第1001話、女帝陛下は散策する
わたくしを外に連れ出して――ヴァリサ女帝陛下のクローンは、とんでもないことを言い出した。
だがクローンだろうが、女の子は女の子。少女のささやかな願い、叶えてあげましょう。英雄魔術師は伊達ではない。
「これもひとつの変装!」
物凄く目を輝かせているのは、女帝陛下改め、ヴァリサ。ただいま、帝国城の外、中央島の高級住宅街を徒歩で移動中。
俺とヴァリサ、そしてディーシーの三人である。俺はアポリト騎士制服、ヴァリサは同魔術師制服をまとっている。煌めくような金髪は黒髪になっていて、髪形も変えて、物珍しそうにしている様は、まさにおのぼりさんのように見える。
なお、ディーシーは最近多い、アポリト軍服アレンジ姿。
「精霊さんは、先ほどから何をしているの?」
「これか?」
手に持ってデータパッドを振る。
「帝国城の観察だな。君が抜けた私室の様子をモニターしているのだ」
さすがにオリジナルではないにしても「お前」呼ばわりはしないディーシーさん。
そう、女帝陛下を連れて、無断外出中。……いやはや、バレないように抜け出すのは、中々に手間だった。
何せあの部屋、普通に魔法を使うと警報が鳴るようになっていたからだ。女帝陛下の部屋で何か魔法反応があれば、親衛隊が飛んでくる。
だから、まずは部屋の空気に満ちている魔力を利用しつつ、少しずつ、自然レベルの微弱さで魔法を使った。透明化の魔法を、ヴァリサにかけるのに五分くらい使った。
あの部屋に監視カメラに類するような装置がなくて幸いだった。女帝陛下のプライベートを覗かないという配慮なのだろう。老人たちにとってはお飾りの人形でも、親衛隊員ですら、その事実を知らないからね。
で、ヴァリサを透明化させたら、今度はシェイプシフターを一体、女帝陛下に変身させて待機。最後にディーシーさんを具現化させる。
これで、部屋が魔法を検知したと判断したらしく警報が鳴った。親衛隊員が駆けつけたが、すぐに、『女帝陛下が精霊を見たいから頼んだ』とディーシーを指し示しながら説明することでお引き取りを願った。
なお、この時点で、親衛隊は、シェイプシフターの変身を見破れなかった。
それを確認したのち、晴れて女帝陛下のクローンを連れての外出となった。
城を出るまでは、大人しくと言っていたのだが、出てからは堰を切るようにヴァリサは話し始めた。
ふだん通らないルートで進んだ城内の景色や、警備の兵以外の城で働く人間の姿。いつもなら玩具の兵隊よろしく整列している姿が多い人々が、普通に動いて会話していることすら新鮮に映ったようだった。
町に出た後は、透明化の魔法を解いて、代わりに擬装魔法で姿をチェンジ。昔、男装王子だったアーリィーにも、お嬢様スタイルに変装させたことを思い出す。……ああ、アーリィー。君はいま何をしているんだろう?
接していない期間が長くて、最近は夢にまで見るようになってしまった。俺は元の時代に戻る時は、その時間に合わせて転移するつもりだから、彼女は俺と離れて寂しい想いをさせずに済むが……。
俺は寂しい!
さて、町中を行く俺たち。高級住宅街は実に静かで、人の姿よりも警備や従者のエルフの姿のほうが多かった。
ここはエルフの国ですか? 元の時代から初めて来た人間は、きっとそう思うだろうね。
ただ混雑していないというのは実にありがたいもので、ヴァリサは好奇心のまま、周りの建物や、動物や女神を模ったオブジェなどを見て、はしゃいでいた。
10歳か。体は大人、中身は子供か。
俺の屋敷に行く前に、一般の町も見たいという女帝陛下のご希望を叶え、そちらを散策。さすがにこちらにはアポリト人も多くいて、賑やかだった。
昼間からカフェで友人とお喋り、なんて、のちの時代でも中々見られない光景もちらほら。
酒場では、ちょっとしたお祭り騒ぎ。
「軍人さんが多いみたい」
ヴァリサは、町を観察してそう言った。ディーシーがデータパッドを見つめたまま答えた。
「戦場から戻った艦もあるが、いつもよりアポリト浮遊島に艦が集まっているからな。近々、大きな作戦でもあるのではないか?」
俺らも、修理と補給でここにいるからなぁ。メギス艦長が、大規模な作戦の噂を口にしたが、ディーシーの言うとおり、艦艇が集められている言うなら、噂にも信憑性が増す。
「ヴァリサは、知らないか?」
「わたくしの耳には全然」
女帝陛下のクローンは肩をすくめた。
「行事や式典があっても、ギリギリにならないと教えてもらえないことが多いから」
「そういうものなのか」
「そういうものなのよ。あ、ジン。あそこの飲み物、何?」
などと、お菓子にポテトスティックをつまんだり、クリームの乗ったコーヒーのような飲み物を飲んだり、買い食いをしながらの散歩。
が、世の中、楽しいものばかりではなく、喧嘩の場面に遭遇したりしてしまう。
「エルフですか?」
「エルフですね」
軍人さん数人に、ひとりの白エルフ青年がボコられている。見たところ、肩がぶつかったとかで難癖をつけられ、軍人たちが一方的に殴打しているのだろう。白エルフが反撃しないのをいいことにやりたい放題だ。……胸糞悪いったらありゃしない。
「何故、誰も止めないの?」
ヴァリサの言葉に、俺はかすかに驚きをおぼえた。
周囲は白エルフがどうなろうと知ったことではないのだろう。すたすたと歩き去る者もいれば、野次馬を決め込んで、ニヤついている者もいる。
「……あなたは白エルフに対して、差別感情などありますか?」
「いいえ」
彼女は首を振った。
「差別って何? わたくしの従者も白エルフだけど、美味しいお茶をいれてくれるのよ」
箱入り娘は、アポリトの一般常識に大変疎いようだった。
「誰も止めないの、とあなたは仰せになった」
ということは、俺が止めるしかないだろう。野次馬を避け、その場に到着。拳を振り上げる兵士の腕を後ろからつかむ。
「そこまでにしておけ」
「なんだとぉ!?」
その兵士は顔を真っ赤にして振り返る。いや、酒を飲んでいたのだろう。息が酒臭い。彼の同僚たちは、俺を見て、素早く気をつけをすると敬礼をした。
「アミウール団長殿!」
「へ!? あ、失礼しましたッ!」
俺が腕を掴んで止めた兵士も、酔いが醒めたのか慌てて向き直り姿勢を正した。さすが十二騎士団長。初めて会うのに、知名度は抜群だな。
「そのあたりにしておけ。あとで偉い人が軍に文句を言ってくるのも困るからな」
どこかの有力者の従者だったら面倒だぞ、と暗に匂わせる。
「はっ! 失礼します!」
兵士たちは立ち去った。案外素直だった。俺がその背中を見ていると、野次馬たちも解散となった。
「大丈夫?」
ヴァリサが、倒れている白エルフのそばで膝をつくと、治癒魔法を使った。エルフは驚きつつ、「ありがとうございます」と頭を下げた。
「災難だったな。気をつけて帰りなさい」
「はい。ありがとうございました……」
エルフ青年はお礼の後、そそくさと去っていった。
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