第962話、グレーニャ姉妹
「せんせっ、せんせっ!」
訓練場に響いた若い女の子の声。見ればセミロング程度の長さの茶色い髪の十五、六歳くらいの少女が駆けてきた。
緑のローブ姿は、風属性魔術師を表し、胸に銀色の女神紋章をつけた彼女は、このアポリト軍において、巫女見習いだという。
「せんせ! 魔法をおせーて!」
小生意気な子供、そのものといった表情に態度。非常に子供っぽい彼女。
「いきなりだな、グレーニャ・エル」
「ニッシシ!」
俺が名前を呼んでやると、グレーニャ・エルは満面の笑みを浮かべた。
この若き魔術師は、将来の魔神機操縦者候補という。
セア・シリーズ――アポリト軍では女神型と呼ばれる女性型兵器のパイロットは、全員が女性だ。そして風、火、土、水の四属性の魔神機に乗る女性は『巫女』と呼ばれる。
軍において、得意属性がローブの色でわかるようになっている。緑は風属性。つまりグレーニャ・エルは、将来風の魔神機、セア・エーアールに乗ることになるかもしれない。
そういえば――
「エル、ハルはどうした? 一緒じゃないのか?」
「ハルならそこにいるよ?」
「……わたしは、ここにいるわよ」
俺のすぐそばから、別の女の子の声がわいてきた。うわ、近っ!
「ごめんなさいね、どうせわたしは陰が薄いから」
ネガティブ発言しながら、俺にガン飛ばしてくるのは、グレーニャ・エルと瓜二つ、というか双子の姉であるグレーニャ・ハルだった。……彼女らはグレーニャのほうが姓らしい。
「あっはは、姉貴姉貴。もう少しでせんせに抱きつけたのに惜しかったな!」
「エル、余計なことを言うと舌に釘を打ち付けるわよ」
ハルさんは、そう物騒な言葉を妹に投げかけた。グレーニャ・エルに比べると、グレーニャ・ハルは表情が固めで、大人しそうに見えるが割と毒を吐く。
ちなみに彼女のローブはオレンジ色で、土属性魔術師だ。エルと同じく、銀の女神紋章持ちで、順調に育てば土の魔神機、セア・ゲーの操縦者となる。
「ジン先生……」
「ん? 何だい、ハル」
「好き――」
ポンと抱きつかれた。わぁー、とエルが楽しそうに笑う。俺は抱きついてきたハルの背中をポンポンと叩いてやれば、すっと彼女は身を離した。
「誰が気安く触っていいと言ったの先生?」
えぇ……。抱きついてきて、そんなこと言うのー……というのは初見の感想。実はこれ二度目だったりする。
「いい加減、学習すべきだと思うの」
「がくしゅーしろ、せんせ! あっはは!」
この双子め――俺は苦笑するしかない。子供に振り回されるってのはこういうことなんだろうな。
クルフやレオスたちも呆れや苦笑を浮かべているので、俺は咳払い。仕切り直し、仕切り直し!
「で、今日は何を教えようか」
「でっかい竜巻!」
「わたしは、家くらいある大岩をブン投げたいわ」
……うん。周囲が引いているが、俺はどちらも出来るからね。教えろと言われたら、教えられてしまうのが困りものだ。
「姉貴姉貴、姉貴のブン投げた大岩をあたしが竜巻で飛ばすってどうよ!?」
「いいわね、エル。どこまで飛ぶか観測しましょ」
体は十五、六でも思考が小学生低学年っぽいのはどうなのか。まあ、魔法を扱うにあたって、これくらい幼稚なほうがかえって上手に操れたりするからなぁ……。
・ ・ ・
俺は軍人の教育をやるという立場上、アポリト軍の軍事施設にも立ち入ることができた。もちろん軍人の付き添いが必須だ。今は専属の従騎士となったクルフがそれを担っている。
ともあれ、魔法文明時代の兵器を観察、研究させてもらえた。
ディーシーさんは、ばっちり細かな構造や部品まで解析していたから、ガーディアンモンスターを召喚するように魔人機も生成できるようになるだろう。
ここへ来る前に、セア・フルトゥナという風の魔人機を予め解析していたディーシーだから、他のバリエーション機を調べて再現できるのも早そうだった。
アポリト軍にいるおかげで、魔人機は全機種を見ることができた。一方で、十二機ある魔神機については、出征中などの理由で全機を見ることができていない。
ならばデータだけでも、と思ったのだが、光と闇の魔神機については、アクセスランクというものがあって、一般人は調べることができなかった。
闇については軍の機密らしいが、光の魔神機は女帝専用機という扱い故だという。女帝陛下が魔神機に乗るのか……。
そんなある日、俺とディーシーは、友人のブル、レオス、従騎士のクルフと共に兵器格納庫へと来ていた。
十二騎士選抜大会が近いということで、そのモチベアップのために、魔神機を見たいブルたちが言った。魔神機見学なら、俺とディーシーにとっても渡りに船。ということで格納庫へと赴いたわけだ。
「ドゥエル・シリーズ」
ブルが格納庫のキャットウォークを進みながら視線を向けた。
巨人の国だ。六メートル近い高さの魔人機が整然と並べられ、機工士たちの整備を受けている。
「地上戦用の魔人機。武器の換装でバリエーションがあるタイプ」
ブルの視線は、魔人機群の奥に並べられている、よりグレードの高そうな機体に向けられる。
「十二騎士専用のカスタム・ドゥエル。……十二騎士入りしたら、特別機が与えられるんだぜ」
「今の十二騎士を破って――」
レオスが頷いた。
「十二騎士ランク六位に入れれば、魔神機のほうに乗れる」
「へぇ……」
羨望の視線を向ける若き騎士たちを尻目に、俺はドゥエル・シリーズを眺める。
聞いたところによると、十二騎士の上位三名はリダラ・シリーズが与えられる。団長機と呼ばれるリダラ・ダーハ、白騎士ことリダラ・バーン、黒騎士リダラ・ドゥブだ。
そして四位から六位は、ドゥエル・シリーズの魔神機を与えられ、七位以降は改造型ドゥエルに乗る。
なお魔神機は操縦者の適性が必要なため、四位から六位でも適性がなければ改造型ドゥエルになるらしい。
つまり『もし』俺がその選抜大会に出て、魔神機獲得できるくらい勝ったとしても、五分くらいしか魔神機を操れない俺は、改造魔人機のほうになるってことだ。
「クルフ、お前も大会に出るんだよな?」
ブルが言えば、俺の従騎士は「そのつもりだ」と首肯した。
「上司がうるさいんでね。早く十二騎士になれと」
「……俺はそんなこと、言ったおぼえはないぞ?」
「いえ、ジン様ではなく、その……スティグメ殿とか色々と」
あー、そっち方面か。上司なんて言うから、従騎士で仕えている俺かと思った。
「まあ、頑張れ」
「……そうですよね、ジン様は余裕ですもんね」
ため息をつくクルフ。え、何それ、どういう意味?
「ジンが出れば、まあ、一枠確定だもんな」
レオスがそんなことを言った。ブルも相好を崩す。
「おう、現職枠をひとつ減らしてもらえるんだ。残りの三つをおれたちでかっさらっちまおうぜ!」
……何か、俺、出ることになってるのそれ?
困るよ、勝手に決められたら。俺が真偽を確かめようとクルフに声をかけようとした時、格納庫がにわかに騒がしくなった。
「全員、作業中止! こちらに女帝陛下が来られるぞー!」
……何だって?
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