第1006話、ねじ曲げられた真実
『我々は自由を要求する! エルフは道具じゃない、生きているんだ!』
そう白エルフの代表は叫んだ。従者や労働者として、アポリトの民に従事してきた白エルフたちは議会堂の前で訴えた。
だが、彼らの創造主たるアポリト文明人は、彼らを弾圧した。武器も持たず、集まったエルフたちに向け、魔法を放ったのだ。
電撃に撃ち抜かれ、火だるまとなり、倒れていくエルフたち。そしてその恐怖に耐えられなくなり逃げ惑う者も現れるが、軍と警邏組織はデモに参加した白エルフを追いかけ、追い詰め、処刑していった。
前々からエルフたちには兆候はあった。小規模な集会を開き、同胞に自由と独立を訴える一方、不当な暴力にさらされた白エルフを救出したり、その報復で些細な破壊活動が起きたり……。
我慢にも限度があった。たとえ、逆らわないように作られていても、生活の中で理不尽さや、重度のストレスにさらされることで、生存本能が呼び覚まされたのだ。
そして創造主への反乱が始まった。
だが、彼らは天上人に武器を向けることができなかった。平和的なデモで叫んだ自由への希望。
しかしそれは暴力の前に、いとも容易く踏み潰された。
そして、裏切りに対する報復が始まった。
・ ・ ・
いったい何が起こっているんだ……。
子供たちの家で、帝国城天守閣が攻撃を受けたという報道を目にした。軍は、全将兵を緊急招集。休暇は取り消され、俺も本島、帝国城へ出頭する。
道中、町の様子を見たが、厳戒体制が敷かれていた。軍や警察が出動し、白エルフの逮捕、拘束の光景が至るところで見られた。
町は殺気だっていた。
俺の部下ということになっている付きの白エルフ、ニムとカレンも招集が掛けられたので同行したが、城につくなり、エルフの二人は警備担当により拘束され、別室へと連行されてしまった。
『彼女らが必要なんだが?』
団長権限もちらつかせたが、担当官は『貴族院の決定ですので』と突っぱねた。青や黒はよくて、白は駄目。俺以外にも白エルフを連れて出頭した将校は、漏れなく配下と引き離されていた。
……まあ、連れてこいという命令だから仕方ないけどね。もっとも、俺はいい予感はしてなかったから、本物のニムとカレンは子供たちの家に残して、シェイプシフターを彼女たちに化けさせて連れてきた。その辺りは抜かりなしだ。
さて、帝国城、女帝親衛隊ガーズの指令室へ通された俺は、そこで意外な人物と会うことになる。
メトレイ・スティグメ――大公閣下の腹心であり、本来、ガーズの指令室に立ち入ることができない人間だ。
「よく来た、ジン・アミウール」
「いつもの顔ぶれではないようですが?」
室内は、親衛隊の制服を身につけた兵が少なく、おそらくスティグメの部下だろう兵たちのほうが多かった。
「大変な騒ぎになっているからな。よもや、女帝陛下が白エルフに暗殺されるとは……」
「それは確かなのですか?」
「ああ、『そういうことになっている』」
つまり犯人は別、ということだ。親衛隊の指令室に大公派がいるところから見て、とうとう大公閣下は姉である女帝を排除したようだ。
……そのお姉さんが、実はクローンで、しかも吹っ飛ばされたのが、うちのシェイプシフターだって知らされたら、この人たちどんな顔をするんだろうね?
女帝陛下のわがままを叶えてあげたら、九死に一生を得てしまったとは、皮肉だ。
「親衛隊の状況は?」
「我らが女帝陛下をお守りできなかった事実は重い。隊長であり、前団長のゴールティン卿を含め、主だった幹部は拘束した。いずれ責任はとってもらわねばなるまい」
女帝派の拘束と排除。事件発生から、ここまでの動き。かなり入念に準備されていたのだろう。こりゃ白エルフの反乱にかこつけたクーデターだな。
「白エルフたちを拘束しているようですが?」
「昨今、彼らのテロ行為が目立ってきていたからね」
スティグメは、指令室のスクリーンを指し示す。白エルフたちがデモを起こし、治安維持部隊に撃退されているシーンが再生されている。
「一度、白エルフはリセットする必要がある。いまある彼らを処分し、新しく従順な個体を作る」
アポリト中の白エルフを全滅させる、ということか。これもひとつの民族浄化か? アポリト人にとっては『物』でしかないから、処分などと軽々しく言う。
俺は嫌悪感を押し殺しつつ、しかし言わずにはいられなかった。
「俺は個人的に、白エルフを気に入っていたんですが」
「新しい個体を用意するさ」
スティグメは、部品を交換するような軽さで言った。拘束されたのが身代わりじゃなかったら、俺も感情を抑えられなかっただろう。
「いいんですか? 間もなく、大規模な作戦があると聞いていますが。軍にも白エルフはいて、彼らが抜けると戦力が下がりますが」
「問題ない。まもなく、最後の戦いが行われる。すべては我らが大公閣下のご威光のままに、だ」
「闇の勢力との最終決戦ですか」
「大いなる茶番の終わり、だな」
スティグメはそう表現した。
「本島は、老人ども以外は掌握した。あとは老人どもと島の外にいる女帝派の残党を潰せばそれで終わる」
……闇の勢力をどうするか、言わないんだな、この人。
大公が権力を掌握することのみにしか目がいっていない、というか、最初から闇の勢力など眼中にないという口ぶりだ。……ないのか、本当に。
スティグメは『茶番』と言った。すでに闇の勢力と何らかの接触があって、休戦の約束でも取り付けたのか?
いや、しかし吸血鬼だぞ。人間を容易く殺すような連中と、手を組むなどあり得るのか?
――茶番、か。
この戦い、始めから仕組まれていたとしたら? 闇の勢力というのは、実はアポリトの支配者たちの手駒に過ぎず、外敵を演出することで、世間をコントロールする……。
敵が存在することは身内の団結や協力を呼ぶ。危険もなく、安全な日々が続けば、各々が自由にし始める。
だが脅威が存在することで、自分たちの自由と安全を守るため、為政者の指導に従う土壌が出来上がる。
統治に何か問題が発生しても、外敵の存在をほのめかせば、民の注意がそちらに向くというやつだ。
やたらと他国に突っかかってくる国があるが、大抵、その国の為政者の支持が急落したり、その兆候がある時によく見られる。
ふっかられる方は、何で今更?とか、わけわからん理由でこられるから、迷惑以外の何者でもない。
それはともかく、為政者の都合で消される白エルフの身になってみろってんだ!
「それで、拘束された白エルフたちは処分と聞きましたが、具体的にはどうなるんです?」
「民は、敬愛する女帝陛下を殺されて、怒りに震えている」
スティグメは大げさな調子になる。仕掛けたのは、自分たちだろうに。
「当然、その命をもって償ってもらう。ガス室と焼却炉、どちらがいいだろうか……?」
「……」
……怒りに震えちまったよ……! お前は、俺を怒らせた!
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