第1010話、オペレーション・エクソダス


 兵は拙速を尊ぶ――孫子の兵法である。

 計画に頭を悩ますよりも、多少まずくてもさっさと動け、という意味である。


 上が熟考している間に、下っ端は待たされて疲れてしまうので、早く動いてくれ、ということだろう。残業したくないから早く終わらせてしまおうぜ、の精神だ。

 物事にはタイミングというものがあり、機会とみれば、さっさと動くことは重要でもある。

 討伐軍の出撃のタイムリミットがある以上、行動は素早く起こさねばならない。


 俺は、女帝派救出と、未来の反乱軍戦力の脱出を同時に遂行する『オペレーション・エクソダス』を立案、早々にその下準備を開始した。

 まず、俺は帝国城に行き、そこからイター監獄のある浮遊島までケーブルカーに乗って移動。


 俺が監獄を訪問する予定などなかったから、警備担当の騎士から『何故ですか?』と問われた。


「俺は十二騎士の団長だからな。同じ十二騎士にありながら女帝陛下をお守りできなかった女の顔を見たい」


 そう言ったら、騎士は「ああ」と納得したような顔をされた。大方、俺がエリシャ・バルディアに敵視されていたことを思い出したのだろう。ほぼ一方的に敵視されていただけなのだが、俺とエリシャが犬猿の仲だったという空気が、大公派の中にはあった。

 ……むしろそう思われていたから、俺も大公派に認められていたフシがあるか?


 だが、まったく疑われなかったわけではなく、俺に案内役の騎士が付けられた。監視も兼ねているのだから、ディーシーのマップしか頭にない俺にとっては、実際に案内してくれる者がいてくれるほうが助かる。


 ……何せ、下見だからね。

 浮遊島の周りには、飛行できるリダラ・タイプ魔人機の小隊が飛んでいた。青と紫の機体カラーは、青肌エルフとダークエルフの機体だ。警戒を兼ねて、常時二個小隊が島を周回していた。


 頑丈そうな高い壁がそびえる敷地内。石造りの監獄は、さながら古城のようだ。夜に行ったら、さぞ不気味だろうな。

 高く、周囲を睥睨へいげいできる見張り塔が四方にあるが、対空設備はなさそうだ。そりゃ、帝国城が目と鼻の先にあるのに、攻撃できるような砲は置かないよな。


 到着後、俺はケーブルカーを降りた。騎士の案内に従い、監獄内を進む。表の古城という雰囲気もそのままに、石造りの内装は城やダンジョンを連想させる。

 監房区画は鉄格子がはめられ、中の様子が見えるようになっている。


「――鉄格子には魔法障壁が張られており、魔法での破壊は不可能となっております」

「……ここ、男女一緒なのか?」

「は? はい、そうです」


 牢はひとりずつだが、外から見えるのは、女性囚人的にはキツイのではないか。騎士の案内についていき、救出対象であるゴールティンやエリシャらの位置を確認。

 なお外から丸見えということは、中からも外が見えるということだ。俺の姿はバッチリ囚人たちからも見えた。


 ゴールティンからは、まるで親の仇のような目を向けられた。終始、無言だったが、おそらく今回の事件が大公の仕業だと彼は推測しているのだろう。裏切り者、と口に出さなくても顔に書いてある。


 一方、エリシャは完全に魂が抜けたように呆けており、牢の中のベッドに座り込んでいた。こっちにはまったく気づいていない。……まさか暴行されたとか、ないよな? 着衣は乱れてないし、そういう形跡はなさそうだが。ちと心配だな。彼女、あれで美人だからね。


 一通り、監獄見学ツアーが終わり、騎士さんの目を盗んでポータルを設置すると、俺はさっさと帰宅した。下準備、完了。


 さあて、次だ次。俺が避難所ダンジョンに戻ってくる頃には、ディーシーが情報収集を終えている。

 奪取するアポリト軍の戦力。どこが手薄で、白エルフ部隊でも犠牲少なく作戦をこなせるかの検討。


 投入する白エルフは、軍人のほか、志願した者たちからなっており、すでにその数は五千人ほどに達していた。


 アポリト浮遊島には三万もの白エルフがいて、それをほぼすべて処分するというわけで、いまだその作業は進められている――つまり避難所ダンジョンに、どんどん合流していた。


