第979話、遠き故郷、会いたい身内
アポリト貴族院と言うと、貴族たちが集まって地上の統治や浮遊島での諸問題が話し合われる場所であるが、ここでは二つの貴族院が存在する。
ひとつは、アポリトの諸貴族が集まっている組織。俺も外様とはいえ男爵になったので、この貴族院に参加できるのだが、十二騎士の業務が優先らしく、欠席しても文句を言われることはない。
そしてもうひとつ、アポリトには貴族院があって、そちらは『老人』たちと呼ばれる、長老たちの集まりである。
実質、このアポリトと世界を支配しているのは、この老人たちの貴族院だ。スティグメ騎士隊長ら若手貴族たちは、それを快く思っていない。
天上教会も、その老人たちが支配しているらしく、巫女やセア・シリーズの扱いに関して、俺のもとに振ってきたのも、成り上がりに対する俺への監視ではないかと思っている。
表向き、俺はタルギア大公派閥の人間に見られているようだ。十二騎士選抜大会の出場や、団長への就任を強く後押ししたのが大公であり、俺によく話を持ってくるスティグメも、大公の忠実な部下だ。
一方で、十二騎士もまた女帝派と大公派で勢力が分かれている。ゴールティン卿をはじめ、上位陣は女帝派で、これまで十二騎士は女帝派の軍隊と言われていた。
が、先の選抜大会から、俺が団長になったことで、十二騎士内の大公派が勢力拡大。その数は、半々となっていた。
ナンバー2のアグノス、ナンバー3のバルディアは女帝派だが、俺は大公派。新たに十二騎士になったクルフもまた大公派派閥らしい。
なお、レオスは中立派的立場。なにぶん地上出身という部分がネックになっているようで、どちらの派閥からも声をかけられないらしい。……俺もよそ者なのだが、地上人と思われないらしく、そういう差別的空気はない。
いいなぁ、俺も中立派がいい。周りがどう見ていようとも、心は中立派だ。
さて、新米団長である俺だが、着実に周囲の評価を上げていた。
・ ・ ・
アミウール戦隊の編成は、間もなく完了する。
最近、闇の勢力の動きが活発化しており、植民地である地上保護のため、アポリト軍が積極的に動いていた。
俺の部隊も、浮遊島の守護のため、敵勢力の迎撃任務に就く予定となっている。……すっかり俺もここの一員になってるな。
アミウール戦隊旗艦、インスィー級戦艦『エルピス』、その十二騎士専用個室に俺はいて、ベッドにダイブした。……ため息もこぼれる。
「どうしたのだ、主よ」
傍らの机に端末を広げて、ディーシーが何やら作業をしている。アポリト軍士官用の軍服を勝手にアレンジして、すっかり俺の副官ポジについている彼女である。
艦の乗員には、彼女は俺についている精霊ということで、ここでも納得していただいている。団長特権と言うと、何故かみな納得するのだ。……十二騎士団長ってすげー。
「アーリィー成分が不足してるんだよ」
「何だ、ほーむしっくというやつか?」
「俺はあと、どれくらいこの時代にいるんだよ……」
「我が知るか。だったらさっさと帰ってもいいんだぞ?」
カタカタと端末のキーボードをタッチするディーシー。軍帽まで被って事務仕事をしている姿が、できる女っぽくて板についているのがまた……。
「アレティに会っていない。……何で見つからない?」
「それは我のほうが聞きたい。あの娘は、今のところこのアポリトでは確認されていない。反乱軍とやらに所属していたのなら、地上のどこかじゃないか?」
そもそも、その反乱軍とやらはどこにいるんだよ? 軍の連中はそんなこと、一言も言っていなかったぞ。
「……ぐぬぅ、俺、アーリィーに早く会いたい」
新婚の単身赴任ってこんなものなのかねぇ。俺が悶々としていると、作業を続けながらディーシーは言った。
「しかし、そのアーリィーやベルさんとかが、こっちへ来てもおかしくないんだがな。案外、みんな冷たいんじゃないか、主よ」
「いや、来ないほうが正解だと思うよ」
俺は枕に突っ伏す。
「それはつまり、俺がきちんと、転移の杖で飛ばされた直後に帰れるってことだからな。こっちでどれだけ過ごそうと、元の時間とほぼ同じ時間に戻れているなら、ベルさんたちだって、転移の杖を使ってこっちへ来ようなんてしないだろ?」
「つまり、来たらかえって主にはマズいということか」
「そういうこと」
俺が元の時代に転移できなかったってことだからね。転移魔法に失敗したか、あるいはこの時代で命を落としたかはわからないが。
「それにディーシー。転移の杖の時間経過もおかしなことになってるから、仮に向こうで転移の杖を使ったとしても、こっちへ来るのは数ヶ月とか下手したら一年後とかになるんじゃないか」
「ああ、そうだったな。向こうで半年以上前に送ったオパロが、我らが来たときには十五年も経っていたのだったな」
「アーリィーに会いたい。でもこっちでは会いたくない!」
さっさとこっちで用件を済ませよう。だがどうすればそれが果たせるのか、今のところ分かっていないが。
ディーシーが作業を止めて、うんと伸びをした。
「まあ、アレティに会ったといっても、この時間とは限らないからな。一度帰って、また戻ってきた時に会うという可能性もあるぞ」
「ああ、なるほど。そういう可能性もあるか」
俺は枕から顔を上げた。
「ここでどうしても見つからないなら、戻るのもありだな」
希望が出てきたわけではないが、ちょっとやる気が出た。
「さて、それじゃ、今日の仕事を終わらせよう」
本日のこれからの予定。艦隊演習――俺の団長としての能力を周囲に納得させるためのテストである。
「……ああ、憂鬱になってきた」
「やる気になったり、盛り下がったり、忙しいことだな主は」
いくら大会で実力を示したとはいえ、俺は軍の経験のない放浪魔術師ということになっている。
大公のゴリ押しで団長になったところがあって、下級の兵や民からは若き英雄の登場を喜んだが、中堅より上級の者たちにとっては不安の声も多かった。
が、魔法騎士としての実力以外、部隊指揮や行動への処理もそつなくこなしてみせたことで、そんな声も下火になりつつある。
ただ、十二騎士内でも、まだ俺を疑っている者もいる。
その筆頭が、ナンバー3であるエリシャ・バルディア卿だ。女帝派で、大公派を目の敵にしている。彼女もまた、俺を敵視していた。
「この前の部隊演習では勝っただろう、主よ」
ディーシーが言ったが、俺は首を振る。
魔神機と魔人機を使った部隊演習では、十二騎士の部隊を相手にことごとく勝利してきた。それはバルディア卿の部隊も同じで、俺は彼女の戦闘部隊を打ち負かし、彼女のリダラ・ドゥブとの直接対決にも勝った。
「でも危なかった!」
黒騎士エリシャ。敵を正面から噛み砕く黒き獅子。常に正面突破という、まことに男らしい――彼女は間違いなく女性だ――堂々たる戦いを好む。
……まあ、戦術は突撃主体と分かりやすかったので、そっち方面は実は大したことないが。
だが、その突進力が発揮された場合、凄まじい破壊力を発揮する。
「今度は、そのエリシャの艦隊と演習とか。……俺、とことん嫌われているんじゃないかな」
「だったら団長権限で断ればよかったのではないか?」
「そんなことできるかよ。……俺は女性からの頼みは断らない主義なんだ」
もっとも、例外はあるがね。
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