第956話、ヘプタ島調査隊
「あなたはいったい……」
騎士たちは、驚いた顔で俺を見ていた。うち一人――青髪の女魔術師が、俺が浄化魔法で助けた仲間の騎士に歩み寄り、診断する。
「こいつは大丈夫。毒は消したから」
「いや、そんな吸血鬼の毒を消すなんて――」
あの紫肌の亜人は吸血鬼でいいのか。女魔術師の言葉を聞き流し、俺は騎士たちに向き直る。
「俺はジン・トキ――いや、ジン・アミウールだ」
大帝国領なら、こっちの偽名のほうが通りがいいだろう。騎士たちの格好は大帝国のものと違うように見えたが、大帝国を窮地に陥れた英雄魔術師の名前を聞けば、敵か味方か即判断がつくだろう。
しかし、騎士たちの反応はいまいちだった。まるで初めてその名前を知ったような感じだ。俺の知名度も案外大したことなかったな……。
「ジン・アミウール、あなたはこの『島』の人間か?」
リーダーらしい、他より装飾が豪華な鎧をまとう男が聞いてきた。三十代くらいで、金髪碧眼。嫌になるほど美形だった。
……それよりも、島だって?
「……うーん、何と答えたものか」
俺は返答に困ってしまう。転移の杖で、ここにいます、なんて説明できるはずもない。
「実は俺にもよくわかっていない。気づいたら、ここにいた」
「貴様、吸血鬼の仲間か!?」
大柄の騎士が大剣を構えた。すると後ろに控えていたパワードスーツ・ディーシーが、その騎士に腕を向けた。
『我が主に手を出すなら、お前を吹き飛ばすぞ?』
「何を――!」
『待て、ブル!」
リーダーの騎士が、大剣使い――ブルと呼ばれた男を止めた。
「吸血鬼の仲間が、味方を倒すものか。それにガリウスの治療もしてくれたのだぞ」
この倒れているのがガリウスね――俺は、やりとりを見守る。
「失礼した、ジン・アミウール。私はアポリト帝国、騎士隊長メトレィ・スティグメだ」
「挨拶、痛み入る、メトレィ・スティグメ隊長」
アポリト帝国とか言ったか。俺は自然と口元が引きつるのを感じた。
アポリト。その名前といえば、大浮遊島アポリトが思い浮かぶ。おいおい、いつから魔法文明の浮遊島が帝国を名乗るようになったんだ?
「我々はヘプタ島を調査にきた。……てっきり、君はここの住人の生き残りかと思ったのだが……違うのか?」
ここはヘプタ島というんだな。――さてさて。
「そうなのかな? 済まないが、どうも記憶があやふやでな。ここに来る前のことを覚えていないんだ」
適当にでっち上げれば、スティグメ隊長は目を見開いた。
「記憶がない、と? ……あなたの戦いぶり、そして高度な治癒魔術。このヘプタ島でも指折りの魔術騎士かもしれないと思ったのだが――」
「いや、隊長、その人、騎士の格好をしてませんよ」
彼の仲間の女騎士が口を挟んだ。
「おかしな格好をしてますし、吸血鬼でなくても変ですよ。それに、おかしな連れもいますし」
と、パワードスーツ・ディーシーを騎士たちは見やる。
「とはいえ、あの立ち回りや魔術を見る限り、地上人でもなさそうですね」
「我らの同胞だろう、な……」
スティグメ隊長は顎に手を当てて考え込む。嫌みなほど絵になる男だ。典型的な美男子である。
地上人とか天上人とか、どうにも嫌な予感フレーズが出てきた。魔法文明時代の生き残りであるアレティから聞いたそれが、俺の脳裏に蘇る。
いや、しかしな……。
だがその説の可能性も捨てきれない。今いるここが、魔法文明時代かもしれない、なんて。
いったいどこに飛ばしてくれたんだよ、転移の杖は!
