第1002話、女帝陛下、ジンさんちの子になる


 町の散策を終えて高級住宅街に戻り、そのまま俺の屋敷へ帰宅。先に戻っていた白エルフメイドのカレンに導かれて、そのまま休憩。


「外の世界はいかがでした?」

「大変興味深くあるわ。いっぱい人がいて、楽しそうにしているの。見ていて飽きないわ」


 ヴァリサは、そこで表情を曇らせた。


「でも、悲しいこともあるの。白エルフが世間では差別されているなんて」

「アポリトの全体に見られる悲しい現実です」


 何故、そういう差別になっているのかは俺も知らない。


 この時代におけるエルフは、人工的に作られたもの。その時点で、人間より一段低く見られているが、エルフの中でも役割に応じてランクが存在していて、白は最下級の扱いだった。


 たとえは悪いが、犬と猫と豚の中で、ペットにするならどれ?みたいに人気順のような風に見えなくもない。


「アポリト人にとって――」


 ディーシーが口を開いた。


「エルフはモノなのだよ。人間に無条件で服従するもので、間違っても反抗してはいけない。そして生き物とは面白いもので、反抗しないものには何をしてもいいと錯覚するのだ」

「何をしてもいい……?」

「そうやって自分の強さを確かめたいのだろう」


 ディーシーは淡々と告げた。


「これは我の考察だが、アポリト人は、自分に自信がないのだと思う。平和で安全な中、魔力という存在から遠ざかりつつあることで潜在的に危機感を抱いているのだ」


 自信の喪失、そして危機感。


「必然的に、魔力が豊富である白エルフは、それら自信のない人間にとって面白くないわけだ。もしエルフが自分たちに本気で対抗するようになったら勝てないのではないか、とね……。自分たちの作ったモノが、その自分たちを凌駕しているなど認めたくないのだろう」

「……」


 ヴァリサは押し黙る。難しい顔をしているが、これは多分――


「10歳の子には難しかったかな」


 俺は、そんな彼女の頭を撫でてやる。むず痒そうに体を揺するヴァリサ。


「さて、女帝陛下。日が暮れる前に戻らないと――」

「えー、嫌です! もう少し、ジンたちと一緒に外にいたいです!」


 完全に子供である。城の外に自由を抱き、恋い焦がれ、その機会が訪れたのだ。彼女は、もっと知りたいし体験したいのだろう。


 その時――


「おとうさん?」


 奥から少女が二人、顔を見せた。


 紫色の髪のイリスと、ピンク髪のプリム。――魔術人形として作られた子供たち、その最年少組だ。


「おそいから、むかえにきた」


 9歳のイリスが、たどたどしく言った。おとうさん?と驚いたのは、ヴァリサである。


「貴方、子供がいたの?」

「ええ、まあ……」


 メタゲイト研究所から強奪しました、なんて言えるはずもない。いくら世間知らずの女帝様といえど、知らなくていいこともある。


「いくつの時の子供です? わたくしがいくら物を知らないとはいえ、さすがに一般的な子作りの年齢くらいはわかりますよ!?」

「引き取って育てているだけですよ。さすがに十五人も子供は――」

「十五人もいるのですか!?」 

「おとうさん、そのおねーさんはだれ?」


 イリスが小首をかしげる。この子、9歳だが言動はもっと幼く見えるんだよね。つまり、可愛い。


「お姉さん?」


 目をパチパチさせて吃驚びっくりするヴァリサ。


「わたくしが、お姉さん……」


 琴線に触れたらしい。実年齢同じくらいと言ったら、どういう反応をするのだろう。


「ジン、貴方は十五人の子供たちを引き取っているのね?」

「ええ」

「なら、わたくし決めました。貴方の十六人目の子供になります」


 エェ……。どうしてそうなるの? 俺は言葉を失う。


「二人とも、こっちへおいで。お姉さんですよ!」

「おねーさん?」


 イリスがとことこと近づく一方、プリムは人見知り発動中。


「お名前は?」

「いりす、です」

「わたくしは、ヴァリサ。よろしくね」


 にこやかに告げる女帝陛下。俺はディーシーを見たが、彼女は肩をすくめるばかり。


「さすがに冗談ですよね?」

「あら、どうかしら?」


 彼女は、イリスの頭を撫で撫でしながら振り返った。


「さあ、ジン。いえ、お父さん。わたくしに家族を紹介してください」



  ・  ・  ・



 結局、子供たちと会わせることになった。


 もちろん、魔術人形であること、アポリトの研究施設から助け出したことは伏せておく。

 ポータルを使って『子供たちの家』へ。


 そこは浮遊島でありながら自然溢れる森。この島自体がひとつ十数キロもある長大な大きさだ。世界樹もあれば、町や軍の施設のほかに森や湖、草原だってある。


 緑に囲まれた場所というのは、ヴァリサにとってはさらに新鮮だったらしく、ひどく感動していた。……あなたは本当に楽しそうだ。


 さて、子供たちがここに越してきて一カ月近く。ポータルを介して子供たちとほぼ毎日接した結果、お互いの距離感が縮まった。

 俺のことを『お父さん』と呼ぶようになってくれたし、ほぼ全員と会話できるようになった。


 ヴァリサにエルフメイドのカレンとニムを紹介。そこから十五人の子供たちを指し示す。


「そちらの男の子たちは、上から、レウ、サントン、ロン、リュト、クロウ、メラン」


 男の子最年長のレウが14歳。長身で白い髪の持ち主。最年少は11歳のメラン。


「女の子はリノン、ディア、アリシャ、フラウラ、パルナ、アレティ、イオン、プリム、そしてイリス」

「……よ、よろしく」


 さすがに一度に全員の名前は覚えられないだろうね。


「イリスとプリムは最初に会ったわね。イオン、貴女はさっき、外を走っていた子ね。アレティ、パルナ、フラウラ……アリシャ、ディア。そして貴方が一番のお姉さんかしら、リノン」


 ヴァリサは、女の子陣の名前を間違えずに言った。髪の色がピンクや紫と変わっているからわかりやすい子もいるが、名前を忘れず、しかもきちんと当てるのは大したものだ。


「メラン、クロウ……リュト君はイオンと一緒だったわね。ロンに……サントン、さっきはお菓子をありがとう。そしてレウ兄さん」


 あらら、凄い。男の子たちも全員正解だ。世間知らずの箱入り娘だと思って侮っていたが、女帝陛下を演じているだけあって、人の名前と顔は一目見て記憶したようだ。


 子供たちは、それぞれ名前を呼ばれて、まんざらでもないという顔をしている。


 全員が揃ったところで夕食にしよう。戦隊がアポリトに帰港し、今日明日は外のことを気にせず、子供たちと接することができるそ!

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