第978話、公認事項
後天的かつ人工的な巫女の養成。
その実験と成果を簡単にまとめた資料を見せられた俺であるが、何とも複雑な心境だった。
薬物の投与、魔力生成された強化臓器の移植。さすがに、バラバラに体を切り刻まれたとか、故意に精神や肉体を痛めつける類いなど、今すぐ責任者に制裁したくなるようなものはなかったが……。
もっとも、この資料がすべてではないだろう。投入薬物の作成課程で、モルモット実験に人間を使っているとかありそうで怖い。まあ、地上人とかエルフで試しているかもしれない。
「あなたも知っていたわけですね、ゴールティン卿」
俺は、前十二騎士団長に言った。表情をピクリともさせず、ゴールティンは認める。
「ああ。アポリト人の魔力低下は懸案事項だ。何故、人々から魔力が失われつつあるのか、学者たちも確たる説明ができずにいる」
「……安全な浮遊島に住んで鈍ったのでは?」
俺が適当に言えば、ゴールティンもオーティス司教も目を丸くした。
「どういうことですかな?」
「使わなければ人は衰える。この浮遊島は、天にあって、強力な軍が守護している。ここで生まれ育った人間は、その揺り籠の中で危険を知らず、自身の魔力を使う機会を減らした」
文明が発達し、色々便利なものが揃うと、それまでやっていた苦労を経験しなくなる。
それは、元いた世界の、日本や世界でも見え隠れしている。
年々落ちる若年層の体力。一方で食の欧米化が進んで、体格は大きくなりつつある。
だが周囲の発達した道具に慣れて、先達より知性を得たが、彼らが日常的に身につけたものを経験することなく、知恵を得る機会は減った。
アポリトの天上人もまた、文明の利器に囲まれている。浮遊島の中は安全で外的に襲われることはない。一歩、外に出れば飛行クジラや吸血鬼がいるが、この島の中では少なくとも危険はない。
「満たされれば人は楽をする。健全な人間を育てるなら、少し不便なほうがちょうどいい、という説があります」
「興味深い説ですな」
オーティスは顎に手を当て考える。
「外からきた人間ならではの見方のようにも思える」
ゴールティンもまた考え深げに唸る。
「そういえば、私が新兵だった頃、よく上官が管を巻いていた。最近の若い奴はギラギラしたモノが欠けている、とか……」
「……」
「熱というか意欲というか、そういうのが薄くなっているような気はする。だから先の大会でレオス・テルモンのような若き闘士が現れたのは、意外でもあったし、久々に熱を感じた」
……俺にはそういうの感じなかった? まあ、レオスの戦いぶりは、見ていて盛り上がっていたのは認める。
そういうば彼は地上の出身だったな。家族を失い、武術を学んだ根底には、死を近いところで見て、強くなろうという切実な思いがあったのではないか。
「施設を全て見せていただけませんか?」
俺はオーティスに言った。司教は「ええ」と頷いた。
「ひと通りご案内いたしますが。……全て、ですか?」
「はい。全てです。あとできれば、グレーニャ姉妹も同行させてもらえませんか?」
「それはまた何故?」
怪訝なオーティスに、俺は営業スマイルを浮かべてみせる。
「彼女たちがどういう環境で生活していたのか、知りたいですから」
「ああ、そういうことですか。わかりました。彼女らを呼びましょう」
・ ・ ・
魔法学校の地下施設も、巫女たちの寮の中も見せてもらった。なお巫女寮は本来、男子お断りなのだが、十二騎士団長の特権なのか通してもらえた。
というより、案内役のグレーニャ・エルがテンション高く、俺を自分たち姉妹の部屋を案内した。
年頃の女の子だから嫌がるかと思ったら、そんなことなかった。
「せんせっ、見てくれよ! ここがあたしたちの部屋だぜ!」
初めての家庭訪問にテンションの上がる子供のようなエルだった。またハルのほうも、何だかんだ言いながら、いつもよりテンション高めだった。
「先生が来ると知っていたら、もっと掃除しておくんだったわ」
二人部屋。ベッドが両側にあって、学習用の机や椅子があり、クローゼットにはそれぞれの服が入っていた。女の子らしさは、微塵も感じないそっけない内装だが、生活感はあった。
何故なら、部屋の片側は片付いているが、もう片方は散らかっていたからだ。
大方、荒れているほうがエルだろう、と思っていたら、いそいそと片付けているのはハルのほうだった。
「姉貴姉貴、普段から片付けしないからだぞ!」
意外なことに、お子様な妹エルのほうがしっかりお片付けしていたようだ。だらしない姉、ハルが散らばった本を書棚に戻すのを尻目に、エルが座るベッドに俺も腰を下ろした。
「なあ、エル、学校は楽しいか?」
「うーん、まあまあ」
手をヒラヒラさせて、彼女は答えた。
「魔法を使うのは楽しいし、覚えるのも得意だけど、毎日飲んでいるお薬は不味い」
「薬?」
「魔力活性剤。大人でも不味いって言ってるよ。オーティス司教も飲んで、苦い顔してた」
……司教も飲んでいる。なら、体に悪いものでもなさそうか。人体実験に関係しているものだったらどうしようかと思った。
だが念のため、一本、サンプルをもらって調べよう。
「あと、やなやつもいるからね。楽しいことばかりじゃないよ」
エルは言った。集団において、つきものの悩みだな。
「本当、イヤな奴はいるものね」
本を机の上に積み上げながら、ハルも同意した。女神巫女の同僚たちのことかな?
「他に何か嫌なことは? たとえば、健康診断的な検査が多いとか、何か手術されるみたいなことは」
「そういうのはないなぁ」
グレーニャ・エルは腕を組んで考える。
「魔力測定は毎日受けてるけど、精密検査?ってやつは週に一回だし。手術はぜんぜん覚えがないなぁ……姉貴はどう?」
「わたしもないわね」
ふぅ、と満足顔のハル。……机の上に本を積み上げただけに見えるが。
ともあれ、俺は、彼女たちから、学校や今の境遇について悪い話を聞くことはなかった。一定の満足のもとで生活をしているようだ。
よくよく考えてみれば、俺のところに魔法を教わりにきた時に、帰りたくないとかそういう態度もなかった。つまり寮に帰ることが嫌ではないということだ。
ネガティブに考え過ぎているだけか? しかし、この学校では身寄りのない子供たちを収容して、実験自体は行われていた。大なり小なり影響されているのは事実である。
彼女たちの前では聞かなかったが、もらった資料によれば、グレーニャ姉妹は両親がいない。何らかの処置を受けたことがあるのは間違いない。
あからさまに酷い扱いを受けているのなら、話は簡単だ。だがそうでないと、果たして口出ししていいものかどうか。
そもそも教会という組織がやっていて、十二騎士の団長が知っているということは、アポリト軍上層部や国の支配層もそれを知っているに違いない。一般市民は知らないようだが、国の偉いさんたちが認めている事柄であるなら、騒ぎ立てても潰されるだけってことだ。
好きじゃないねぇ、こういうの……。
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