第1009話、封緘命令書


 アミウール戦隊をはじめ、闇の勢力討伐軍の出撃が決まった。

 三日後、アポリト浮遊島より出て、集結した外周艦隊と地方軍と合流、敵本拠地を攻略する構えだ。


 アポリト浮遊島本島の、討伐軍所属となる各部隊は出撃準備を行う。白エルフが粛清対象として抜けたため、その補充を黒エルフで補い、またそれに合わせて装備の変更などが行われている。


 アミウール戦隊もそれは同じだ。女帝暗殺事件の余波で、本島の軍人は全員が休暇取り消しの上で、所属部隊にて待機、出撃の準備を命じられていた。

 教会から派遣されている女神巫女たちもまた、軍によりアミウール戦隊での待機を厳命された。


「どういう意図なんだ?」


 ディーシーが小首をかしげながら、俺に問うた。


「大方、教会からの呼び戻しを防ぐためだろうよ」


 タルギア大公が、彼女らを自軍内に押さえておくつもりなのだろう。


「その天上教会は、老人たち貴族院寄りだと聞いている」

「なるほどな」


 さて、大公派所属と見られている俺は、上層部との連絡や付き合いがあると適当な理由をつけて、戦隊を離れていた。

 メギス艦長も、俺がスティグメら大公派重鎮と親しい間柄だと見ていて、特に疑問もなく『艦のことはお任せください』と忠実な部下らしく送り出してくれた。


 やれやれ――俺は、討伐軍出撃命令と同時に、スティグメから直接渡された封緘ふうかん命令書を懐に忍ばせる。


 小首を傾げるディーシー。


「その、フウカン命令書とは、何なのだ?」

「極めて重要な命令を間違いなく伝えるために使われる、開封日時指定の命令書さ。指定された日時にしか開けちゃいけないんだ」


 そして俺に渡された命令書の開封は、闇の勢力本拠地攻略戦時に指定されている。明らかに作戦行動中に、だ。

 浮遊島での政変、この極めて面倒くさい時に、そんな防諜対策を施したものを寄越すということは、明らかに女帝派勢力に知られたらまずい命令に違いない。


 女帝派の上のほうは大公派に抑えられたとはいえ、中堅より下までは、まだ手が及んでいない。白エルフの騒動もあって、一度にやると軍そのものが成り立たなくなる恐れもあるのだ。


「何だと思う、主よ?」

「俺が推察するに、おそらく討伐軍に合流する外周艦隊の扱いに関するものだろう。あの艦隊は、女帝派の遊撃艦隊だから」


 十二騎士ナンバー2のディニ・アグノス――この時代版アーリィー……もとい、女性にも見える美顔の男子――最近、アーリィーと会ってなくて、似てないのにイメージが被るようになっている気がする。


 と、話が逸れた。アグノス卿は女帝派で、その艦隊もまた然り。大公派にとっては、アポリトの支配を進める上で、武力をもった邪魔者である。

 闇の勢力との戦いの最中、外周艦隊を見捨てるとか、あるいは背後から撃つとか、そういう類いだろうな……。


 一応、忠実なる大公派を演じている俺としては、その封緘命令書を指定日以外に明けるなどはできないが。

 大公派が外周艦隊を『敵』と見なすのなら、すなわち反乱軍の戦力となるだろう。俺としては、闇の勢力撃滅を果たしつつ、アグノスら外周艦隊をも救わねばならない。


「やれやれ、だな」


 ディーシーが苦笑する。


「主は、面倒事ばかり当たるのだな」

「貧乏くじを引くのに定評がある俺」


 冗談めかしつつ、俺とディーシーは、ダンジョン内の一角、作戦室へと到着する。


 そこには、ヴァリサがいて、白エルフの軍人たちがいた。なお女帝付きの侍女エルフさんもいて、彼女の背後に控えている。処分されるエルフたちの中に、彼女のような女帝お付きの人もいて、合流を果たしたのだ。


