第961話、ジン先生、再び
タルギア大公は、アポリト浮遊島を支配する女帝の弟だ。
外見は二十代半ばくらい。金髪に白い肌、不敵な面構えの男は、怖いもの知らずといった雰囲気を漂わせる。細身だが質のいい衣をまとうその姿は、一目見れば権力者であることがわかった。
そのタルギアは、天球の間という彼のプライベート空間にいた。漆黒の闇、いや宇宙を模した球体には無数の星々が輝いている。部屋中央に浮かんでいるように見える椅子に腰掛けた彼は、そこで無数の魔法ディスプレイを眺めていた。
「ジン・アミウールか……」
タルギアが呟くと、離れた位置にて待機していた騎士――メトレィ・スティグメは一礼した。
「メトレィ、奴の戦闘記録は見たが、十二騎士に匹敵、いやそれ以上の能力を持っているようだな」
「は、私はこの目で、ジン・アミウールを目の当たりに致しましたが、その能力は常人のそれを遥かに凌駕しております」
「……カノナスがいよいよ作り上げたか」
タルギアは席を立った。
「あとは奴に不老不死の力が備われば、我らの宿願、それも現実のものとなろう」
「スーパー・ヴァンパイア」
スティグメは、それを口にした。
「ジン・アミウールの戦闘能力、魔法は、カノナスが作り上げた最上位吸血鬼にも匹敵しましょう」
「……吸血鬼にしては、ずいぶんと顔色がよいな」
大公は皮肉げに笑みを浮かべた。
「カノナスが何も言ってこないのが気にはなるが……」
「かの御仁は、研究莫迦でございますれば」
スティグメは頭を垂れた。
「夢中になって報告を忘れておるやもしれませぬ」
「あやつが没頭しているとなると、いよいよ不老不死の研究も大詰めやもしれんな」
「では――」
スティグメが顔を上げた。
「閣下が天下を取る日も……」
「さほど遠くない、な」
タルギアはそこで顔を曇らせた。
「それには貴族院の老人どもと、傀儡とはいえ、あの姉に忠義を尽くす者どもを排さねばな。メトレィよ」
「はっ」
「ジン・アミウールは、こちらの駒として使えるか?」
「少なくとも敵ではございませんが、彼がカノナスの送り出した使いであるなら、いましばらくこちらからの接触は避けるべきかと。貴族院も注視しているでしょうし」
「あの老人どもも、不老不死の研究には熱心であるからな」
あいわかった――タルギアは頷くと、天球の間を後にした。
「見ておれ、クズども。余がこの天上界、そして地上世界をも全て手に入れてみせるわ!」
・ ・ ・
せっかく浮遊島アポリトに入ったのだから、できるだけ詳細な情報を持ち帰る。
俺はスティグメに紹介してもらった戦技・魔法教官の仕事を引き受け、アポリト軍の有望株に指導するという役目をこなしていた。
初めは、得体の知れない放浪魔術師に警戒感を露わにしていた生徒たちも、わずかな間で、俺の話や指導をよく聞くようになった。
簡単な話だ。腕っぷしに自信満々の気の強い若手軍人さんたちの鼻っ柱を、初手でへし折ってやったのだ。
英雄魔術師時代にもウーラムゴリサの魔法学校で臨時講師をやった。ジン・トキトモとしてアクティス魔法騎士学校で教官をさせられ、冒険者ギルドでも魔法授業をやった俺である。場所や時代が変わろうとも、実力を目の当たりにさせるのが一番早い。……この手に限る。
ヘプタ島調査隊で知り合ったブルやレオスも、将来有望ということで、俺のところでその実力を磨いている。
ブルは大剣、レオスは素手による格闘術と、ぶっちゃけ俺の専門外なのだが、魔法を使った戦技や、魔法そのものについて指導する。この二人に限れば、その魔法方面がウィークポイントでもあったのだ。
「十二騎士になるには、魔法も伸ばさないといけない」
ブルは、そのいかつい顔をしかめる。
「近いうちに十二騎士選抜大会があるからな。それまでに強くなりたい」
「選抜大会?」
俺が聞けば、ブルは頷いた。
「うむ、十二騎士はアポリト軍最高の騎士だが、前線に赴くことが多い。闇の勢力との戦いで命を落とすこともある。そうなると――」
「欠員を補充しないといけない」
確かに、天上人の騎士たちの憧れの存在が、いつまでも戦死者を出して欠員のままにしておくのも格好がつかない。
そこへ魔法トレーニングをしていたレオスが口を挟む。
「……今回の選抜大会で、新規枠が三つ。もちろん、現十二騎士を大会で倒せば、枠は増える可能性はあるが」
現十二騎士を倒せば?
「それって、大会に十二騎士も出るってことか?」
「ああ、上位三名を除く残りの騎士たちも大会に参加する。彼らと勝負して勝つことができれば、それだけ十二騎士入りも近くなる」
なるほどね、そりゃわかりやすいし、モチベーションにもなるな。十二騎士も鍛錬しておかないと、その座を脅かされるから、より実戦向きの集団となるわけだ。
実力主義というやつだな。……まあ、上位三人は別格みたいだけど。
俺が考えていると、生徒の一人がやってきた。金髪碧眼、中肉中背で真面目そうな顔立ち、二十前後の青年騎士である。
「ジン・アミウール様、よろしいでしょうか?」
「何だい、クルフ君」
青年騎士、名前はクルフと言う。彼は一枚の書状を俺に差し出した。
「メトレィ・スティグメ騎士隊長から、ジン・アミウール様に」
「ありがとう」
書状を受け取る。俺は中身を拝見。
「クルフ、君は書状の中身を聞いているかい?」
「いえ。ただ、口頭にて説明は受けました」
「うん、ではそういうことだね。正直、俺にはまだピンときていないが、スティグメ殿からの頼みとあれば断る理由はないな」
クルフ・ラテース、本日付けでジン・アミウールの従騎士とする――と書状にあった。要するに軍内における俺の専属従者ということだ。
「え、クルフ何?」
ブルとレオスが気になって聞けば、当のクルフは彼らを見て、ニカッと笑った。
「俺、ジン・アミウール様の従騎士」
「あー! 何だとう!?」
ブルが大声を発して、周囲の生徒たちが何事かと注目した。
どうやら彼らの間で、尊敬している騎士の従騎士になるのは名誉なことらしい。クルフはブルをはじめ、からかい半分のやっかみや羨望を受けていた。……俺は騎士じゃないんだが。
書状には、クルフも将来有望なので、さるお方からの要望もあり鍛え上げてくれ、と書いてあった。
俺の指導を受けている生徒でもあるから構わないが……。
さるお方って、誰だろうな。まあ、アポリトでも位の高い人だろうことは間違いない。スティグメだって相当な有力者らしいからな。
……従騎士は、可愛い女の子がよかったぜ、というのは、もちろん黙っておく。
その時――
「せんせー! ジンせんせー!」
場違いともとれる若い女の子の声が俺を呼んでいた。
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