第992話、過ぎ去りし嵐
「報告を」
アポリト中央島、帝国城ガーズ指令室にて、ゴールティンは彫像のような顔立ちをしかめていた。
親衛隊士官は、リストを読み上げた。
「マルゴ、ビス両名のドゥエル・カスタム、撃破されました。現地守備隊機も含め、魔人機三十機が破壊。ヘクスタ基地の被害も大きく、復旧には時間がかかるとのことです。戦死傷者は確認中――」
「敵は?」
「完全に見失いました。他島の援軍も含め、全島で捜索中ですが、現在のところ、報告はありません」
「もう一カ所、襲われた場所があったな? 確か、メタゲイト研究所だったか?」
「そちらは調査中でありますが、現在のところ生存者は確認されていないようです」
「全滅したというのか? いや待て、確認されていないようです、だと?」
「教会が介入してきまして、親衛隊と軍の人員が退去させられました」
「……教会の施設だったか」
何やら臭う。軍に救助、確認作業をさせず追い出すとか、ただの研究所ではないのか?
……この時のゴールティンは、研究所の非道の研究について知らなかった。
「それにしても――」
親衛隊士官は、口をへの字に曲げた。
「まさか十二騎士が敗れるとは……」
「マルゴとビス」
かつて十二騎士団長だったゴールティンは嘆息した。
「決して弱いわけではない。だがあの二人がやられたというなら、敵は相当の力を持っているということだ」
「いったい何者なのでしょうか?」
「それがわかれば苦労はせん」
そうとも。正体がわかれば、いま行われている捜索活動も、かなり前進するのだが。
これは魔人機なのか? 送られてきた映像に映るそれは、まったく記録にない。
「また現れるかもしれない。警戒は怠るな」
「はっ」
もし、この敵が闇の勢力に関係するものだとしたら、帝国を揺るがす大問題となる。アポリト軍は、その存在を察知することもできず、島の中に侵入を許したのだから。
貴族院は、おそらく今回の原因究明はもちろん、責任問題について紛糾することは間違いない。特に上層部は、派閥争いにかこつけて、相手側に責任を押しつけて非難しようと激しく燃え上がることになるだろう。
さしあたっては、外部からの侵入に対して、警備の綻びがなかったかの確認が急務か。闇の勢力が、その綻びをついて集団で侵入するようなことがあれば、アポリト浮遊島全体の危機にも繋がるのだから。
・ ・ ・
その数時間前――
メタゲイト研究所内は、正体不明の異形の襲撃を受けた。
それは人型であり、獣であり、不定形であった。共通しているのは影のように黒く、研究所所員や教会警備兵を次々に抹殺していった。
剣で挑めば、刃が異形の体に食われ、反撃の殴打と爪で体を引き裂かれた。魔法で攻撃しようとすれば、その詠唱中に、弾のような欠片が矢のように飛んできて魔術師を射殺した。
何より恐ろしいのは、姿を変え、突然、背後や天井から襲いかかってくることだった。
「何なのだ……! いったい何なのだ……?」
エレホス所長は資料倉庫に息を潜めていた。
闇の勢力が攻めてきたのか。
魔術人形や兵器の研究に関わっている関係上、吸血鬼とその眷属の情報は得ているが、あのようなバケモノはまったく知らない。
軍の連中は何をしているのか!
滴る汗。遠くで聞こえた悲鳴や騒音も、聞こえなくなってきた。
敵はいなくなったのか? このまま潜んでいれば助かるだろうか? エレホスは悩む。
心臓の鼓動が痛いくらい激しい。荒ぶる呼吸を何とか抑えようと努力する。
外に出ても大丈夫か? いや助けがくるまでここに隠れて……助けがこなかったらどうする?
魔術人形――悩める彼の思考によぎるもの。
研究所を襲ったバケモノは、それらも破壊しているのだろうか?
エレホスが心血を注いで、研究、作り出した魔法特化人間。地上から連れてきた孤児たちに施した改造。それらがようやく、本格量産に向けて軌道に乗りかけた矢先だったというのに……!
――いや、まずは私が生き残ることだ……!
エレホスは思い直す。研究素材が失われても、また地上から子供を連れてくればいいのだ。だが自分が失われては、それも叶わない。
――必ず、生き残って……!?
ふっと、背筋が凍った。あれだけ早かった心臓の鼓動が止まったような錯覚。
ふと右に視線を動かすと、そこに黒い塊がいた。蛇のように細長い、しかし太さは大蛇の魔物と呼ぶにふさわしい。その頭とおぼしき部分に、唐突に口が現れた。多数の鋭い歯の並んだ口から、きしむような叫び声が上がり、次の瞬間、エレホス所長は頭から噛みつかれていた。
・ ・ ・
地下へ降りるために破壊した天井。その穴から俺は中へと飛び込んだ。
ふわりと、音もなく着地。ディーシーのガーディアン・モンスターが制圧したメタゲイト研究所地下の通路を歩く。
近隣基地を破壊し、軍の大半はそちらへ行くだろう。この研究所にも援軍が来るだろうが、まだ時間はあるはずだ。
その隙に、孤児たちを救出する。血の臭いに満ちた通路を、俺はディーシーのナビに従って移動する。
「それにしても、何とも恐ろしいね、こいつらは」
俺は、施設を徘徊しているダンジョン・モンスターを見やる。
一見すると大型のシェイプシフターのようだ。しかしディグラートル大帝国の魔法軍が研究していたスカーなる兵器の要素も取り入れたそれは、ホラー映画のバケモノと同等かそれ以上のバケモノっぷりだった。
変幻自在でどこにでも侵入できるシェイプシフターと、スカー並の耐久とか、こいつが大量に量産されたら地上最強だろう。
しかも何あれ……背中に大砲がくっついているぞ……。
ガーディアン・モンスターの中には、肩とか背中に、ダンジョントラップ用の魔法砲台などを積んでいるものも混ざっていた。……射撃もできるモンスターとか、某機械生命体かよ。ダンジョンコアさんに、現代知識を与えたらこうなった、ってか。
やがて、目的の部屋に到着する。孤児たちの居住区だ。
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