第999話、帰還までの道筋
何だかんだで、俺の魔法文明時代滞在が50日を超えた。はじめはこんな長期になるとは想像していなかった。
アミウール戦隊が編成されて、一カ月。俺と部隊は、各地を転戦して闇の勢力と戦った。飛行クジラ群や、地上でのモンスター集団を蹴散らす日々である。
「――間もなくアポリト浮遊島!」
航海士官の報告が、戦艦『エスピス』の艦橋に響いた。俺たちアミウール戦隊は、常に戦場にいるわけではなく、必要に応じて補給や修理のため、本島に帰港していた。
「これで三度目か」
「これまで、大きな修理が必要な被害を受けていませんからな」
メギス艦長が相好を崩した。俺は専用席に腰掛けている。
「そうだな。君たちの見事な操艦の賜物だ」
「司令の采配あってこそですよ」
「褒めても何もでんぞ?」
「それは残念」
艦長は戯けるように言った。
「司令の秘蔵のチーズは酒に合うのですが」
「……帰港したら、手配しよう」
「はっ、ありがたくあります!」
敬礼するメギス艦長。……魔力生成チーズだが、アポリト産より味が濃いのよね。
「今度は、長く休めるといいのですが」
「何だかんだで、連戦も多かった。ここらでオーバーホールしたいものだ」
それだけ頼りにされているということなのだが。精鋭遊撃隊、ここにあり! ……評価されるのは悪くないが、過労死は勘弁だ。
「同感です。ですが、司令……これは噂なのですが」
艦長は声を落とした。
「先日の補給で、本島にいる友人が知らせてくれたのですが、近々、大規模な作戦が展開されるらしいと」
「大規模な作戦?」
「闇の勢力の本拠地を叩こう、という作戦ではないか、と友人は言っております」
「なるほど、今回の攻勢の根を叩いてしまおうということか」
わからんでもないが……。
「これはまたあれかな。我々も参加することになるという」
「はぁ、予感はしますな」
艦長は苦笑した。しかしすぐに表情を曇らせた。
「これまでにない動きを見せる敵に、大侵攻が始まるのでは、と兵たちは不安がっております」
「一方で、本島の民は、外の戦争を対岸の火事のように捉えている」
「はい、あまり危機感を抱いている様子はありません」
前回、前々回の帰港の時の都市の様子を見て、前線と後方の空気感の違いに違和感を少なからずおぼえた。
「浮遊島が平和なら、軍がきちんと責務を果たしていると言える」
俺は、艦橋の窓に見えてきたアポリト浮遊島を眺める。
「ではせめて、次の戦いの前にしっかりと英気を養おうじゃないか。……最後の戦いになるかもしれないのだから」
・ ・ ・
『ということで、俺たちは、その闇の勢力を撃滅する戦いの後、元の世界に転移する!』
俺は魔力念話で、ディーシーに告げた。どこで誰が聞き耳を立てているかわからない。
ちなみに、ここは『エスピス』艦内の俺の部屋。いるのは、俺とディーシーだけだ。
『闇の勢力を撃滅する、か。何故そのタイミングか聞いてもいいか、主よ?』
『俺たちが転移する前の時代では、闇の勢力の話、資料はなかった』
『そうだな。だが今、再度、発見された資料などを検討すれば見つかるかもしれない』
『かもね。だが少なくとも、魔法文明は闇の勢力の戦いに敗れて滅びたわけじゃない。つまり、闇の勢力は潰してしまっても問題ない」
『ほう。その根拠は?』
『いつのもの如く、アレティの証言だよ』
元の時代で、彼女は何と言ったか? 反乱軍としてアポリト浮遊島と戦い、攻略戦を展開したと。
つまり魔法文明そのものと言えるアポリト帝国の崩壊は、その時かそれ以降だ。
『だが主よ、彼女の証言では確か、主も反乱軍に加わり戦ったと言っていたのではないか? 帰ってしまったら証言と食い違うのではないか?』
『いや、一度帰って、そこからまた戻ってくるのさ』
それで何年か経過して、だ。
『アレティが魔力消滅装置に入っていた歳を考えると、今じゃなく数年後の話だ。もちろん、俺はここで数年も過ごすつもりはない』
『ふむ。まあ、筋は通っているように思える』
そこでディーシーは首をかしげた。
『しかし主よ、数年いないとなると、アレティの証言はどうなる? お主は彼女と一緒にいたのではなかったのか?』
『問題はそこ。だが一応、手はある』
俺は、
『最近、身代わりを使うことが多いんでね。シェイプシフター、つまり身代わり君を残しておこうと思う』
いつか、王様とか支配者をシェイプシフターに化けさせたら、その国を乗っ取れるんじゃないか、と思ったことがある。帝国の基地司令に化けさせたり、身代わりに利用したこともあるから、俺に成りすますことも不可能ではない。
ただし、技のトレースはできても、魔法までは及ばないので、戦闘のないところで身代わりをやってもらいたい。
『うちのシェイプシフターは、芸達者だからね』
『主がそう言うのなら、それでいいだろう。我は従うだけだ』
『オーケー。じゃあ、帰る前に、いくつか用事を済ませておこう』
一度帰ったら、次に来るのは数年後となるかもしれない。その時のために、できることはやっておこう。
たとえば、子供たちとか、あと、女帝陛下とか。
・ ・ ・
「また来てくれてありがとう」
「陛下とお約束をしていますから」
帝国城、ヴァリサ女帝陛下の私室。俺がここを訪れるのは四度目だ。
最初に来たのは、アミウール戦隊が出征する前。それ以後は、戦隊が帰港するたびに、お話をする仲である。今日も、そのお姿は若々しい。
「あら、約束がなければ来なかった?」
「逆です。約束がなければ私はここに来れません」
親衛隊とか、エリシャ・バルディアとかに阻まれて。
「他愛ないお話という要件では、あなたにお会いすることも叶いません」
「規則ですものね。窮屈だわ」
女帝陛下は、拗ねた表情を見せた。公式の行事では決してみることができない素顔である。
「わたくしは、もっと気軽にお話やお出かけしたいの」
「わかります。身分が高くなると、なかなか気軽に動けなくなるものです」
「本当にわかってる……?」
試すように彼女は、俺を上目遣いに見た。
「お忘れですか、陛下。私はこれでも男爵です」
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