・ ・ ・
スティグメ隊長から事情を聞いたところ、どうやらここは俺たちが魔法文明と呼んだ時代のようだ。
何でそんなことに! ありえないだろう! なんで数千年も過去に飛んだ!?
ちょっと考えた結果、ひとつの仮説が浮かんだ。
それは転移の杖を作った時に、とある遺跡から回収した時間制御系の魔法カードを使ったせいではないか、と。
プロトタイプで実験した短距離転移で何故か、実験に使った林檎がボロッボロになっていたのが原因だ。
転移用の魔法具を作ったら、時間跳躍ができたよ! ……やっぱりこいつは失敗作だ。
というか、俺、元の時代に戻れるのか……? うん、まあ、戻れるだろう。こっちへ飛ばされたが戻ってきたディグラートルが『俺なら』戻ってこれると断言したからな。
それはともかくとして、この時代だ。
天上人、アポリト帝国を中心とする浮遊島群が地上を支配している世界だと言う。
高度に発達した天上人文明は空に浮遊島を浮かべて、野蛮な地上世界を統治する。しかしそんな彼らにも敵が存在している。
それが『闇の軍勢』とかいう安直なネーミングの敵。飛行クジラと吸血鬼軍が、人類に襲いかかり、長らく戦い続けているのだそうだ。
アレティ、そんなこと言っていたかな……? 思い出せない俺。もしかしたら事情を聞いた時に言っていたかもしれないが、もう滅びた文明の敵の話だからと聞き流したかもしれない。……くそう、テストに出たのはこっちだったか!
そして今回、アポリト島を出撃した天上人軍は、音信不通となったヘプタ島に調査部隊を派遣した。
それがスティグメ隊長らなのだが、島は闇の軍勢によって制圧されていた。吸血鬼たちと交戦していたところで、俺たちと出会ったそうだ。
「――ここで会ったのも何かの縁だ。我らの調査に付き合ってくれると助かる」
スティグメ隊長からそう頼まれ、俺は二つ返事で了承した。ディーシーが魔力念話に切り替える。
『よいのか、主よ?』
『せっかくの機会だ。魔法文明時代を体験しておこう』
元の時代に戻った時、この魔法文明兵器を利用する大帝国とぶつかるのだ。情報収集には打ってつけだろう。
そんなわけで、俺とディーシーは、アポリト軍調査隊によるヘプタ浮遊島の探索に同行した。
「……この紫がかった霧は?」
俺が問うと、青髪の女魔術師――ディティスと紹介してくれたお姉さんが答えた。
「闇の
……ここにいる騎士たちは、皆その魔防御とやらがあるのだろう。特にマスクとかしてないし。
「ジンさんよ、そんなことも忘れちまったのかい?」
ペラルゴスという名の騎士が、ニタニタ笑った。
「気をつけろよ、これが漂っているところは、吸血鬼どもが現れてもおかしくない」
「ご忠告、感謝する」
知らないことばかりだからね、皮肉でもなく忠告や助言はありがたい。
「おい、ペラルゴス、ジンさんは俺の命の恩人なんだぞ」
そう言ったのは、俺が浄化魔法をかけて治療したガリウスという騎士。そうですよ、とディティスが口を挟んだ。
「あの治療の魔法、吸血鬼との戦いで必ず必要になりますので、戻ったらぜひ教えてください」
「ああ、いいよ。考え方さえわかれば、そう難しい魔法じゃないから」
ゾンビ感染浄化と方法は変わらないから、何か特別な才能が必要というわけではない。魔法文明時代の魔術師のレベルはわからないが、問題はないだろう。魔法文明なんていうくらいだし。
さて、島外周の探索を終えて、中央都市にいる他の調査隊と合流するところだという彼ら。ついていくことしばし、魔法文明都市に到着した。
相変わらず瘴気に包まれた島にあって、ヘプタ島中央都市は、すっかりゴーストタウンと化していた。
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