第997話、未来なき子供たち


 アミウール戦隊は、前線に留まっていた。


 だが、俺が出張るほどの戦闘はなく、哨戒していた魔人機小隊で対応できるような小競り合いが起きる程度だった。


 初めて同僚の死を経験した巫女たちだが、表面上、それを引きずることなく任務に当たっていた。この辺りは、学校などで付き合いの長い巫女同士、うまくフォローしあったようだ。


 下手に大人が介入しなくても、何とかなったが、いざという時は手助けできるように控えておく。


 さて、この頃の俺は、朝食、昼食時休憩と夜20以降は自室で過ごすようになっていた。任務と、どうしても外せない件がない限りは、勤務外は休む。


「俺は残業はしない主義だ」


 と、うそぶけば、メギス艦長は苦笑していた。十二騎士の団長は、肝心な時に働き、成果を見せれば、それ以外のことは存外見逃されるのだ。


 ちなみに俺の元の世界には、第二次世界大戦時、とあるアメリカの提督が、20時以降は一切の仕事をせず休んでいた、という話がある。その提督の参謀長曰く、『彼ほどの怠け者は見たことがない!』だそうだ。


 なお、その提督は、日本海軍との大決戦ともとれる場面で指揮を取り、米海軍の勝利に貢献した名提督だったりする。


 閑話休題。


 仕事は定時で帰りたい派の俺が、時間外に何をしていたか。答えは、アポリト浮遊島の秘密拠点に行っていた、である。


 朝、昼、晩ごはんは、子供たちと一緒に。メタゲイト研究所の孤児たちとの交流を図る。エルフメイドのカレン、ニムが交互に面倒を見ているが、俺もできるだけ子供たちと顔を合わせておく。


 ……とは言ったものの、子供たちの扱いについて、もう少し考えておかねばならなかったと思っている。

 つまりは、教育方針である。アレティと未来で会うからということもあって、保護した子供たちは全部で15人。この子たちをどう育てていくのか、そのことについてまるで考えていなかったわけだ。


 では、子供たちはどう考えているか。

 残念ながら彼、彼女らは将来のことを考えている者は皆無だった。研究所でのモルモットとしての生活は、子供たちの将来の夢を思い描くことさえ奪っていたのだ。

 命令に忠実な、まさに『人形』のような子供たち。大人が、子供たちをこうしてしまったのだ。


「それで、いま子供たちは……?」


 ポータルをくぐって、秘密拠点『子供たちの家』にやってきたリムネが問うた。俺は彼女を案内しながら答える。


「自分から何をしたいか、というのは中々ね。ただ研究所から切り離されて、少しずつ自分たちで動きはじめているよ」


 最初は、指示しないとご飯も睡眠もとらなかったことを思えば、前進はしている。


「わかります。わたくしも、かつてはそうでした」


 リムネは目を伏せた。彼女も経験者である。


 内装は丸太小屋を思わす。家具も木製で、無機的な研究所と違い、自然の匂いを感じさせる作りになっている。


「あ……」


 リムネは目を見開く。

 居間には数人の子供たちがいたが、その最年長である白い髪の少女と目があった。ソウヤは先に口を開く。


「やあ、リノン。小さい子の面倒を見てくれていたのか?」

「あ……はい、ジンさん」


 15人中最年長の15歳、リノンと名付けた少女は、コクリと頷いた。だがリムネが驚いたのは、リノンの手足だった。


「団長さん、……その、リノン? には手足があるのですが」


 名前に自信がないのは、研究所の子供に名前は付けられていないからだろう。リムネは、相手の顔は知っていても、名前はお初に違いない。


「うん。いま義手と義足を使ってる」


 研究所で四肢を切断されて、機械と繋げられていたリノンである。いま普通に歩いたり、物に触れたりしている義手義足は、シェイプシフターの変化体である。……以前、ダークエルフたちにも施したやつだ。


「ちなみに、リノンとイオン、リュトは義手と義足で日常生活を送っているよ」


 保護した15人のうち、3人がシェイプシフター義手・義足を利用している。


「本当はアポリトの再生治療を受けさせたいんだけどな。施設を利用すると、そこでバレてしまう恐れがあるからね」


 軍に見つかり、捕まれば処分されるか、再び実験材料だろう。現状、そのリスクは冒せない。


「でも」と、リノンが小さく首を傾ける。


「私も、イオンも、リュトも、手足をいただけて、感謝しています……」

「暇があると、よく外を駆け回っているからね」


 紫髪の少女イオンは10歳。リュトは男の子で13歳。赤毛の短髪少年は与えられた手足でよく運動をしていた。


 それに刺激されたか、引っ張られたのか、他の子供たちも体を動かすことをするようになっていた。ふたりの行動が、周囲に影響を与えたのだ。


「ただ、体を動かすのが、研究所でやっていた戦闘技術訓練なのは、どうかと思うけどね」


 苦笑する俺に、リムネは視線を俯かせた。


「研究所で教わったことが、それだけですから」

「そう。人間、何かやれと言われたら、自分のやれることしかできないからね」


 体力作り、戦闘訓練、勉強、魔法――娯楽を与えられず、偏った教育のもとに育てられればそうもなる。


「いずれは世界を知って、それぞれ自分のやりたいことを見つけてほしいが……。今は自分にできることをやってもらって、そこから自信をつけてくれればいいかな」


 俺は、リムネを改めて見つめる。


「もし時間が許すなら、君も子供たちに外の世界のことを教えないか?」

「わたくしが、ですか……?」


 リムネは困惑を滲ませる。


「ですが、わたくしも、それほど世界を知っているわけではありません。ここ一年、軍での所作を叩き込まれて、学校を知り、団長様のもとで戦わせていただいているくらいで」

「君の後輩たちは、その学校も、実際の外も知らない」


 俺は、机に広げた紙の上で絵を描いている最年少の少女イリスと、それを見守るリノンへと視線を向けた。


「君の知っていることは、彼女たちとほとんど変わらないと思っているかもしれないが、そのわずかでも、君は教えることができるんだよ」

「!」

「どうだ?」

「……少し、考えさせてください」


 リムネは目を伏せる。すっと表情が消えるあたり、研究所の子供たちと似ていると俺は思った。


「君の人生だ。したいことをすればいい」


 あと半年の命というのは、わざわざ触れることはないだろう。若いまま、何も残せないまま、というのも寂しい。

 が、これは本人がどう考えるかの問題であり、俺が強制することではない。それは押しつけとか、お節介というものだろうから。

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