第998話、大公と貴族院


 アポリト浮遊島、タルギア大公の館。


 天球の間に浮かぶは、複数のスクリーン。そこに映る異形の姿は、いつ見ても気味が悪いと、タルギアは思った。


『――では、カノナスは完全にお前の制御を離れたと?』


 機械と人間の顔を合わせたような異形――貴族院を構成する老人たち、その一人が眉間のしわを深くして、タルギアを見据える。


 体の傷や欠損を再生させる魔法治療を持ったアポリト文明も、人の寿命を伸ばすことはできない。生命維持装置を埋め込み、人としての形を失った者たちのなれの果てが、この醜悪な化け物たちの正体である。


「先月までは通信が取れていたが、今では音信不通となっている。研究の失敗か、あるいは反逆か。定かではないが、彼の支配下にある吸血鬼とその軍勢は、アポリトへの攻撃の手を強めている」


 タルギアが淡々と報告すれば、複数のスクリーンに映る老人たちが、忌々いまいましいと言葉を吐いた。


『手綱も引けぬか』

『無能め」

『貴様の責任は重いぞ、タルギア!』


 老人たちは沸点が低いから困る。自身に向けられた罵詈を流しながら、タルギアは、この中の何人かが怒りで異常をきたして死んでくれないかと思った。


『不老不死の研究は、どうなっているのだ?』


 老人のひとりの言葉に、タルギアは失笑したくなるのを何とかこらえた。愚問過ぎる。


「カノナスと連絡がとれないのだ、わかるはずがない」

『遣いは出したのか?』

「追い返された」

『無能!』

『やはり、反逆か、カノナスめ……』

『使えぬやつ!』

『この始末をどうつけるつもりだ、タルギア』


 文句ばかり垂れる年寄りにうんざりしていたタルギアだが、最後の質問には、答えが用意してあった。


「アポリトから討伐軍を編成し、一度、闇の勢力をリセットするしかないと考える」

『力づく、でか?』

「話し合いができるなら、とっくに解決しているだろう?」


 挑むように告げるタルギアに、何人かの老人が喚いた。やれやれ――大公は内心、肩をすくめたい気分だった。


『お主、何を企んでおる?』

「なにも。この世界は、あなた方、貴族院が支配している。我々は、そのための駒に過ぎない」


 白々しく言いながら、タルギアは頭を下げた。


 だが、老人たちの心中は穏やかでない。それを知っているから、タルギアは彼らの見えないところで、邪悪な笑みを浮かべた。

 飼い犬に手を噛まれる――カノナスの裏切りは、老人たちにとっては、まさにそれだ。


 闇の勢力、吸血鬼とその集団は、元々はアポリトの支配者たちが作り上げたものだ。

 絶対的な支配のために作られた『敵』という存在。内側の不満を外に向けるためのはけ口であり、敵という存在は、内側の団結を強化する。


 世界には、一定の悪、もしくは害が存在しなくてはならない。


 もちろん、それは支配者の理論であり、アポリトの一般人が、闇の勢力がアポリト支配層の作り上げたものであることを知らない。……知れば反乱どころでは済まないだろう。

 何せ闇の勢力との戦いが茶番だとしたら、その戦いで命を落とした兵士や、その家族が浮かばれない。


 そしてその支配層である老人たちが焦っている。支配のための手駒だった闇の勢力が、制御不能に陥り、アポリトに牙を剥いたのだから。


 闇の勢力の管理に関して、タルギアは責任者の地位にある。この状況は、老人たちから非難の的にされるのは当然だが、この闇の勢力の反乱が、タルギア本人が仕組んだことであるなら話は変わってくる。


 そう、闇の勢力との線は切れていない。それどころか、タルギアの手中にあった。

 彼はいよいよ、古き老人を排除し、世界を我が物にせんと動き出したのだ。


 ――さて、この化け物どもを、どう始末してくれよう。


 タルギアは、ほくそ笑む。

 ただ殺してしまうのも面白くない。生命維持装置を外す? あるいは吸血鬼の呪いに感染させて奴隷化するか?


 いやいや――


 彼らが、差別している白エルフの体に、その頭を移植させようか……!


 不老とはいかないが、ある程度の寿命を伸ばすだけなら、文明が作り出したエルフの技術を用いれば可能だ。だが古き思考に囚われた老人たちは、それを自らの体、血に混ぜることを忌避した。

 あれだけエルフを差別し、人間として扱わなかった分、自らそのエルフになって差別される存在になるなど我慢できないのだろう。


 だが、このエルフの差別はいつから始まったことなのか、タルギアは知らない。老人たちは知っているようだが、このことは秘匿されていて大公ですら知ることができなかった。

 ……大方、老人たちがまだ生命維持装置にかかる百年以上前に、エルフを差別することで身を守らなくてはならない何かがあったのだろう、とタルギアは思っている。


 たとえば、エルフこそ進化した人間の姿として、それを取り入れようとする一派があって、それと戦い、老人たちが勝った結果、相手側をボロクソに非難、差別して、エルフは『物』にまで貶めた、とか。


 これは推測だが、かなり正確ではないかとタルギアは思っている。老人たちの言動から、エルフへの差別意識が凄まじいのを知っているからだ。


『――タルギアよ』


 その老人の声に、タルギアは顔を上げた。


『闇の勢力の反乱は鎮圧できるのであろうな?』

「もちろん、全力を尽くすとも」


 タルギアは、ふてぶてしい顔を見せる。


「切り札である、アミウール戦隊を中心に討伐艦隊を編成して、送り込む算段だ」

『アミウール……』

『十二騎士の新しい団長か』

『よいのか? あやつの素性はしれんぞ?』


 老人の気がかりに、タルギアは表情ひとつ変えず答えた。


「問題ない。きちんと保険はかけてある。……私とて、裏切られてはたまらんのでな」

『では、そのように』


 老人のひとりがスクリーンから消えた。


『期待を裏切るなよ』

『貴様も廃棄されたくはないだろう?』


 捨て台詞を残しながら、次々にスクリーンから異形たちが消えていく。


『責任は果たせよ、タルギア』


 最後のひとりが消えた時、天球の間は、暗闇から一転、満点の星空を浮かべた。


 タルギアは席につくと笑った。

 さも愉快そうに、部屋全体に響き渡る大きな声で。

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