第976話、天上教会と女神型巫女


 十二騎士になると、独立部隊を持つことができるという。

 アポリトの守護者という位置づけの十二騎士だが、その行動の自由はかなりのものだ。上司に許可をとれば地上へも行くことも可能である。

 ……この場合、上司とは、十二騎士でいうところの上位者だ。


 基本は団長になった俺。そしてナンバー2のアグノスと、ナンバー3であるバルディアがそれに当たる。


 なお、前団長であるゴールティンは十二騎士を外れ、女帝親衛隊『ガーズ』の所属となった。女帝陛下をお守りする盾であり、剣というわけだ。

 アグノスとバルディアのナンバーがスライドせずそのままなのもそれが理由だ。


 話を戻すと、下位の十二騎士もそれぞれ部隊を持てるが、いきなり経験のない新人に指揮官が務まるわけがない。


 そこで最初は先輩十二騎士とコンビを組んで、教育を受ける。今回、新たに十二騎士入りしたクルフやレオスも、それぞれ先輩騎士と行動して経験を積む。

 で、団長になった俺は、ガーズ所属になったゴールティンか、副団長のアグノスのどちらかの指導を受ける形となった。


 本来はアグノスのみが指導役になるところだが、彼はアポリト浮遊島の外、植民地外周部隊の指揮のため、浮遊島にいないことが多い。その空きをゴールティンが埋める、という形となる。


 さて、俺はその指導役であるゴールティン卿を従えて、浮遊島中央の教会管轄の魔法学校へとやってきた。


 教会――正式には天上教会というらしい。世界を作ったとされる光の女神と、火、水、土、風の四大属性の女神たちを信奉する宗教だ。


 アポリトの民は全員がこの天上教の信者であり、光の日――要するに日曜だが、その朝には集会が開かれ、お祈りを捧げる。

 俺も決まりだから、天上教会の儀式やお祈りはしているが、覚えるのには少々手こずった。何せ、元々宗教にはあまり関心がない人間だから。


 天上教における五大女神の信仰は、軍にも影響を与えている。女神型と呼ばれるセア・シリーズが作られ、その魔神機も特別仕様なのもその影響と言える。操縦者が全員女性なのもそうだ。


 中央島大聖堂は、天上教会の総本山だが、俺たちが来たのは、魔法学校である。軍における魔術師を教育する機関であり、セア・シリーズは女性のみ、という扱いだが、学校には男性魔術師もいた。


 教会を思わす内装は、ステンドグラスから差し込む光と魔石灯の明かりで、優しく輝いている。


 とにかく大きい。魔神機がそのまま歩けそうな広さは、まさに圧倒的。それぞれ立てられた五大女神の像が、魔神機サイズよりも大きく、人間の小ささを表現しているようでもあった。


「ここは大聖堂を模して作られています」


 そう言ったのは、ゴールティンだ。俺の部下のように、斜め後ろに控えて歩いている。すれ違う教会関係者や魔術師らが、俺たちの姿に注目し、何事か囁いている。大方、前団長であるゴールティンか、団長に就任したばかりの俺のことだろうけど。


「ようこそ、おいでくださいました」


 黄金と白の僧服をまとう、いかにも立場の偉そうな初老の男性が、俺たちに一礼した。


「オーティス司教殿」


 ゴールティンが同じく頭を下げた。そのオーティス司教は俺に挨拶する。


「初めまして、ジン・アミウール卿。私は天上教会中央司教、かつこの魔法学校校長のラモン・オーティスです。此度の十二騎士団長の就任、おめでとうございます。教会一同、あなた様のご活躍と、女神の加護があらんことをお祈りいたします」

「ありがとうございます、オーティス司教。ジン・アミウールです」


 軽い自己紹介の後、オーティスの導きで奥へと向かう。その間に、今回俺がわざわざ呼び出された件の詳細を聞かされる。


「――新たな巫女は能力も素質も充分です。しかし実戦の経験がありません。闇の勢力との戦いは先が見えませんが、いざアポリトに必要になった時に有効に働けなければ、女神様もお嘆きになるでしょう」