 なお、その処理も本日18時に完了の予定となっている。

 まだ逃走しているエルフも少なからずいるが、さすがにそこまで面倒を見ている余裕はなかった。


 ともあれ、現状の五千人は、奇襲で基地ひとつ落とすに、充分過ぎる戦力と言える。いかに犠牲を抑えるかを重視するから、正面衝突ではなく不意打ちで制圧したい。


 討伐軍として編成されている部隊のいない拠点を、偵察情報からピックアップ。さらに白エルフが抜けた穴を埋めるべく、人員が移動する艦艇も奪取の対象となる。乗員が少なくなっている艦のほうが、制圧しやすいからな。


 ついでに、白エルフパイロットたちの機体である魔人機リダラ・グラスも、できるだけ回収しよう。どうせ白エルフしか乗らないのだから、アポリト軍もしばらく使わないだろうし。



  ・  ・  ・



 夜、白エルフ軍人を先頭に各部隊が、ポータル移動でアポリト軍の目標拠点に侵入を開始した。彼らは、警備兵を倒し、それぞれ奪取目標に迫った。

 仮に見つかっても警報はならないようになっている。情報収集の傍ら、回線を切断したからな。


 白エルフの中には、どこの拠点でも誰かしら勤務していた者がいた。そこから内部事情は筒抜け。詰め所の位置はもちろん、ふだん白エルフがやって、他のエルフや人間たちがやっていなかった業務の隙をついて、浸透していった。


 戦力回収部隊が、軍港内の乗員の少ない艦艇を狙って侵入、制圧をかけている頃、俺とディーシーは、イター監獄にポータル移動。そこにディーシーさんのダンジョンモンスターを放ち、警備兵を片付けるまでしばらく放置。


 その間に、再びポータル移動で戻った後、戦力奪取のひとつとして企てた、とある目標を回収しに向かう。


 施設の名は、ハリダ工廠。多数の魔人機の製造のほか、装備の開発、実戦テストなどを行う、アポリト一の魔人機工場。

 そして、光の魔神機セア・アイトリアーがあるとされる場所だ。

 この光の魔神機と共に、魔人機も奪おうという作戦である。


 というわけで、ヴァリサがいないと開けないプロテクトがあるので、今回、彼女にはお付き合いしていただく。


 さらにレウ、サントン、ロン、ディア、アリシャの五人も同行する。子供たちは研究所製の戦闘スーツに、俺とディーシーが改良を加えたものを身につけている。子供ゆえ童顔なのは仕方ないが、格好だけなら特殊部隊の隊員のようだ。

 そんな子供たちを見て、ヴァリサが心持ち表情を曇らせた。


「大丈夫ですか? この子たちを巻き込んで」

「僕らが望んだことです」


 レウが、俺が言う前に答えた。


「僕らも、父さんの役に立ちたい」


 少年少女たちは頷いた。

 まだ一カ月と少ししか付き合っていないのに、そう思ってもらえるのは俺もうれしい。ただそれが戦場で、人を殺さなければならない場合があるのが、とても心苦しくはある。子供に武器を持たせるのは悲しい。


 だがそこまで強く止めなかったのは、この異世界で、子供といえど戦場に狩り出されて戦っていた姿を何度も見ているからかもしれない。悪い意味で慣れてしまったのだ。

 ……異世界に、向こうの常識を押し付けるのは傲慢である。

 

「ま、あまり危険なことをしなくていい」


 俺は、彼らをここへの同行を許した理由を再確認させる。


「魔人機の操縦にかけては、魔力に秀でた君たちほど優れた者はいない。だが初陣であることは忘れないでくれ。指示は守ること。いいね?」


 魔術人形の子供たちは首肯した。こういうところは、兵器を扱う組織に育てられたところがあって、一人前の顔をしている。

 では、行こう。作戦開始だ。

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