第960話、アポリト浮遊島滞在記
アポリト浮遊島に到着した俺は、アポリト軍から取り調べを受けた。
手荒なことも予想し、場合によっては脱走騒動も覚悟していた俺だが、同行したスティグメ隊長のおかげか、驚くほどすんなり話が進み、軍の居住区に部屋までもらった。
聞けば、スティグメ隊長は、アポリトでも有力貴族の出らしく、かなり影響力のある人物なのだそうだ。
『困ったことがあれば、いつでも相談してくれていい、ジン・アミウール』
美男子でエリートと、天は彼に二物を与えたようだ。ともあれ、すんなり事が進んだのには裏があって、俺はスティグメ隊長から、対吸血鬼戦闘の戦技、そして魔法の指導を乞われたのだ。
強制ではなく、あくまで任意というのが、気に入った。人から命令されるのは、あまり好きじゃない。好意を抱いている相手ならともかく、わけもわからない人間の、特に理不尽なことには反発する主義だからね。
さて、取り調べの直後、俺はアポリト浮遊島の強大な兵器を目の当たりにする機会を得た。
アポリト本島を取り囲む八つの浮遊島、そのうちのひとつ、一号島に備え付けてある 大陸殲滅砲『アギオ』の実射を見学できたのだ。
廃墟の一号島を以前見たが、この時代では現役で、さらに多数の人や物で溢れている。
さて、殲滅砲アギオの標的は、ヘプタ浮遊島。俺が転移の杖で現れた場所であり、全長十数キロもの大きさのある巨大なる浮遊島である。
闇の勢力に占領されたこの島を、吸血鬼もろとも吹き飛ばすのだ。
アポリト浮遊島は、ヘプタ浮遊島を射程に収める位置まで入ると、そのアギオ砲を目標へと向けた。
『アギオ、発射、カウントダウン開始、10、9――』
『警報!』
浮遊島に発射警報が響き渡る。その間もカウントは減り続け――
『3、2、1……発射!』
膨大なる光が巨大砲身から放たれた。
対閃光防御が必要だな。光は真っ直ぐに吸血鬼たちの島に伸び、それを破壊した。大爆発と共に、島はわずかな残骸をまき散らして、消滅した。
十数キロほどの島が、たった一撃で消えたのだ。
何て破壊力だ……。さすがバカでかい大砲。あの大きさは伊達じゃなかった。
・ ・ ・
俺のアポリト浮遊島生活は始まった。
まず驚いたのは、普通に一般家庭に魔力式の電灯があって、水道も風呂もあったこと。
元の時代より遥かな過去なのに、この文明の生活レベルは逆に発達しているという皮肉。魔法と機械がほどよく合わさった高度な文明、それが魔法文明アポリトである。
その天上人社会、このアポリト帝国は、闇の勢力が力を広げる中、国として残っている最後の天上人国家らしい。
女帝を頂点として、その下に弟たる大公がいて、貴族院と呼ばれる組織がある。軍がその下にあり、アポリト帝国の財産や領地、民を守っている。
天上人は浮遊島に住み、一方の地上には地上人と呼ばれる人々が生活している。
地上人は社会も文化も技術も劣り、天上人曰く、蛮族なのだという。聞いた話を総合すると、地上は天上人の植民地であり、彼らを支配し、その資源を吸い上げている。地上人は二等、ないし三等民として天上人からは差別されている。
なお地上にも闇の勢力が徐々に勢力を伸ばしていて、アポリト軍がそれを阻止する格好で活動しているらしい。
「女帝陛下の帝国か……」
肖像画を拝見したが、長い金色の髪の美しい女性だった。二十代くらいに見えたが、外見はそのままでそこそこのお歳らしい。長寿で知られるエルフか?
