第955話、クジラが空を泳ぐ世界


 わけがわからなかった。

 ヒレが翼になっている巨大クジラの群れが、大帝国の空中艦隊と戦っている。


 そのクジラもどきは、あろうことか赤い光線を放ち、ミラール級フリゲートと砲撃戦を演じていた。さらに魔法文明式戦闘機や魔人機が、空中クジラに攻撃を仕掛けている。


「大帝国は何と戦っているんだ?」


 シェイプシフター諜報部からは、そのような報告を受けていない。あんな空飛ぶクジラもどきが現れれば、騒ぎにならないはずがない。

 突然現れた謎クジラが大帝国を襲っている、ということなんだろうか?


『遺跡を掘っていた連中が、開けてはいけないものを開けてしまったというのは?』


 ディーシーが推測する。


 古代文明遺跡の発掘作業中に、毒ガスが漏れたみたいに、封印されていた巨大生物が放たれてしまった……ってか。あるかもしれんな――


「あるいは、魔法軍あたりが作った改造生物兵器が暴走したのかもしれないな」


 キメラウェポンとかやっていた大帝国だ。飛行するクジラ型兵器なんてものを作ったのかもしれない。……クジラのくせに、ビーム撃ってるし。


「どうしたものか。わかんないから転移して帰ってもいいが、あんなものを見せられたらなぁ」

『調べてみないと、帰れないな』


 ディーシーも同意見らしい。せっかく直に見る機会だ。SS諜報部からもこのクジラもどき騒動の報告がくるだろうが、こちらでももう少し探ってみようじゃないか。


『主、ひとつ報告がある』

「何だ?」

『先ほどから、テリトリー内に未確認体が侵入している』

「未確認体とは?」

『人型のようだが、よくわからない。異常なスピードだ。飛んでいる……いや加速の魔法か。それらが移動している先に複数の人間の反応がある。こっちのスキャン範囲に現れたが、どうする? もう少し範囲を拡大しようか?』

「いや、せっかくだし、こちらから様子を見に行こう」


 未確認体の正体を見てみたいし、もしそれが向かっている先の複数の人間とやらを襲おうとしているなら――


 大帝国軍なら様子見、一般人なら助けてあげるのもいいだろう。



  ・  ・  ・



 大帝国軍……?


 近づいた俺は、またも首をかしげることになった。

 未確認体――人型だが、その肌は紫に近く、動きもどこか獣じみていた。さながら吸血鬼とかその手の化け物を連想させる。


 そして複数の人間のほう。……えっと八人。武装した集団だったが、その装備は大帝国の兵のものではなかった。


 白色をベースに金色の装飾の鎧をまとう騎士といった格好だ。それもどこか近未来的なSF臭を感じさせる色合いと意匠だ。

 それらが襲いかかる紫肌の亜人と戦っている。いったいどこの連中だろう?


 魔術師がファイアボールやアイスブラストを放つ。騎士の剣や槍が、亜人を倒していくが紫肌亜人も中々しぶとく、苦戦しているように見える。

 そもそもあの亜人は何だ?


 俺が見ている前で、おそらく下っ端と思われる騎士が、紫肌の亜人に噛みつかれた。悲鳴を上げる騎士。そして周りの慌てぶり――


「吸血鬼とかゾンビの類かな……?」

『主』

「正直、ついていけんよ。空飛ぶクジラ、吸血鬼もどきに、あの大帝国とは違うっぽい集団……」


 状況がわからないが、このまま見ているのも芸がない。


「ちょっと介入しよう。どうせ現地の人間から話を聞こうと思っていたんだ。助けたら、相手も口も軽くなるだろう」

『承知した。……あー、そうそう主よ。我も思うところがあるので、別個に戦わせてくれ』


 ……などとダンジョンコアの杖が申し出た。うん、ちょっと意味がわからない。


「別行動するって意味か?」


 ここで固定して、テリトリー化からガーディアンモンスターを召喚するとか。


『行動は共にするが、我が作った戦闘人形がある。それを試したいと言っている』

「へぇ、戦闘人形……」


 ゴーレム的なやつだろうか。


「オーケー、そういうのならやってみろ」


 俺はDCロッドを手放す。その間にストレージから魔法杖を取り出す。


『感謝するぞ、主よ』


 宙に浮いたDCロッドが光り、ふだんの美少女の姿になったのは刹那。次の瞬間、青藍せいらんを連想させるパワードスーツ型に変身した。青緑のメタリックカラーがゴーレムというより強化スーツだ。