 他には、俺付きの白エルフメイドであるニム、魔術人形の子どもたちの代表でレウとディア、アリシャが同席し、さらに水の魔神機操縦者のリムネ・ベティオンもいた。


 ……本来、戦隊にて待機を命じらた彼女だが、休暇を利用して都市に出ていたところ、例の白エルフ騒動が発生。その混乱で、帰隊に時間がかかっていると戦隊には連絡済みである。

 俺のそばにいたいと、屋敷のほうを訪ねたところで、リムネは俺たちと合流した。


「すまない、遅くなった」

「構いません」


 ヴァリサが席についたまま、わずかに背筋を伸ばした。侍女や白エルフたちがいる前なので、女帝モードである。


「現状、外の様子を知るのは、ジン、貴方だけなのですから」

「恐縮です、陛下」


 俺は席につくと、さっそく状況を説明した。白エルフの処分の進み方、アポリト浮遊島の様子、そして闇の勢力討伐軍の編成とその出撃など。


「闇の勢力の殲滅せんめつは、人類の存亡にも関わる重要懸案。ケリはつけなくてはいけない。だが問題は、その機会を利用して排除される可能性の高い外周艦隊だ」


 アポリト軍と反乱軍が戦うのも、歴史の流れだ。その流れに乗らないといけないが、現状、こちらで手助けしないと、その反乱とやらも成立しない可能性が出ている。


「そこで、今後の展開だが――。ディーシー」


 俺の合図で、彼女がホログラム状の魔力映像を机の上に展開した。


「イター監獄に収監されている、女帝派を救出する」


 その監獄は、帝国城にほど近い場所に存在する。帝国を脅かす重罪人や政治犯などが収容されているそこは、帝国城と直通のケーブルカーがあって、そちらから移動する。


 なお監獄は宙に浮いている。要するに小さな浮遊島に建てられているのだ。


「今回の女帝暗殺事件に置ける政変で、陛下を守りきれなかった責を取らされた親衛隊や、専任警護であるエリシャ・バルディア卿ほか、女帝派の重鎮が何らかの罪を被せられ、収監されている」


 白エルフたちがざわめいた。親衛隊のゴールティンやエリシャと、それなりに親しいだろうヴァリサも悲しげに眉を下げた。


「第二に、戦力を確保する」


 俺は、白エルフ軍人らを見た。


「今後、アポリト軍に抵抗するにしろ、どこか遠くへ逃げるにしろ、自衛の手段は必要だ。そうだな?」

「はい……」


 白エルフたちは神妙な顔になる。軍では下級の兵ばかりではあるが、魔人機のパイロットだったり、艦艇クルーであるものも少なくない。


「その後のことは、まあ、君たち全員で話し合って決めてくれ。君たちエルフは自由を得たのだからね」


 エルフは道具ではない――そう訴え、デモをしていた記録映像は俺も見ている。逮捕、処分からの解放と、急展開だっただろうが、自由を選べるのは間違いない。


「あの、ジン様」


 白エルフ軍人のひとりが手を上げた。


「何故、我々にそこまで肩入れしてくださるのですか?」

「俺にはエルフの友人がいる。上も下もないよ」


 未来で会うエルフたちは、人間に従属することなく独立を果たし、それを守っている。未来の彼、彼女らのためにも、俺はやれることをやるだけだ。


「ジン様……」


 おいおい、そこ涙ぐむところじゃないぞ。俯く白エルフたちに、ちょっと困惑してしまう。


「我ら! 生涯、あなた様に忠誠を誓います!」


 ひとりのエルフが跪き、周りの軍人たちもそれに倣った。


「何なりとご命令ください!」

「せっかく自由になったのに、命令をよこせとか……まったく」


 苦笑する俺に、ディーシーやリムネが肩をすくめた。そのあたりも、慣れてもらうしかないね。

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