一機、確保した!』

『こちらロン、おれも確保だ!』


 ディア、ロンが親衛隊機であるリダラ・ガルダに乗り込み、それぞれ手に入れたことをヘルメットの通信機で知らせた。

 隣の格納庫から、轟音じみた騒音が響き、魔人機が暴れているのがわかった。


「了解、こっちも急ぐ! ……アリシャ!」


 レウは、新手の警備兵にライトニングバレットを連射しまくりながら、リダラ・ドゥブをアリシャに託す。

 今回の五人の中で、一番魔神機の適性が高いのがアリシャだ。金髪碧眼の少女は、跳躍魔法で脚力を強化すると、一気にリダラ・ドゥブのコクピットハッチへ跳んだ。


「ごめんなさい!」


 ハッチのところで伏せていた整備員を蹴り飛ばし、リダラ・ドゥブのコクピットへ滑り込む。手早く起動スイッチを押し込み、同時に魔力を注ぎ込む。


「……動いて……!」


 アリシャの願いに、魔神機は応えた。ハッチが閉まり、機体が動き出す。

 外でそれを確認したレウは、サントンを一瞥いちべつした。


「サントン、戻って僕らも機体を確保するぞ! ……サントン?」

「……大丈夫」


 脇腹を押さえ、サントンが引いてくる。レウは目を剥いた。


「血が出てるじゃないか!」

「氷魔法が、かすめた。……大丈夫」


 歯を食いしばっている兄弟を見やり、レウは動揺してしまう。


「さあ、行こう、レウ」

「あ、ああ。本当に大丈夫かサントン」


 二人は手前の格納庫へ。そこではディアたちが奪った魔人機で、工場内の機体を破壊していた。

 こちらはうまくいった。あとは陽動するだけ――作戦は計画どおりに進んでいるが、レウの心は晴れない。


 サントンが負傷した。それがたまらなく心配で、強い不安に苛まれる。

 いくら訓練を重ねても、心の動きまでは想定どおりにはいかない。その点は、まだまだ未熟であり、年齢相応に若かった。

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