俺がつい、そう口にしたら、ブルやレオスに怒られた。
「馬鹿! 女帝様を卑しきエルフと並べるなど、死刑だぞ!」
女王陛下の年齢はここではタブーらしい。
それはそうと、魔法文明じゃ、エルフ以下亜人は創造された奴隷みたいなものだった。
女帝様、とブルは言ったが、エルフでもないのなら、遺伝子的な操作で寿命を操作しているのかもしれない。まあ、俺の元いた世界では、まだSFな話であって、人の寿命は伸ばせていないが。
エルフといえば、浮遊島には多数のエルフが存在した。青肌、褐色肌、白肌の三種類で、それぞれの役割は、元いた時代に聞いた通りだった。
天上人たちも、青肌エルフには笑顔を見せても、白肌には侮蔑や物を見るような目で見ていたりしていた。……どっちも自分たちで作ったのに、なんでこうあからさまなのだろう。俺には理解できないね。
そんな俺に、エルフ奴隷がお世話係としてつけられた。男と女、どっちがいいと聞かれたので反射的に「女性で」と答えたら、二人の美女が『与えられた』。
『自由に使ってよい。もし気に入らなければ、すぐに取り替える』
スティグメ隊長――あ、調査隊は解散したからもう隊長じゃないな。彼いわく、こだわりがあるなら、顔や体型も一から調整できるのだそうだ。
……あなたたちは、生きているエルフを何だと思っているんだ。
さて、与えられたエルフは一人が十代後半、もう一人が二十代前半といった外見。ただエルフは外見で年齢は測れない。なおどちらも美女で、髪の長い十代後半の娘は、どこかエルフの女王カレン様に似ているような気がした。
まあ、かの女王陛下はこんな大昔に生きていないので、他人の空似なんだけどな。似ているから、その娘には『カレン』と名付けた。……与えられた時、彼女らに名前がなくてね。
もう一人の二十代ショートカット美女のほうは、とくに肌が白く感じたのでエルフ語で白を意味する『ニム』と付けた。
彼女たちは、よく働いた。こちらの言いつけにも嫌な顔ひとつ見せないところは、うちのシェイプシフターメイドたちを思わせる。逆に言うと、人間というより人の形をしたロボットみたいに、ちょっと無機的に感じた。
表情はあるのだろうが、人前で笑うこともないし、機械的に仕事を進める。
「ところで、主」
ディーシーが、俺の部屋で、何やら魔人機を模したプラモみたいなものを弄っている。……何その玩具?
「いつまでここにいるつもりだ?」
「まだ来た早々だぞ」
ホームシックにでもかかったのかね、このダンジョンコアは。
「ベルさんには数日くらいいるかもって言って出てきたが……」
「数日で見きれるのか?」
ディーシーは鼻をならす。
「魔法文明時代の技術や情報に接する機会は他にはない」
「何だ、また戻れるかどうこうの話か?」
「主が大丈夫というからそれは心配していない。だが元の時代に戻った後、再びこっちへ戻れるかについて新事実を教えてやろうと思ってな」
「新事実?」
何だろう? 首をひねる俺にディーシーは、ドヤ顔になる。
「主がこの時代で回収した人工コアな……。あれをサフィロ同様に使えるよう調整していたのだがな、あのコアが面白いことを言っていたのだ。主は、あのコアを飛ばしたのはどれくらい前か覚えているか?」
「一年は経っていないよ」
ウィリディスの地の開拓をはじめて……色々あったが、振り返るとまだそんなに月日が流れていないという事実。
「あのコアの内蔵時計によると十五年は経過しているそうだ」
ディーシーは目を細めた。
「転移で帰ったとして、転移の杖を使ってここへ戻ると、かなり時間が経過している可能性が高いということだな」
「ちょっと用事を済ませようと戻ると、思いの外、時間が経っているかもしれない」
元の時代に戻る時は、元の時間にきちんと戻れる自信はある。これは確信だ。ディグラートルがそうだったからな。
が、転移の杖経由でこっちへ戻る時に時間が大幅にズレるのでは、軽い用事で戻るとか、ここと元の時代を
「しばらくここに滞在することになりそうだな」
一週間、一カ月? はてさて――
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