第993話、団長、孤児たちを保護する


 メタゲイト研究所の地下、実験動物にされている孤児たちのいる居住区。表にはダンジョン・モンスターが控えている中、俺はゆっくりと扉を開けた。


「……これが居住区だって?」


 先に地図をもらって見た時から、嫌な予感はしていたんだよな。


「監獄の間違いだろう」


 檻に閉じ込められた動物よろしく、鉄格子のはめられた部屋に、簡素なベッドがあって孤児たちがいた。刑務所の監房区画のような通路を歩きながら、俺は魔力の手で鍵を開けていく。


 子供たちの震える目が、俺を見てくる。外の騒動、殺戮の声が聞こえたのだろう。だが皆、ベッドから動こうとしないのは、これまでに染みついた恐怖が、正常な判断力を奪っているのか。


 俺は足を止める。ひとつの監房、その奥に、光のない瞳を向ける銀髪の少女。その顔立ち、幼いが間違いようがない。


「……やっと、会えた」


 アレティ――そう呼びかけようとして、ふと、この研究所出身というリムネの言葉が脳裏をよぎる。

 この施設の子供たちに『人の名前はありません』という。


 ――これは、他の子たちにも名前をつけないといけないパターンだな。


 ともあれ、ここにあまり長居はできない。


「おいで。ここから出よう」


 俺が呼びかけると、銀髪の少女は不思議そうに小首をかしげた。俺が手招きすると、命令に従う人形のような足取りで、やってきた。


「他の皆も、ここを出るぞ! さあ、おいで。綺麗な場所にお引っ越ししよう!」



  ・  ・  ・



 研究所からの帰りは、ポータルを使い、アポリト浮遊島にある俺の豪邸へ転移。


 ダンジョン・モンスターたちの助けも借りて、連れ出したのは十五人。うち三人が、兵器に繋げられた都合上、四肢を失っていた。


 豪邸の地下――ディーシーのダンジョン・クリエイトで増築したそこに、モルモットにされていた子供たちを収容する。


「さあ、当面はここが君たちの部屋だ」

「……」


 上は十四、五歳くらいで、下は十歳くらい。しかしいずれも無言。俺の指示にはよく従っているが、これも研究所での生活が原因だろう。


「しばらくは、地下より上に出ないこと。屋敷の外で見られると、怖い人たちがやってくるからね」


 注意事項を伝えておけば、おそらく大丈夫だろう。大変お行儀がよいからね。

 とはいえ、面倒をみる大人も必要だ。


 ニムとカレンに、事情を話して子供たちを見てもらおう。こちらに付きっきりができればいいんだが、本当なら俺はアミウール戦隊にいて、この島にはいない人間だからな。

 その点は二人のエルフも一緒だから、交互に来ることになるだろう。俺と違って、従者二人が呼び出されることはほぼないからね。


 そんなわけで、ディーシーと、その守護魔獣らに後を任せて、アミウール戦隊旗艦『エルピス』へポータルで移動。

 深夜ということで、夜勤配置の兵以外は寝静まっている艦内。当然、俺の部屋も明かりが消えていて、真っ暗なはずだったのだが――


「お帰りなさい、わたくしの団長様」

「……聞いてもいいかな、リムネ・ベティオン」


 どうして俺の部屋のベッドに君がいるんだい? シーツ被っているけど、ひょっとして裸だったり?


「まさか、一晩だけの相手なんて言わないでくださいね、団長様……」


 流し目を寄越すリムネ。艶やかな彼女は、さながら男を惑わす美女か。


「それよりも、団長様。気になっているんですけれど……」


 リムネは俺の後ろのポータルを見つめる。


「それ、転移の魔法陣でしょうか。いったいどちらにお出かけだったのですか?」


 ……まずい。

 彼女は、俺がポータルから出てきたところを見ていた。


 君が育ったメタゲイト研究所を潰して、そこにいた子供たちを助けたよ――なんて言ったら、この子はどう反応するだろうか?


 そもそも研究所は、アポリト天上教会の施設であり、彼女たち巫女の所属組織に関係している。陽動とはいえ、アポリト軍とドンパチやってきたのは、明らかに敵対行為であり、事実がバレれば、こっちはお尋ね者だ。


 研究所を潰したらどう思う? と聞いたら、自分にはもう関係ないと言い捨てたリムネだが、普通に考えれば軍への通報案件である。


 すっと、リムネが立ち上がった。シーツを肩にかけて体を隠しつつ、俺に近づいてくる。おいおい、どうする? 何かうまい誤魔化しはないか?


 完全に想定外で、さすがに慌ててしまう。


 すん、とリムネが匂いを嗅ぐ。一瞬のことに、俺は今のは何だと疑問に思ってしまった。次の瞬間、リムネは歪な笑みを浮かべた。


「ああ、凄い。本当に転移しているのですね。しかも……メタゲイト研究所に行ってきたんですね?」


 バレた! 俺は何も言っていないのに、読心術か?

 リムネは俺に抱きついた。


「あの研究所の匂いがしますよ、団長様。わたくしの嫌いな、あのニオイ……」


 そう言いながら、俺の胸に顔をうずめ、さらに匂いを嗅いでいる。美女にクンカクンカされるというのは何とも言えない感覚になる。


「子供たちの匂い……。あの子たちを救い出してしまわれたのですね」

「……」

「何を黙っていますの? ……ああ、ご心配なく、団長様。わたくしは、通報したりはしませんわ」


 リムネは顔を上げ、俺を見つめる。


「だって、わたくしは、もうあなた様のものなのですから」


 参ったね。こうまで信用されてしまうと、相手の言葉を鵜呑みにしてしまいそうで。男ってのは美人に弱い。素直にすべて話してしまいそうになるが、果たしていいのかどうか。


 こんなすべてを委ねるような態度で油断させて、実は証拠をつかんだら通報されたり裏切られたりとか。……それはないな。彼女の背景、経歴を見るにメタゲイト研究所に愛着があるようには思えない。

 それに連合国に裏切られたことと比べたら、美人の裏切りひとつなんて、大したことはない。

 信じよう。可憐な乙女の目には弱いんだよね、ほんと。


 ……などと舌の根が渇かないうちに、きちんと保険をかけることを忘れない俺だった。



  ・  ・  ・



「……それで、リムネに話したのか、主よ」


 ディーシーは苦笑する。ポータルで戻った俺から事情を聞いた彼女は皮肉げに言った。


「やはり主は、甘いな」

「それが俺の弱点でもあるな」


 ポータル見られてるから、嘘のつきようもないというのもあるんだけど……。

 ああいう場合、下手に『嘘』をつくほうが敵になってしまう可能性もあるからね。

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