 だいぶ、こっちに毒されてるな、という感想は置いておいて、中々格好いいぞ。


「いつの間に作ったんだよ?」

『ふん、こんなこともあろうか、というやつだ』


 パワードスーツ型ディーシーが答えた。


『ダンジョンコアは、常に自衛の手段を考えるものだ』


 新しい考え、新しい兵器、それらを取り込み、自らの力とするのがダンジョンコア。究極迷宮を作るが如く、ディーシーはそれを兵器方面に特化させたらしい。

 特にスラスターとかなさそうに見えて、浮遊と飛行魔法を組み合わせてグンと加速するパワードスーツ・ディーシー。


 俺も遅れないように加速、そして戦場に到着!


「バニッシュ!」


 魔法杖から、白く輝く魔弾を発射。横合いから吸血鬼もどきに炸裂した光が、その体を飲み込み、塵へと変える。威力充分、通用する! ゾンビのお仲間は浄化に限る。


「!?」


 騎士たちが、介入者である俺を見た。何が起きたかわからないって顔だ。ま、無理もない。


 そこへパワードスーツ・ディーシーが現れる。加速のまま、手近な吸血鬼もどきに肉薄。その振り上げた拳が、胴体を上下に真っ二つに引き裂き、吹っ飛ばした。


 ゴーレムが放つ渾身のパンチみたいなものだ。喰らえばひとたまりもない。


 そのはずなのだが、なんと体を分断されながらも上半身が動く! 体が潰れても動き続けるムカデみたいで、気味が悪い。


『なるほど、アンデッド系か。なら燃やし尽くすまでだ』


 パワードスーツ・ディーシーが手を向けると、紅蓮の火球が発生して、吸血鬼もどきを炎に包んだ。


 その間に、俺はバニッシュで残りの敵を仕留めていく。こちらに向かってくる奴もいたが、素早さに注意すれば問題なかった。

 ゾンビにしては速いし、敵意の形が獣のように荒々しい。俺もあまり遭遇した経験がないが、下級の吸血鬼程度だろうか。


 爆発音が聞こえた。見れば、ディーシーが吸血鬼もどきにスパイク付きのパンチをぶちかまし、相手が吹っ飛んだところに、刺したスパイクを爆発させて四散させた音だった。飛び散る敵の肉片と血液。こっちに飛ばすよ、危ないかもしれないから。


 敵対者は全滅した。

 騎士たち八人は生存――と思いきや、一人が倒れている仲間に剣を突き立てようとしていた。


「おい、何やってんだ!?」


 仲間を殺すってか。俺は反射的に止めに入っていた。


「馬鹿野郎が! 怪我人ならまず治療だろうが!」


 俺が押しのければ、剣を構えていた男が「何だ貴様は!?」とキレていた。


 倒れていた騎士は腕が紫に変色していた。あぁ、吸血鬼もどきに噛まれた奴か。どうやらゾンビ同様、感染するタイプの攻撃を喰らったようだ。大方放っておくと、脳をやられて魔物化とかするんだろう。だからその前に、ひと思いに――ということだ。


「いま浄化する」


 俺は、倒れて呻いている男に治癒を込めた浄化魔法をかける。体内に入ったヤバイ感染源を消滅させ、変異しつつある細胞も取り除きつつ、肉体の回復力を頼りに不足分を再生させる。


「……腕が!?」


 紫になりつつあった男の腕が、元の色へと戻っていく。痛みも引いたか、男の呼吸も整っていった。


「浄化完了っと……。他にやられた奴はいるか?」


 俺は、呆然としている周りの騎士たちに問いかけた。

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