第977話、巫女たちの闇


 四人の女神型魔神機のパイロット――アポリト風に言えば『巫女』である彼女たち。

 なお、軍において、巫女は三種類いて、女神巫女と従者巫女、そして巫女見習いである。

 女神巫女は、いわゆる女神魔神機の操縦資格を有する者。


 従者巫女は、セア・シリーズの魔人機の操縦者たちを指す。女神機に乗れなかった巫女見習いの多くがこれになる。

 そして明日の女神巫女を目指して修行しているのが、巫女見習いである。


 さて、今回、十二騎士団長である俺の部隊で、実戦経験を積むことになった四人の女神巫女たちだが、決して仲良し集団ではなかった。

 グレーニャ姉妹は仲がよいのはわかる。火のペトラと水のリムネ、こちらの二人も比較的仲がよいと言える。


 で、問題なのは、土のハルとリムネの仲が元からかなり険悪だということ。一方でリムネは、風のエルとはそれほど関係は悪くない。


 残るペトラは、ハルと仲がよいが、エルについては馬鹿にしている節があり、お気楽な印象のエルもまたペトラにはやたら口が悪い。

 喧嘩友達ならまだいいのだが、エルの目がペトラに対して殺気がこもっている時があって、正直シャレにならない。


「アミウール卿も大変ですな」


 そう言ったのは、付き添いの前団長のゴールティン卿。今回、女神巫女が変わったという話なので、ゴールティンは前の女神巫女たちを知っているはずなので聞いてみれば。


「悪い噂は聞きませんでした。もっとも、今回のようにまとめて四人の面倒を見ることはなかったので、それほど知らないと言いますか……」


 なるほど、参考にならない意見をありがとう。


 顔合わせが済んだ後は、学校施設の見学となった。巫女見習いや魔術師たちの訓練場や魔法授業の風景を見て、生徒たちの宿舎は遠くから眺めるだけに留める。

 そして魔人機格納庫へ。この魔法学校は教会と軍の共同施設であり、魔人機も配備されている。


 各属性のセア・シリーズ魔人機の他、男性魔術師用だろうリダラ・シリーズやドゥエル・シリーズが少ないながらも置かれていた。

 オーティスが説明した。


「ここでは魔人機用の魔法兵器の試験運用も行われております。魔術師用魔人機の研究や、新型のためのデータ取りが行われているのです」


 俺も魔法と兵器の融合と研究をしていたから、そのジャンルは大いに興味がある。ディーシーに後で解析させよう。


 さて、俺の視線は、従者巫女らが使うセア・シリーズ魔人機へと向く。

 女性型のロボット兵器。胸部や細い腰回りなど、シルエットがかなりそれを意識している。これも女神信仰のなせる業なのだろう。


 すでに解析済みの風のセア・フルトゥナ以外の、他の属性魔人機も観察する。

 火属性魔人機のセア・ラヴァ。頭部の後ろの形状がトンガリ帽子のようだ。かなり細身の機体で、軽量な印象を受ける。


 水の魔人機セア・プルミラ。火の魔人機同様、こちらも細身だが背中にリング状のパーツを背負っている。後頭部の形は控えめなトンガリ帽子だが、耳部にセア・フルトゥナ同様アンテナ状のパーツが伸びているため、違ったイメージを与える。


 土の魔人機セア・クスィラ。こちらの頭部は、フルトゥナに近く、額のひさしが短いが耳部のアンテナ状パーツがあって、どこかヘッドホンをつけたおかっぱ頭に見える。


 全体を眺めて比べると、風と土、火と水で別系統の機種のように見えた。なおカラーバリエーションがあるようで、セア・ラヴァはピンクとオレンジ。セア・クスィラは、オレンジ系と茶色系のツータイプが格納庫にあった。


