第1008話、自由への道
スタフィテ焼却場を押さえた俺の配下は、少人数のシェイプシフター兵だった。
アポリト軍の軍人に変装した彼らは、焼却場に乗り込むと、処分担当の人員と入れ替わり、何食わぬ顔で焼却炉の監視と警備についた。
俺は各焼却炉フロアの入り口に転送ゲートを設置して、エルフたちをダンジョンに飛ばす。
後はシェイプシフター兵が部外者を近づかせず、真面目に職務を果たしているフリをするだけでいい。白エルフたちは正規軍が、勝手に連れてきてくれるので、こちらは護送されてくる彼らを引き継ぐだけだ。
この方法は、逃走中のエルフは救えないが、抵抗もできず処分される運命のエルフは全員救出できる寸法となる。
最小の人員で、最大の効果を。人員の不足は敵を利用することで解決だ。
「見事な手腕。さすが十二騎士団長ね」
そう言ったのはヴァリサだった。ダンジョンに避難してきたエルフたちを見る女帝陛下……そのクローン体。
「エルフたちは何も悪いことをしていないのに、アポリト中の白エルフを処分するなんて、酷すぎるわ」
「同感だね」
俺が言えば、ヴァリサは微笑んだ。
「でも、ジンは、エルフたちを救った。誰にもできない方法で、本当にたくさんのエルフの命が救われた。これはとても凄いことです」
「まあ、仮にも十二騎士の団長だからね」
「ゴールティンにも、エリシャにもできないことだわ」
そこでヴァリサの表情が曇った。
「二人は拘束されたって……」
「大公派が女帝不在で、一気に権力の掌握に走った。女帝派の最大戦力である二人は、陛下の身辺警護の責任者でもあるからな。護衛対象を死なせた責で失脚、悪くすれば処刑もあり得る」
「……わたくしが戻れば――」
「いや、たぶん何も変わらないよ」
俺は、うつむいている彼女の肩を軽く叩いた。
「大公派は、女帝を暗殺した。いまさら本物が出てこられても困るから命を狙われる。それに、そもそも君、女帝陛下のクローンだろう?」
「でも、皆が……」
ヴァリサは唇を噛んだ。
「いまほど、わたくし、女帝の権力が欲しいと思ったことはありません……」
大事な時に何もできない無力感。これまでは、周りがやってくれるから、周りが言っていた通りにやればよかった。
「アポリトは、タルギア大公が支配するようになるのでしょうか?」
「貴族院の老人たち次第だが……」
俺は、推測を口にする。
「大公派は彼らも排除するだろうね。それでアポリト帝国は大公のものになる……」
「……それはいけないことなのでしょうか?」
ヴァリサは、そんなことを口にした。
「今回のやり方は、乱暴で、間違っても褒められる方法ではない。……けれど、大公が帝国のトップに立ったら、いまより国は繁栄する可能性はありますか?」
「どうだろうね」
正直、俺、大公と直接話したことはないんだよな。成り行きで大公派に組み込まれて、その掌の上で踊ってみせた。彼が野心に溢れ、アポリトの頂点に立とうとしていることは知っていたが、その後の統治、彼が目指しているものについては、俺はさっぱり興味がなかった。何故なら――
「アポリト文明は滅びる」
俺は告げた。これは歴史が語っている。超文明であり浮遊島で栄えたアポリトは滅びるのだ。反乱軍との戦いの末に……。
そして反乱軍とは、その国家に対する抵抗組織である。つまり、現状に不満があって、相容れないからこそ戦うのであって、タルギア大公が誰もが認める名君であるなら、そういう衝突にはならないはずなのだ。
あるいは彼は、敵と見なしたら容赦がないのかもしれない。女帝、そしてその配下、白エルフ――それらすべてを殺すまで突き進むような人間であるなら、反乱軍の発生は不可避であると言える。誰だって死にたくはないのだから。
「ジン……」
ヴァリサは悲しげな目を向けてくる。
「貴方の目には、何が見えているのですか……?」
「……」
未来です、と確信を持って言うには、少々材料が足りない。
文明は滅びても、人間は生き延び、新たな文明を築くのはわかっている。だがその細部は知らない。
実際、アポリト文明の終焉の形だって、俺の中では推測しかできず、事実そうなるとは限らない。
「ジン、わたくしはどうすればいいのでしょう?」
神妙な調子で、彼女は言った。
「お飾りの女帝。そしてその役割も果たせない。わたくしは、生きる意味を失った」
「そうだろうか?」
俺は首を振った。人間、自分の存在理由なんてしらない。ヴァリサのように、女帝陛下を演じるという目的で作られた、というほうが異例なのだ。そしてその目的と、生きる理由はまったく別のものだ。
「あなたは自由になった。お飾りである必要はなく、自分でやりたいことをやれるようになった」
「やりたいこと……」
ヴァリサは困惑した。
「いきなり言われても、わたくしに、やりたいことなんて」
「すぐにどうこうしなくてはならない、ということはない。やりたいことを見つけるのもいいし、できることから始めてみるのもいい」
俺だって、自由にしていいって言われても、とっさに思いつかないこともある。
「むしろ、自由ってのは、言うほど自由ではないのかもしれない。でもやりたくないことをやらされるよりはいいんじゃないか」
「……考えてみます」
ヴァリサは俯いた。
「わたくしにやれることなど、ほとんどないかもしれない。……けれど、それを探すこともまた自由なのでしょう?」
「そうだな」
アポリトの女帝。だがその中身は10歳の箱入り娘だ。まずは世界を知ること、そして自分を探せばいいと思う。
「ところで話は変わりますが、ジン。貴方はこれからどうしますか?」
「近いうちに闇の勢力討伐に軍が動く。俺もおそらく出兵だ。それまでに残されている人たちのための準備をして……あぁ、そうそう、ひとつ忘れていた」
俺は相好を崩した。
「囚われの前団長さんや、女帝陛下に忠誠を誓う方々を救出しておこうかね」
おそらく、反乱軍の中枢になる戦力を。
俺がこの時代を去った後、残された者たちの剣となり盾となる者たちを、用意しておかないといけない。
せめてもの置き土産として。
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