第982話、出頭命令
すっかりアポリト軍の軍人になってしまった。
浮遊島の外では、闇の勢力が活発に動いているらしく、アポリト軍も植民地保護のために部隊を出している。
俺のアミウール戦隊も、いよいよ出撃の時が近い。
アレティに会っていないから、という理由と、魔法文明の調査。それらのせいで、完全に引くタイミングを逸してしまった気がする。
ジン・アミウールとして、知り合いたちに対する感情。ここでいきなり俺が帰ったら、残っている者たちはどうなるんだろう?
今、帰ったら杖でこの世界に戻ってこれでも月日が流れていて、たぶんその不在期間のせいで、俺にアポリト軍の席はなくなるだろう。
ただそれを言ったら、ディーシーに「まだ調べることは色々残っているだろう?」と言われた。
たとえば、女帝専用機である光の魔神機をまだ確認していない。アレティに会っていないというのもあるし、まだディグラートル皇帝が、ここを故郷といった理由やその関係性もわかっていない。
元の世界に帰るための転移魔法を使うための印象は、はっきり残っている。それは問題ない。
だが転移魔法で時間も超えられるなら、俺もこの世界の何かを強く印象に残せば、転移の杖をつかわず、しかも時間経過なしで戻ってこられるのではないか?
「印象付けはしておいていいが、まずはきちんと元の時代に帰れてから、だろう?」
ディーシーさんのありがたいご指摘。まだそこで成功していないのに、次のステップのことを考えてもしょうがない、ということだ。……まあ、考えるくらいはいいじゃないか。
アミウール戦隊がアポリト浮遊島を出撃する前日。自宅を整理していたら、来客があった。
女帝警護の親衛隊『ガーズ』のゴールティン隊長と一個分隊だった。何か部隊を引き連れて家に押しかけられると、憲兵に捕まるような気分になる。
「ジン・アミウール、急な話で悪いのだが、帝国城へ出頭してくれ」
「何です?」
ますます嫌な予感。この世界の人間ではないことがバレたか。はたまたスパイ行為が発覚したか。
「なに、女帝陛下が、出征する前に、お前と会っておきたいと仰せでな」
「女帝陛下が?」
そういえば十二騎士ナンバー2のアグノス卿も以前、そんなことを言っていたな。
「突然ですね」
「うむ。お前を陛下に近づけたくないと散々言っていたエリシャが、ついに折れたのだ」
「あぁ、彼女、俺を嫌っているみたいですからね」
エリシャ・バルディアか。先日の艦隊演習でぶっちぎってやった。
あの演習は、軍のお偉いさんの目に止まり、転送戦術の研究と魔人機用新兵装の開発が行われることになると思ったのだが……。
そううまく話がまとまらなかった。どこがどうなったのか複雑なので、簡単にまとめるとアポリトに巣くう派閥争いの結果、大公派が俺の報告書の独占にかかり、あの演習が『なかったこと』にされたのだ。……同じ軍で何をやってるんだ。
元いた世界でも、軍が違えば陸と海で予算を巡って険悪な関係というのはあったが、派閥争いとかロクなもんじゃないな。こういう足の引っ張り合いが、身を滅ぼす結果に繋がるんじゃないか。
閑話休題。
「それにしても、俺はあの人に何であそこまで嫌われているんですかねぇ……?」
「さあな、私は知らん。正装はあるか? なければ貸すが?」
「先日、団長就任でもらったやつがありますが」
「それでいい。着替えて用意してくれ」
まさかの女帝陛下との会談か。そういうのって事前に知らせるものじゃないか。元の世界でも貴族や王族が会う時は事前にって……あー、嫌だ嫌だ、俺もすっかり貴族思考になってるな。
・ ・ ・
帝国城はアポリト中央島の、さらにど真ん中に高くそびえ立っていた。
剣のように鋭い尖塔が中央へと無数に伸びていて、城というより山そのものといったスケールに圧倒される。
これ、下手な町より大きいのではないか、と思う。ちなみに、貴族院や大公の屋敷とやらも、この帝国城の中にある。
移動はエアカーとも言うべき、浮遊板が用いられる。徒歩だったら普通に半日とかかかりそうな規模だ。
女帝陛下の領域と呼ばれる一角は、かなり高いところにある。ゴールティン隊長と共に俺と、従騎士であるブルは浮遊板に乗って馬鹿デカい帝国城を進む。
女帝陛下の領域は壁が金と白で、一目見ただけで豪勢さがわかる。窓から差し込む光の加減によっては、少々眩しいところもあった。
ソワソワしているブルを、俺は小突く。
「どうした。ここは初めてか?」
「ええ、オレ、こんなところにいていいんですかね?」
「俺の従騎士だろう? しっかりしろ」
大きな体の割に素朴なんだよなぁ、ブルは。
やがて、魔神機サイズの巨大な黄金の扉の前に到着した。
「さて、ここから私とアミウール団長だけだ」
ゴールティンの言葉に俺は頷く。ブル、お前はお留守番だ。
扉が開き、浮遊板からブルが降りると、俺とゴールティンを乗せたまま中――女帝の間へと入った。
魔法学校でも見た魔神機サイズの女神像が四つ、そして奥の玉座の後ろに光の女神が見える。絢爛豪華な室内だが、規模に反して人の姿はほとんどない。親衛隊と思われる兵が、ポツポツといるくらい。
玉座も空で、女帝の姿はない。
「今日は正式な式典ではないし、会談も内密のものだ」
ゴールティンは告げた。
「だから、この玉座の間の奥、ガーズしか入れない陛下の私室へと向かう」
「いいんですか? 俺がそんなところへ入っても」
「だからバルディアが反対していたのだ。……しかし、女帝陛下が強く望まれている以上、ガーズとしても無視はできん。アグノスは、お前は大丈夫だと言っていたしな」
それでも渋々といった調子のゴールティンである。
「あなたの目から見たら、どうですか? ゴールティン殿」
「正直わからん。だから、お前が陛下に仇なすなら、即刻斬り捨てる」
怖い怖い。でも、俺だって襲われでもしなければ、攻撃しませんよ。
「一応、決まりだから確認する。武器は持っていないな?」
「身体検査をしますか?」
「もちろんだ。……失礼」
ごつい大男であるゴールティンから、身体検査をされる俺。
「……」
ノーコメントで。
「大丈夫だな。中では魔法を使うな。自動で防衛装置が働いて、攻撃されるからな」
「ご忠告、感謝します」
そして浮遊板は、女帝の間の奥へ通じる扉の前で止まった。歩哨に立っている近衛騎士にゴールティンが頷くと、その騎士は扉に向かって呼びかけた。
「ゴールティン隊長以下、ジン・アミウール団長、ご到着ー!」
『入れ』
扉の向こうから女の声。俺は眉間にしわを寄せた。
「なんで、彼女がいるんです?」
十二騎士ナンバー3、エリシャ・バルディアの声だったのだ。ガーズしか入れないんじゃなかったのか?
「彼女は、陛下の守護騎士なのだ。ガーズとは別に、女帝陛下を守る特別な位置にいる」
ゴールティンは皮肉げに唇の端を吊り上げた。
「貴族院入りしたお前も知っているだろうが、彼女はあれで公爵だからな」
「なるほど。彼女が俺を嫌う理由が何となくわかりました」
そりゃ男爵の部下になるなんて、公爵としては嫌だろうな。ここでの貴族階級では、男爵は下級貴族、公爵は大公に続く上位貴族だもんな。
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