第988話、リムネ・ベティオン
その日の夜、俺の部屋には、リムネ・ベティオンがいた。
「個人的なお話と言うのは?」
ベッドに座る俺に、彼女は身を寄せる。
「わたくしと、寝ていただけませんか?」
「添い寝まではオーケー。それ以上なら、すまないが心に決めた人がいるのでね」
「好きな人がいらっしゃるのですか?」
甘えるように俺の胸に頬を寄せるリムネ。誤解がないように予め言っておくが、俺も彼女も服は着たままだ。
「婚約者がね」
「それは困りました。……でも、黙っていればわからないのではありませんか?」
「浮気のススメかい? それは困った。君は魅力的だからね」
「だったら……」
「本気で俺と寝たいと? 何故だい?」
そんなに俺は、リムネの好みのタイプだったかな? それとも、男とみれば誰でもいいタイプか?
「わたくしのわがままです、団長様」
リムネは俺を抱きしめた。
「だってあなた様は、わたくしたち巫女を拒まない。それどころか、普通に接してくれる」
「それって珍しいことかい?」
「珍しいですとも!」
リムネは俺の顔を見上げた。
「女神巫女ですから、人は女神の使いと特別な目で見ます」
部隊でも、彼女たちに艦のクルーたちは気軽に声をかけてくる場面は見たことがなかった。話している場面も、そういえば兵たちは敬語だった。
「態度だってそうです。一方で、軍で改造された巫女の存在を知っている者たちは蔑みの目を向けます……。でも団長様は、そのどれも違う」
「……」
「だから、身を任せるなら、あなた様かと。……わたくしが死ぬ前に」
何を言っているんだ? 困惑する俺をよそに、彼女は囁く。
「団長様、わたくしの寿命、もう半年もないそうです」
彼女は告白した。
「後天的に女神巫女を作ろうとしている研究所があるのはご存じでしょうか? わたくしの育った場所は、そういう施設のひとつです」
女神巫女を作るために施された改造と過剰な投薬の影響は、彼女の体を蝕んだ。若くして、才能溢れるその体は、しかしタイムリミットが迫っているという。
「わたくしは女神巫女に選ばれた。けれど、無理に無理を重ねた結果、命は残り少ない……。代替わりしたのに、すぐに次の水の女神巫女を探さなければいけないでしょう。でも、それはわたくしにはどうでもいいこと」
クスクス、とリムネは笑った。
「わたくしは、その存在目的を果たした。大人たちが望むとおり、女神巫女になったのですもの。残りの人生は、わたくしの好きにさせてもらいます。だから、団長様――」
リムネは、俺を押し倒した。
「わたくしを、女にしてください」
・ ・ ・
彼女は、自分が子供が作れないことを知っていた。
だが生きているうちに、できることはしておきたかったのだそうだ。使い捨ての道具としてではなく、人として。
リムネは元は地上人だったらしい。
らしい、というのは彼女が育った研究所で、失敗すると研究員から『これだから地上人は!』とか『天上人に拾われたのだから、きちんと働け!』などと面罵されたから、そうなのだと認識しているらしい。
苦痛に満ちた半生だったという。容赦なく体をいじられ、薬を投与された。実験動物のような扱いと日々。
すべては強大なる力を秘めた女神巫女を作るため。
研究所には、リムネと同じような境遇な子がいて、時に残虐な実験によって命を落とした。
そんなある時、リムネは魔力に関する能力が予想外に伸びたことで、本格的に女神巫女候補になるべく訓練と調整が進められた。
研究所は、リムネを推す一方、その障害となるのが教会本部の『学校』であったという。
メタゲイト研究所は教会の組織のひとつだが、その責任者である所長は主流をはずれ、教会や帝国を見返してやろうと思っていたらしい。
研究所出身のリムネにとって、教会本部の学校出身者は、自分の存在価値を脅かす『敵』とも言える。
ちなみにその学校出身者というのが、グレーニャ・エルやハルであり、火の魔神機操縦者のペトラだったりする。
もっとも彼女とは対象の属性が異なるため、直接対決をしたわけではない。ただ学校出身の水の魔術師とは女神巫女の座をかけて戦った。
そして、勝った。
リムネは水の魔神機セア・ヒュドールの操縦者の地位を得たのだ。
なお、先の三人との関係は、基本、お気楽おバカであるエルとペトラに対してはリムネは別段どうとも思っていない。ただハルは、リムネの素性と境遇を推測する頭があって、どこか見下したような目をしているのが気に入らないのだそうだ。
「――俺としては、みんなと仲良くしてほしいな」
「あなたの言うとおりにいたします、わたくしの団長様……」
猫のように身を寄せるリムネの背中を抱きしめる。
「その研究所に、アレティという娘はいるかな?」
「あら、どういうご関係ですか?」
いたずらっ子を優しく問う母親のような慈愛を見せるリムネ。……俺より年下で、それは怖い娘だ。
「娘のような存在、かな」
元の時代では『お父さん』で呼ばれたからね。そう間違ってもいない。
「わたくしの知る限りは心当たりがありません。とくに子供たちは番号で呼ばれているので、人の名前はありません」
リムネは俺の耳元で囁く。
「わたくしの名前も、女神巫女候補になった時につけられたものですから」
「そうなのか」
俺は彼女の頭を撫でつつ、天井を見上げた。
「メタゲイト研究所を潰したら、君はどう思う?」
「別に、どうも思いませんわ。……あなたのおそばに置いてくださるなら、もうあの研究所のことなどどうでもいいですから」
自分の残り少ない人生。その限られた命は、自分のしたいように使いたい――それがリムネ・ベティオンと名付けられた少女の最後の望み。
どこまで寄り添ってあげられるかはわからない。だが、できる限りのことはしよう。彼女の人生がまったく無駄ではなかった、と本人が思えるように。
……と言っても、きっかけがあれば元の世界に撤退してしまうような俺が、どの口で言っているとも思うが。
そして、もうひとつ、この世界でやらなければならないことが見つかった。
メタゲイト研究所。俺はそこに行かねばなるまい。おそらく、そこにアレティがいて、彼女の記憶にある通り、俺は保護しないといけない。
ようやく正しい歴史だと信じられそうなことができる。
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