 偶像の嘆き云々については置いておくとして、新人を鍛えようというのは理解できる。だが――


「私も団長になって日が浅い……。何故、私のもとに、彼女たちを?」

「十二騎士選抜大会での、あなた様のお力を拝見いたしました」


 オーティスは目を細くする。


「あなた様の力ならば、彼女たちを御せると教会は考えております。教育している我らからは、こういうことは言うべきではないでしょうが、若い巫女たちは少々我が強い」

「なるほど」


 己の力に過信し、生意気な言動を取ることがあると。何となくお察し。


「それに、彼女たちの一部……というより半数が、あなた様のところで働きたいと申しておりまして」


 半分って、光は女帝陛下専用。残るのは四大属性魔神機だから、四人中二人か。あらまあ、俺ってば人気者。

 だが、何となくお察しその二である。


「ではアミウール卿。彼女たちをご紹介いたします。セア・シリーズを駆る新たな巫女たちです――」


 目的の部屋だろう。重厚な黄金の扉が開く。


「おー、せんせ! 待ってたぞ!」

「遅いのだわ、どれくらい待たせるつもりなの?」


 どこかで聞いたことのある、ヤンチャ声と低い少女ボイス。――うん、知ってた。


 部屋にいたのは四人の少女たち。属性ごとに異なる色のローブ。その女神紋章は以前みた銀ではなく、金色になっている。

 グレーニャ・エルとハル。そして初めてみる少女が二人。やってきた俺たち、いや俺を注視していた。



  ・  ・  ・



 風の魔神機、セア・エーアールの操縦者、グレーニャ・エル。

 土の魔神機、セア・ゲーの操縦者、グレーニャ・ハル。

 ここまでは予想どおり。


 赤いローブの少女は火の魔神機、青いローブの少女は水の魔神機の操縦者だろう。グレーニャ姉妹より年上だろうが、二十はいっていないだろうというのが俺の想像。

 オーティスは彼女たちを紹介した。


「火の魔神機、セア・ピュールの操縦者、ペトラ・ストノス」


 赤毛をポニーテールにしている長身の少女は、俺に訝しげな目を向けつつ頷いた。瞳の色が綺麗な緑だった。


「続いて、水の魔神機、セア・ヒュドールの操縦者、リムネ・ベティオン」


 褐色肌に長い黒髪と、かなりオリエンタルな雰囲気の少女だ。海を思わすマリンブルーの瞳の持ち主で、一見すると物静かで穏やかそう。

 一方、明らかににぎやか過ぎるグレーニャ・エルが、紹介が終わった早々、口火を切る。


「せんせのお陰でエーアールの操縦者になれたよ! これからよろしくな! せんせっ!」

「もう先生じゃないでしょう。団長、とお呼びしないと失礼だわ、エル」


 双子の姉であるグレーニャ・ハルが、さっそくそのように言う。俺としては、どっちでも好きなほうで呼んでくれていいんだけどね。


 火の魔術師ペトラが腕を組んで、俺を値踏みするような視線を寄越す。


「へえ、あんたが新しい団長さんか。中々すごい魔法を使うって評判らしいけど、アタシは自分の目で見たものしか信じないからね」

「あら、いの一番に自分の魔法を見てもらって、魔法を教わりたいって言っていたのではなくて、ペトラ?」


 水の魔術師リムネが、からかうような口調でペトラに言った。すると、途端に真っ赤になるペトラ。


「なっ!? そういうこと言っちゃうぅ? べ、別にそんなんじゃないし!」


 あ、ツンデレだ。ツンデレがおる……。


 赤くなっている同期の魔術師を放って、リムネがすっと俺に近づき、手をとった。


「これから、よろしくお願いしますね、アミウール様。至らぬことがありましたら、何なりと言ってください」

「よろしく……」


 距離が近い! と、そこへグレーニャ・ハルが間に割り込んで、リムネの手を弾いた。


「わたしの団長に色目を使うことは許さないわよ、リム」

「あら、わたくしたちの団長、ではなくて……?」


 両者の間に火花が見えたような……。俺はこの娘たちを率いることになるのか。

 前途多難な予感。

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