第975話、アポリトと俺とエルフ


 エルフは奴隷。アポリト人の手によって作られた亜人種族。

 俺は団長に与えられた屋敷で、カレンとニム、ふたりのエルフの主人をやっている。アポリトに来てから、俺の身の回りの世話を、とアポリト人が与えたものだ。

 ……そう、与えた『物』なのだ。


 だが、魔法文明が滅びた後である時代から、普通のエルフと接触のある俺からすると、エルフはエルフであり、個々の人間として見る。


 間違っても、苛立ちをぶつけたり、理不尽を言って困らせたり、欲情のままに抱くことはしなかった。……まあ、お風呂で体を洗ってもらったり、添い寝したりくらいはしているけれど。

 嫌ならやらなくてもいいと言っている……とは言い訳だな。だって、やってとお願いしたら断らないもの、彼女たちは。


 帰宅後、室内着に着替えて、お食事。さあ、食べよう。皆、席についてくれ。神出鬼没なディーシーもやってきて、四人で食卓を囲む。

 カレンとニムは、当初は主人と一緒の卓で食事は摂れませんと、言っていたが、今では一緒だ。一緒じゃないと寂しいと俺が言ったのだが……わがまま言っているな、うん。


 並ぶのは冷製スープとアルカ鳥のロースト。


「ニム、今日のスープ、美味しい」

「ありがとうございます、ジン様」

「味付けを変えたな」

「全体的に薄味だと、ジン様がおっしゃっていましたので」


 味が濃くなっている。もう少し濃くしてもいいが、物事には順序というものがある。じっくりやっていこう。


「アポリトの料理は味が薄い」


 ちなみに、天上世界の食事は、俺が元いた世界のそれにかなり近い。全体的に薄味なのだが、調味料はあるし、それが一般的に普及している。アーリィーたちのいた時代が後なのに、その時代から超文明などと言われるのも納得だ。


「カレンは、薄味が好きだったな」

「はい、ジン様」


 今ではすっかり同じ卓で食事をするのに慣れたカレンが微笑した。エルフたちは、薄い味が好みなのかもしれない。


 一方、ディーシーはローストチキンを頬張る。美少女の姿をしていてもダンジョンコアだ。それを忘れそうになるね。

 何故、ディーシーがアポリトの料理を平然と食べているのか。それには一応、理由がある。


 ここの浮遊島の食材として流通しているものは、魔力生成品なのだ。いわゆる魔力の加工食品。

 そりゃエルフなどの亜人を作る技術がある魔法文明だ。食用の肉や野菜を魔力で作るのはわけもない。そしてそういう魔力生成品は、ダンジョンコアが摂取する魔力にほぼ近いのだ。


 俺がヴェリラルド王国でやっていたウィリディスやノイ・アーベントで目指した生活が行き着くのは、このアポリト人たちの文明がなのかもしれない。……だけど、その魔法文明も滅びてしまうんだよな。


 いったい何が原因で滅びるのか。

 闇の勢力との戦いに負けた? だが現代までその闇の勢力に関わることは残っていないから、それは考えにくい。


 わかっているのは、この文明は滅びて、このアポリト浮遊島は分離し各地へ分散墜落したこと。そのうちのひとつが、エルフの里と呼ばれ、現代まで残っている。


「ジン様?」


 俺がじっと見つめていたせいか、カレンが赤面している。何でもない、と首を振り、スプーンでスープをすくう。

 何やらディーシーがニヤニヤしていたか、違うからな? 俺はエルフ美女とイチャイチャしようなんて考えてないから。


 この娘たちは、どうなるんだろう? ボンヤリと思う。文明崩壊がいつなのかはわからないが、もしこのエルフたちがその崩壊の時に生きていたら、果たして生き延びることができるのか……?


 その時、俺はまだこの時代にいるだろうか? 少なくとも何年も居続けるつもりはないが、俺たちが去ったら、この娘たちは――


「ジン様、お加減が?」


 ニムが声をかけてくれた。カレンに比べて表情は硬いままなのだが、それでも目を見れば、心配してくれているのがわかる。


「俺はまた難しい顔をしていたか?」

「はい」


 ニムもカレンも頷いた。


 いつまでこの時代にいるか? アポリトや魔法文明の情報収集をもう少ししたいし、できれば崩壊した理由なども知りたいところだ。


 何より、現代に戻る前にひとつ、トリガーになりそうなことをひとつ消化していない。


 アレティと、まだこの時代で会っていないのである。……ま、どうやっても会えないようなら、彼女の言うお父さんのジンは、俺じゃない別人だったのだろうが。



  ・  ・  ・



 アポリト中央島、タルギア大公の館。


 天球の間で、報告を受けた大公は笑みを深めた。


「……聞いたか、メトレィ? カノナスの研究は、もう間もなく形となる」

「不老不死の秘薬」


 スティグメ騎士隊長は一礼した。


「悲願の成就、まことにめでたくあります」

「うむ。そうであるなら、いよいよこちらも動き出す時がきたと言えるだろう」


 椅子を回し、スティグメを見下ろすタルギア大公。


「アポリト軍の戦力を削る。余に与せぬ一派と、そして老人どもの力を削ぐのだ!」

「御意。カノナスの軍勢を大きく動かしましょう」


 地上の植民地を含めて、闇の勢力が活発に動けば、アポリト軍も対応に追われることになる。


「老人どもが騒ぎ立てるだろうが、カノナスにも抑えられないものはあるとでも言っておけばよかろう」


 宿願、不老不死の研究の達成を思えば、些細ささいな問題だとタルギア大公は一蹴した。


「こちらも本気で対応していると思わせれば、そうそう文句も出まい。例のジン・アミウールの部隊だが、どうなっておる?」

「はっ、当人の意見を尊重して、編成を進めております」

「結構。奴の部隊が適度に闇の勢力を撃退しておけば、老人どもも大人しくなるだろう」


 大公が言えば、スティグメは首肯した。


「閣下、もうひとつご報告がございます」

「何だ?」

「『教会』から、巫女たちを実戦に投入したいと申し出がありまして――」

「教会? ……ああ、セア・シリーズか」


 アポリト軍にいる魔術師、特に『巫女』と呼ばれる者たちを派遣しているのが、天上教会といわれる組織だ。

 セア・シリーズの魔神機操縦者は、この教会出身の魔術師であり、その権限は軍においては、少々変わった命令系統を持っている。


「教会は、どちらかと言えば老人ども寄りだが……。実戦に使いたいと?」

「はっ、つい先日、代替わりしましたので、巫女たちは戦闘経験がほぼありません。故に――」

「今回の申し出というわけか」

「はい。そしてその配置先の希望ですが――」

「配置先にまで口出しをするのか?」


 呆れるタルギアに、スティグメは恐縮する。


「恐れながら、教会が言うには配置先は、ジン・アミウールの側がよい、と」

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