第987話、その女の子には秘密がありました


 吸血鬼が辺境集落を襲っている――


 通報を受けたアミウール戦隊が現地へ駆けつけた時、すでにスコティヤという名の辺境集落は手遅れという判断が下されていた。

 アポリト航空艦隊のインスィー級戦艦戦隊が、集落に対して艦砲射撃を加えていた。

 30センチ魔法砲が空中より地上の村へと無慈悲に降り注ぐ。粗末そまつな家屋は吹き飛び、炎上していた家も爆風で根こそぎ吹き消されてしまう。


 吸血鬼たちに住民は皆殺しにされたのか。暗鬱たる気分になった俺だが、メギス艦長の見解は異なっていた。


「東部方面艦隊の第9戦艦戦隊ですよね……。こりゃおそらく、生存者の有無も確認せずに焼き払ったのではないでしょうか」

「どういうことだ、艦長」


 俺が問えば、メギス艦長は皮肉っぽく口元を歪めた。


「第9戦艦戦隊といえば、別名『浄化部隊」と言われておりまして。吸血鬼が立てこもる場所は、浄化と称して焼き討ちにすることで有名です。連中、地上人を獣と同じように見ている節がありますから、おそらく」

「ろくに確認もせず、敵がいたから村ひとつを吹き飛ばしたというのか?」

「今回もそれかは断定はできませんが、そういう例が数件ありますから」

「……」


 クソッタレだ。住民が残っているかも確認せずに砲撃した可能性がある、だと!?

 天上人至上主義。それ以外は、ゴミと同じとでも言うのか。俺は団長席の手すりを強く握りしめていた。


 あらかた掃射が終わったのか、第9戦艦戦隊の艦艇から、地上用魔人機であるドゥエルシリーズが地上に降りて、集落を確認し始める。

 あれだけ破壊すれば、生存者などおるまいよ。……が、念のためというやつだろう。


「艦長、転進だ。この場にいる必要はないだろう」

「はっ、承知しました」


 戦闘配置、解除。後は任せて、俺は艦橋を出た。

 もし、艦長の言う通り、住民の生存をろくに確認せずに艦砲射撃を見舞ったのなら胸くそが悪いことだ。


 もっとも、俺たちが駆けつけたのは、ほとんど事が終わった後である。第9戦艦戦隊も、きちんと状況を確認してから、やむを得ず村を焼き払ったという可能性もあった。

 噂だけで決めつけるのはよくないが、最悪の展開だった場合はやはり胸くそだ。そういうことを平然とやってのける天上人の部隊があることは腹立たしい。


「あら、団長様」


 通路の向こうから色黒の肌のオリエンタル美女がやってきた。水の魔神機乗りのリムネだ。魔神機操縦者用のパイロットスーツ姿である。そのピッタリフィットするスーツのせいで、魅力的に育った彼女のボディーラインがくっきり。


 少々、目のやり場に困るな。そっち方面がご無沙汰だから、溜まっているんだ、色々と。と、それはともかく。


「どうした? 格納庫から一直線か?」


 着替えるより先にこっちへ来たなんて、何か緊急の用件だろうか。


「いえ、皆が来る前に団長様に伝えておきたいことがあって」

「というと?」


 そこでリムネは自身の豊かな胸の前で両手を合わせて、もじっと体をくねらせた。


「その、二人だけで、ゆっくりお話がしたいな、と思いまして……」


 思春期の生娘のように恥じらいながら、上目遣いにリムネは俺を見た。大人びているようで、意外と初々しい。わざとやってるなら魔性だが、そういう雰囲気ではない。


「プライベートな話か?」

「はい、プライベートな、お話を」


 個人的な相談事か、はたまた色恋沙汰か。彼女ら巫女を預かっている以上、無下にはできないよなぁ。


「わかった。時間を作ろう。希望はあるかい?」

「できれば夜に。……団長様のお部屋で」

「了解した」


 俺は頷くと、リムネと別れる。……こりゃ、本気で夜のお誘いってか。俺の外見が二十と近いから案外誘いやすいのかな? 中身三十のおっさんなんだけどな、俺は。


 部屋へと到着する。

 と、今度はグレーニャ・ハルがいた。パイロットスーツから、きちんと魔術師服へ着替えている。


「団長、ひとつ確認なのだけれど」

「何だい?」

「リムネが会いにいかなかった?」


 ハルからジト目を向けられる。いや、割といつもこんな感じか。


「戦闘配置が解除されたら格納庫から、逃げるように出て行くのが見えたのだけれど」

「トイレじゃないのかい?」

「団長?」

「ああ、さっき会ったよ。今度、デートしましょってさ」

「ふうん……それで、団長は何て答えたのかしら?」


 少々不機嫌になるハル。彼女はリムネと仲が悪い。俺が彼女にモーションをかけられたとでも思ったのかな? まあ、当たらずとも遠からずかもしれないが。


「了解した、とだけ答えた」


 嘘は言っていない。ハルは腕を組んで、俺を見上げた。


「団長は知らないだろうから忠告しておくわ。リムネは、私たちと違う施設の出で、正直、味方であって味方じゃないから気をつけて」

「……味方であって味方じゃない?」


 そりゃまた意味深な忠告だ。ハルたちとは別の施設という言い方も引っかかる。


「詳しく――」

「忠告はしたわ」


 そう言い残すと、グレーニャ・ハルはきびすを返した。言いっぱなしかよ。



  ・  ・  ・



 困った時のディーシーさん。部屋に戻った俺は、ディーシーにハルからの話を伝え、早速、情報の洗い出しを行った。集めるだけ集めて、まだ確認されていない情報が山ほどあるのだ。なにぶん多忙だったからね。


 ポータルを使って、アポリト浮遊島の自宅へ移動。椅子に座ったディーシーは、コピーコアを膝の上に置いて、その中に手を突っ込んでいる。そのコアには、これまでアポリト浮遊島で収集した情報が収められている。


「――見つけたぞ、主。リムネ・ベティオン……なるほど、他の女神巫女と違う魔法研究所の出身だな。メタゲイト」

「魔法研究所?」

「メタゲイト魔法研究所だ。――ふむ、表向きは古代遺産調査の施設となっているが、団長権限を利用して抜き取った記録を開くと……」


 いつ人の権限で情報を抜いたんだよ――という突っ込みはひとまず置いておこう。これアポリトの諜報部とかに目をつけられる事案じゃね? ねえ、ディーシーさん?


「人体を開いての改造、人工臓器の移植――何ともエグいことをやっている研究所だな」

「……」


 胸くそ悪さが加算された。グレーニャ姉妹や巫女たちが、大なり小なり処置されたという教会の学校でも、あまりいい印象はなかったのだ。それよりさらにヤバイ施設があるなど、怒りすら覚える。


「……主よ、もしかしたらこれは当たりかもしれんぞ」

「何がだ?」

「リムネ・ベティオンの身体記録なのだがな。彼女、改造処置がされている。……子宮がないぞ」


 それは、つまり――


「ああ、主が探しているアレティと特徴が一致する。彼女の手掛かりは、その研究所にあるかもしれんな」

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