第996話、巫女たちの涙
『ジン。いや、団長。よく駆けつけてくれた。おかげで艦隊は全滅を避けられたよ』
魔力通信機ごしに、ディニ・アグノスの声が俺の耳を打った。
アミウール戦隊旗艦『エスピス』の艦橋。俺は、アグノスから戦況報告を受け、援軍として参戦したことで彼から礼を言われた。
『闇の勢力の力は増している。本国からも、もっと戦力を回してもらわないと、地上を含めて守りきれなくなる』
危機感を滲ませるアグノス。俺は、今回アポリト空中艦隊の受けた損害報告に改めて目を通した。
アポリト軍外周艦隊は、地上植民地を警護する艦隊だ。
アポリト浮遊島を中心に、北方、東方、南方、西方艦隊の四つがそれぞれのエリアを担当しているが、外周艦隊はエリアを跨ぎ、特に植民地外周を警戒、警備をしている。
現在は、北方と東方の二方面で敵の圧力が強いため、そちらに戦力を集中している格好だ。
そしてここ最近の闇の勢力の攻勢は、特に外周艦隊に消耗を強いている。
今回の迎撃戦で、戦艦3、巡洋艦2、フリゲート3隻が生存。大小10隻の艦艇が撃沈され、戦闘機隊は壊滅。空中対応の魔人機も十機程度にまで落ち込んでいる。
俺の戦隊が駆けつけなかったら、全滅していたというアグノスの評価も、あながち間違ってはいない。
『増援が到着するまで、しばらくこの戦域に留まってもらえると助かるんだけど』
「了解した。こちらの損害は微細だ。別命が入らない限りは、この辺りにいる」
『ありがとう、団長』
ホッとしたようなアグノスの声。
『もっと、現地の部隊が頼りになるといいんだけどね……』
「現地というと……東方艦隊か?」
『そう。こちらの救援要請にも応えなかったからね』
相当お怒りなのが、彼の声からもわかった。
『こんなことをしている場合じゃないんだ。本国じゃ醜い権力闘争をしていて、それが前線にまで影響している。でも、最前線はそれどころじゃないって、もっと皆が理解しないといけないんだ!』
おやおや、これは帝国への批判じゃないかな。俺は敢えて黙っていた。艦長席のメギス大佐もまた、通信が聞こえているからか苦笑している。
本国批判なんて、お偉いさんが聞いたら出世に影響する。……すでに十二騎士で、貴族でもあるアグノス卿に、出世どうこうなどあまり関係ないかもしれないが。
いや、反逆的思想の持ち主として失脚とかはあるか。
それはともかく、前線と後方だと考え方が違うのはどこでも同じか。前線にいなくては見えないこともあるし、後ろから全体を俯瞰しないとわからないこともある。
相手を悪く言うのは簡単だが、どちらが悪いと断じるのは、案外難しいものだ。
アグノスとの通信終了後、席を立つ俺に、メギス艦長は言った。
「よろしいのですか?」
「何がだ?」
「ここに留まれば、外周艦隊の航空戦力から鑑みても、こちらが矢面に立つことになりますが……」
アミウール戦隊は魔神機を五機有しているとはいえ、数で言えば僚艦の魔人機を含めても多くはない。
「しかし、特に指名の任務もない状況で外周艦隊を見捨てるわけにはいかないだろう? 友軍だぞ」
「そうではあるのですが……」
メギス艦長は渋い顔になる。この艦長は大公派だ。白騎士アグノス卿は女帝派で、言わば敵対派閥の関係にある。
やれやれ、そういうところだぞ。
「巫女たちの戦闘経験を積ませるのも任務のうちだ」
「その巫女たちですが……」
艦長は肩をすくめた。
「大丈夫でしょうか? 戦死者が出ましたが、他の巫女たちが動揺していませんか?」
「するだろうな。残念ながら」
俺は淡泊な返事になる。
「戦争をしていれば、戦死者は付き物だ。例外はない。そうだな、艦長」
「はっ」
メギス艦長は背筋を伸ばした。戦艦の艦長ともなれば、軍歴も相応に長い。闇の勢力との戦いで戦死した同期や友人、部下の経験はあるだろう。
それにしても――
俺は艦橋を後にしながら、自然と顔が険しくなるのを自覚した。
初めての戦死者というのは、同僚たちに大きな影響をもたらす。怒り、そして悲しみを。
・ ・ ・
「コリスは嫌な奴だった……」
そう言ったのは、グレーニャ・エルだった。
戦闘後、旗艦の格納庫で、風の女神巫女は回収されたセア・フルトゥナを見つめていた。その機体は従者巫女で、コリスという少女がパイロットを務めていた。
だが、敵との交戦で機体のコクピットには槍で貫かれた跡があって、そこにいたはずの少女の姿はなかった。……よく見れば血の跡と肉片があるかもしれない。
「修行中も、いつも当たってきて、女神巫女の試験でも争った。……ほんと、嫌な奴だった……」
グレーニャ・エルは俯く。十五歳の少女の肩が、小さく震えている。
「いなくなれって、何度思ったことか。自分が強くて可愛いだの、あたしのことを馬鹿にしてさ……。うざいっての」
でも――彼女は戦死した。敵の槍で貫かれて。
「あの時、あたしが前に出てれば、死なずに済んだのかなぁ……」
後悔。あの時ああしていれば、という思い。目元が熱を帯びる。嫌っていたはずなのに。この熱いものは何だろう……?
「てめぇ、エルっ!」
怒声が響き、ズカズカとやってきたのは火の女神巫女、ペトラ・ストノス。彼女は、立ち尽くしているエルの胸ぐらを掴んだ。
「お前を守ったコリスに言う言葉はそれかよ!」
赤毛をポニテにした女神巫女は怒りのまま、エルの顔を間近に見て、一瞬、言葉を失った。
「なんで、お前がそんな顔してんだよ! 泣きたいのは……こっちなのにッ!」
ペトラの目から涙がこぼれた。
「コリスは親友だった! アタシの親友だったっ!」
同期の友だった。
「一緒に女神巫女になろうねって、約束した仲だった……! でも風の女神巫女はお前で、コリスは従者巫女で……っ。ちくしょう――!」
ペトラは、エルから手を放した。
「……お前が泣くなよ。あいつの前では、強い女神巫女のままでいてくれよ」
「無理、言うなよぉ……」
じわっ、とエルの涙腺が決壊した。少女は泣いた。声をあげて泣いた。
やってきたグレーニャ・ハルが、幼児のように泣いているエルを抱きしめる。ペトラは歯を食いしばって、しかし涙を止められなかった。
格納庫には、巫女たちの嘆きが満ちていた。
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