第1003話、子供たちと過ごす朝
「おはよう、父さん」
「レウ、おはよう。調子はどうだ?」
子供たちの家での朝。俺は洗面所で歯磨き中。そこへやってきたのは、男子年長のレウ。
「すこぶるいいよ」
「そうか」
それはよかった。以前、研究所にいた頃は、あまり調子がよくなかったと言っていたのは、ロンだったかリュトだったか。
シャカシャカシャカ、と、歯を磨く音がしばし流れ、口を漱いでいると、レウが言った。
「父さんは、今日一日こっちにいられるのかい?」
「ん? あぁ、とくに予定はなかったな」
完全休息日の予定だ。軍のほうに顔を出すこともなく、呼び出しさえなければ、どこでどう過ごそうと自由である。
「何かあったか?」
「その……よければ、魔法とか魔人機とか教えてほしくて」
男の子だなぁ、と素直に思えれば気も楽なのだが。しかし俺はそれをおくびにも出さず、頷いた。
「ああ、いいよ。」
軍が休みでも、俺は色々やろうと思えばやることが山ほどある。まあ、子供たちの面倒を見るのも、その色々に含まれているからいいんだけどね。
「そういや、ヴァリサはどうだ?」
結局、こちらにお泊まりした女帝陛下。身代わりのシェイプシフター女帝はバレもせず、そのままなので、もう少し好きにさせてはいられるだろう。ヤバくなったら、そのときは責任とって本人に謝罪させる。
「女の子たちと寝ているよ。チビたちが懐いちゃった」
微笑ましい答えに、俺も思わずにっこり。
「いいお姉さんだと思う」
「お姉さん、か。……あれでプリムやイオンと同い年なんだぞ」
「嘘だぁ。……え、本当?」
さすがにレウが呆けた顔になった。
「どう見たって大人だ」
「外見はあてにならないってことだな。それを言ったら、俺だってこれで30だしな」
外見二十歳前後の俺もその例に漏れず。
洗面所で朝の儀式を終えた後は朝食までのんびり。エルフメイドのニムとカレンが支度している。遠征中はどちらかひとりだったが、二人揃って作業をしているのは、こちらでは珍しい。
そんなエルフメイドを、桜色の髪のティアと茶髪のアリシャがお手伝いしている。レウと同じ14歳コンビだ。
「……お前は、どっちが好みなんだ?」
「父さん、そういうのを本人たちが聞こえるかもしれないところで言うのやめて」
レウが初心な反応を見せる。抑圧された研究所生活から解放されれば、そこは思春期の若者。異性も気になるだろう。俺も中学、高校の頃は……以下略。
「父さん、おはよう」
「おはよー、お父さん」
「ああ、おはよう」
にわかに食卓が騒がしくなってくる。ヴァリサがイリスとプリムら年少組と一緒にやってきた。
クロウとリュトが、服を泥だらけにしてやってきて、最年長のリオン姉に怒られている。
「早く着替えてらっしゃい」
「へーい」
「お前たち、朝から森で格闘ごっこか?」
俺が皮肉ると、二人のわんぱく坊主は苦笑した。
「ランニングしていただけだよ」
と、クロウが返した。リュトはシェイプシフター義手を振った。
「ディーシーママが、また黙って障害物を増やしたんだよ。おかげでこのザマ」
……俺は、お父さんなのに、ディーシーはママなんだよな。
ここで言うランニングとは、家の地下であるダンジョンエリアと呼ばれる運動場での森林走のことだ。体力作りはもちろん、障害物の多い地形での走行や行動、サバイバル訓練などができる。
食卓に座っている俺、そしてレウ。そこへイリスが「よいしょ」と、さも当然のように俺の隣の席に座った。最年少の彼女は、俺の服の袖を引っ張った。
「おとーさん、おはようございます」
「おはよう、イリス」
その頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。それを見ていたお姉さん――ヴァリサがイリスの隣に座り、抗議の声を上げた。
「あー、ジン。わたくしも、それをやってください」
「朝の挨拶は?」
俺が言えば、キョトンとするヴァリサ。するとプリムが頭を下げた。
「おはようございます、とーさん」
「はい、おはよう。プリムは賢いな」
「えへへ……」
照れるピンク髪の少女10歳。ヴァリサは少々頬を膨らませた。
「お、おはよう、ございます。お、お、お父、さん……」
そんな恥ずかしいものなのか? 俺はよく言えましたとばかりに応じた。
「はい、おはようございます」
ご希望なので、頭を撫でてあげる。……改めてやると、ちと照れるな。この浮遊島で女帝と崇められている美女に『お父さん』呼びさせて撫でるとか。どんなプレイだよ!
・ ・ ・
朝ご飯の後、子供たちはそれぞれ自由行動。俺が休みだから、子供たちも休みにしたらしい。いつもならグループに分かれて勉強や体力作りなどをやっている。
「皆を引き取っていて言うのも何だが、俺がいなくても自活できるようになってほしい」
口にして、勝手な言い分だとは俺も思う。レウは頷いた。
「父さんは戦争に行っているから。でも父さんは多分死なないと思うんだ」
「何が起こるかわからないのが戦場だ」
俺だって死ぬつもりはないが、避けられない事故もある。まあ、子供たちに自活して、というのは俺がこの時代を、近々去るからではあるが。
「……いや本当、勝手な大人だな、俺は」
「そんなことはないよ、父さん」
レウが慰める。
「僕らは感謝しているよ。あの研究所から助け出してくれて」
「……そうか」
あのまま研究所でモルモットにされるよりはマシだったのは間違いないが、助けておいて面倒を見切れないというのが、俺自身面白くない。
いっそ、元の時代に連れていけないかな……? 子供たちのことで、のちの時代で安否がわかっているのはアレティだけだ。他の子は果たしてどうなったのだろう。
残念ながら、それを知る術はここにはないのだが。
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