「こちらの魔人機も数機ずつ、女神機の護衛としてつける予定です」


 オーティスの言葉はつまり、俺の指揮下に、この女の子ロボット部隊を寄こすということだ。華があるのは結構だが、実戦で若い子が死ぬのは勘弁してほしい。


「では、アミウール卿、女神型魔神機ですが……ご覧になられたことは?」

「いいえ、初めてですね」


 セア・エーアールは見たことがあるし、うちのウィリディス軍もお世話になったがね。あとはシェイプシフター諜報部がヒュドールの写真を撮ったのを見たくらいか。


 格納庫のさらに奥に進むと、四機の女神機が、まるで博物館の展示のように俺たちを出迎えた。


 風のエーアールはフルトゥナの原型だけあって、それをより鋭角的に、背中の飛行ユニットを大きくしたような姿だ。


 水のセア・ヒュドールはマント状のパーツがついていて、量産機のプルミラとはあまり似ていない。頭部も兜のようで、どちらかというと騎士を連想させる。


 一方の土のセア・ゲーは、クスィラによく似ていて、肩部にシールド兼武装と思われるパーツを付けている以外に目立った違いはなさそうだ。鉄色の機体色は、いかにも土属性。


 そして……おいおい。

 火のセア・ピュールは、何と頭にツインテール状のパーツがついている。トンガリ帽子はないが、細身なのはセア・ラヴァと同様だ。スカートアーマーがちょい長めか。

 あのツインテールに何の意味があるのか、設計した奴に小一時間ほど問い詰めたい。


『ディーシー、聞こえるか?』


 魔力念話で呼びかける。返事はすぐに来た。


『聞こえているし、見えているよ』

『喜べ、魔神機の解析ができるぞ』

『大聖堂にはなかったが、なるほど、こっちにあったのだな』


 ディーシーの顔は見えないが、声の調子からすると機嫌はよさそうだ。


『これで、属性魔神機の技術を新型に応用できるかもしれんな。いやはや楽しみだ、主よ』

『俺も、その新型とやらが楽しみだよ』



  ・  ・  ・



 格納庫の後、学校の、いや教会の暗部を見ることになった。

 施設のさらに地下、立ち入り制限区画。無機的な白い内装、無数の魔石照明によって明るく照らされた室内を、俺は案内された。


「ここでは後天的かつ人工的に巫女を養成する研究をしています」


 オーティスは事務的に告げた。ガラス張りの壁の向こうには十もいかない少女たちが授業を受けている。


「保護された地上人、身寄りのない天上人の子もいます。あるいは教会本部で、エルフのように作られた子もいます」

「後天的かつ人工的とは?」

「自ら魔力を生み出す能力の付与、ですね」


 司教いわく、人は生まれながらにして魔力を制御できる力に差が存在する。


「実に嘆かわしいことに、天上人の魔力を操る力は少しずつ弱くなっています。そう遠くない未来、アポリト文明は衰退、いや滅びてしまうかもしれない」


 文明の崩壊――その言葉に、俺は思わずオーティスを見た。その司教は薄く笑う。


「人々から魔力が失われる。今ある魔神機、いやその量産機ですら、操れなくなるかもしれない。文明の利器も、我々の手から離れてしまう……」

「そのための、施設ですか」

「巫女は、天上教会にとって神聖かつ必要なもの。その存在あればこそ、天上人に安心を与えることができるのです」


 オーティスは小さく首を振った。


「兆候は現れつつあります。天上人の中にも魔力を操る力が極端に弱い子が生まれ始めている……。魔法が使えることが当たり前の天上人にとって、その力がないということは死にも等しい」


 いわば、これは救済です――と、オーティスは言い切った。

 救済だと? それで、身寄りのない子供や人工的に創造した人間で実験か……!

 目の前のガラスに映る俺の顔には、ひどく険しい表情が浮かんでいた。


「何故、これを私に? アポリトにとって、機密では……?」

「一般には伏せられている事柄ですが、あなた様は十二騎士の団長になられた。アポリトの守護者には、アポリトの真実を知っていただかねばなりますまい」


 オーティスは続けた。


「巫女見習いとして育った者の多くが、魔力強化に関係する実験や手術を経験しています」


 それは、新たな女神巫女や、従者巫女たちも含めて。

 そうまでしないと、現状を維持できなくなる。その危機感を抱いて。

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