第981話、演習とは限界への挑戦である
敵艦隊の真ん中に転移するという、アミウール戦隊の前代未聞の艦隊戦術に、バルディア艦隊は大混乱に陥った。
ディーシーの転移魔法陣によって跳んだアミウール戦隊旗艦『エルピス』は艦載機発進口から魔神機を展開しつつ、左舷回頭。すでに左へ向けていた砲で、敵旗艦を狙う。
「敵艦、捕捉!」
「射撃開始! 敵が立ち直る前に、まず戦艦を始末しろ!」
メギス艦長が吠える。
魔法文明艦艇は艦の後方への火力が乏しいという構造上の欠点を持っている。そこを突くことで、アミウール戦隊の奇襲を有利に導く。
だがそれだけなら、数の差で、バルディア艦隊も多少なりともアミウール戦隊に反撃することもできるだろう。
3対9の艦艇差である。
だがこの数の劣勢も、火力を増やすことで対応する!
そのために『エルピス』艦上に魔神機を展開させたのだ。空を飛べない機体も、甲板を足場にすれば砲撃戦もできるという寸法よ。
俺の想定した通り、魔神機はその力を発揮した。
本来、魔神機や魔人機といった人型兵器は対艦用とは見なされていない。そもそも空を飛べる機体が限定される上に、射程距離で圧倒的に劣る。武器も艦艇攻撃には弱い。
だが魔神機クラスともなると、火力の問題はクリアされる。強力な魔法兵器は、『射程の問題さえクリアすれば』艦艇にもダメージを与えられるのだ。
距離は詰めた。アミウール戦隊は、敵艦隊のど真ん中に出現させたことで射程はクリアした。
実質、火力倍増だった。火の魔神機セア・ピュールは、その強力な火炎武装は戦艦主砲並みの威力を持つ。
『そうれ、フレイムブラストっ! いっけぇぇぇー!』
大型魔法杖型武装から、巨大な炎弾が放射される。セア・ピュールだけではない。同じく飛べない土の魔神機セア・ゲーも両肩のランチャーから高速の実体弾を発射する。
『こうなると、ただのでかい的ね。外すほうが難しいわ』
グレーニャ・ハルの淡々とした声が通信機から流れる。セア・ゲーの両肩のランチャーは、砲弾から岩、ダイヤモンド弾も撃つことができるらしい。
「敵艦より、艦載機射出!」
索敵手からの報告に俺は笑みを浮かべる。
「遅い! すでにこちらは迎撃機を飛ばしている!」
重巡から飛行可能なリダラシリーズ魔人機が展開していて、さらに旗艦からもグレーニャ・エルのセア・エーアールなどの風属性機が飛び立っているのだ。
「エル、任せたぞ」
『はいよ、せんせ! フルトゥナ隊、あたしに続け!』
バルディア艦隊から急遽発艦した戦闘機も、シャットアウト。
艦隊演習は、アミウール戦隊の圧勝に終わった。
・ ・ ・
演習とは、指揮官が限界を見るためのもの――そう言ったのは誰だったか。
ディーシーの転移魔法陣戦法は、ダンジョンでの仕様を空中戦、艦隊戦に応用したものだ。だが俺は、今回の演習でそれが実際に使えるかテストした。
結果は、大成功と言える。元の時代に戻っても、この戦法は使えるだろう。
俺は、各艦の艦長や幹部、そして魔神機パイロットらを集めた演習後ブリーフィングで、今回の戦況分析を行った。
演習によって、転移戦術と、魔人機による空中戦術の研究と開発が今後の課題として浮かび上がった。
メギス艦長や幹部連中いわく、転移戦法はアポリト軍でも広く運用できるようにしたいと上層部も考えるだろうとのことだ。
もちろん、そうなるだろう。俺にもそれはわかっている。
だが現状、ディーシーが制御しなければ実現できない戦法だ。
しかし、彼女を取り上げられたら困るので、俺は、彼女と同等の働きができる精霊コアの改良と、転移戦術論を論文として提出すると答えた。
やり方や考え方が理解できれば、あとは自力で生産できるように軍が勝手に研究するだろう。そもそも転移装置自体は、アポリト浮遊島でも利用されているのだから、応用で何とかできると思うだろうよ。
……ま、実際に完成までにどれだけの月日が流れるかは知らんがね。
理論は理解できても、自ら作り出せるかは、また別問題である。まあ、のちのち残ると厄介だから、保険はかけておくけどね……。
次に魔人機の空中戦利用。これまでは、飛行可能なリダラシリーズが、主に小型飛行クジラを迎撃するくらいしか使われなかった。
そもそも抜剣して斬りかかったり、魔法攻撃をちまちま当てるくらいしか攻撃手段がないとして、大型飛行クジラへ攻撃は最初から考えられていなかったのだ。
魔神機クラスだと大火力もあるが、いかんせん射程距離の問題があって、やはり考慮されなかった。
が、今回の演習で俺が魔神機の火力を使った対艦攻撃戦術をとったから、魔人機にも大型クジラ用の武器を、となるのは当然の流れだった。
「うん、槍がいいな」
「はい……?」
俺が言えば、艦長たちは顔を見合わせた。
「バルディア卿のリダラ・ドゥブや彼女の黒の部隊が装備していた騎兵槍型の武装があるだろう……なんて言ったかな」
「ファーガソル・スピナーですか?」
ブリーフィングに参加していた水の魔神機パイロットのリムネが発言した。そうそう、なんか響きが格好いいそれ。
「あれに爆弾を仕込んで、小型飛行クジラに打ち込むというのはどうかな?」
「なるほど、現在採用されている武器の改造なら、前線への配備も早くなりますな」
メギス艦長が相好を崩した。
「それにしても、魔人機が大型種への攻撃に用いられるなら、部隊の戦闘能力は倍増するのではないでしょうか」
「単純に、艦砲と戦闘機しかなかったわけだからね」
俺はそこで、さらにひとつ提案する。
「ここで俺は、全部の魔神機と魔人機に飛行能力を持たせたいと思う」
今回、飛行できない機種も、艦の甲板を足場にすることで参加させた。だが俺としては、もっと積極的に魔神機の火力を活かしたい。
「セア・ピュールやセア・ゲーの攻撃力を、大型クジラに使わないのはもったいないと思わないか?」
火の魔神機のパイロットであるペトラのポニテが揺れた。土のグレーニャ・ハルもまた興味深げな顔をしたが、風のグレーニャ・エルだけは渋顔になった。
……自分の領分である空中戦を持っていかれることが嫌なのかな?
「いやなに、小型クジラと空中で格闘戦をやれというわけじゃない。風の魔神機には、空中戦のメインを張ってもらうよ、エル」
俺が言えば、途端にグレーニャ・エルは満面に笑みを浮かべた。……どうやら図星のようだ。
しかし今度は、水の魔神機パイロットのリムネが難しそうな顔になる。今のところ、特に彼女の出番がなく、独りだけハブられているように感じているかもしれない。
「各魔神機には、ディーシーが試作した航空装備を搭載する。エル以外は空中戦に慣れていないだろうから、慣らしておくように。リムネ、君のセア・ヒュドールには、他とはちょっと違う使い方を考えているから、後で説明するからね」
「はい、ジン様」
忘れられていないと分かり、リムネは安堵したように表情を緩めた。
それぞれの魔神機パイロットのご機嫌とりを欠かさない俺に、メギス艦長ら各艦の艦長らは苦笑している。大変ですね、と同情的な目をされたが、俺は微笑だけ返した。
かくて、我がアミウール戦隊は、実戦への本格投入を着々と進めた。
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