第952話、八八八艦隊の後継者


 俺が考えた転移の杖による大帝国皇帝ディグラートル抹消計画は失敗した。失敗魔法具の転移先を調べたいと思っていた件については、光明が見えたが。


 少なくとも、この世界で、転移で戻ってこれる場所へ転移するようだ。被験者ディグラートルが、衣服の汚れもなく無傷で帰ってきたことからして、移動先がヤバい場所ということもなさそうだ。


 しかし……謎は残る。


 昔を思い出した、転移した先は故郷――それだけ聞くと、ディグラートルの故郷、つまり大帝国本国のどこかだろう。


 だが、彼に転移魔法を教えたのが俺だとか、俺の正体を明かす前にジン・アミウールだと見破ったことなど、ちょっと……いやかなり引っかかる発言を残していきやがった。


 アリエス浮遊島に戻り、ダスカ氏に顛末てんまつを告げたら、彼は首をひねった。


「かの皇帝に転移魔法を教えたのですか?」

「んなわけがない!」


 まったく心当たりがない。ノイ・アーベントの近くで一騎討ちした時に、俺が転移魔法を使いまくったのを見ただろうが、その時ディグラートルも転移魔法を使えたし。


「心理的な揺さぶりでしょうか? 友好的に振る舞っていても、彼とあなたは敵同士でありますし」


 心理作戦というやつか。表面上、敵意を見せないからと言って、それが全部本当で善意かは別だ。

 確かに、皇帝自身、俺とウィリディス軍や反乱部隊に多くの部下をやられているわけで、フードコートの常連だから友達になったわけでもない。


 が、それはそれとして一度、転移の杖で俺も一度飛んでみようと思う。


「SS諜報部に、ディグラートルの故郷のことを探らせよう」


 俺はダスカ氏と軍港へ向かいながら、思い出す。


「そういえば、彼には隠し子がいるらしいぞ。男の子へのプレゼントは何がいいか聞かれた」

「何と答えたんですか?」

「俺に息子はいないよ……今はね」

「予定は?」

「戦争が終わったらな。戦時下のストレスは、母子ともによくない」

「アーリィー様のお身体を気になさる」

「当然でしょ」


 愛する女性のことを心配しないでどうするというのか。俺はそこで、意地悪くダスカ氏を見た。


「あなたなら、男の子に何をプレゼントする?」

「私は未婚で、息子はいないのですが」

そっち・・・の息子を使う予定は?」

「相手を紹介してください」


 きっぱりとダスカ氏は言い放った。俺たちは軍港区画へ降りる。


「ここはいつ来ても壮観ですな」


 ダスカ氏は、巨大な施設、そしてそこに並ぶ鋼鉄の艦艇群を眺めた。


 総旗艦、巡洋戦艦『ディアマンテ』。大和級超弩級戦艦『大和』『武蔵』の二隻。これら三隻が、ウィリディス戦艦群でも存在感を見せつける。


 多砲塔突撃戦艦である『土佐』『加賀』『長門』『陸奥』が勢揃いする横で、やや小ぶりながら後部に空母の船体をつけた航空戦艦である伊勢級の『伊勢』『日向』が整備を受けている。

 日本の旧海軍の戦艦名を拝借したそれら。ヴェリラルド王国艦隊にと、ドレッドノート級戦艦八隻を貸し出しているから、ここだけ日本なのでは、と錯覚してしまう。


「八八艦隊か……」

「はい?」


 俺の呟きをダスカ氏は聞き逃さなかったようだった。


「八八八艦隊では?」


 俺の世界での、昔の戦艦建造計画のほうだよ、と思ったが口には出さなかった。説明が面倒くさかったからだ。


 一度は北方領に留めた第二艦隊は、母港であるアリエス浮遊島にいる。第三艦隊は、まだ北方領にいるので、ここに主力の空母艦隊はいない。我らが八八八艦隊――


 北方領と言えば、ジャルジー。新しい王国艦隊用に、改吹雪級駆逐艦や汎用量産空母である蒼龍級、そしてアンバル級をベースにした後継軽巡の開発が進んでいる。


「遺跡から回収した魔法文明艦艇も改造しないとな」


 四号浮遊島、七号浮遊島で回収した魔法文明艦艇も、順次アリエス浮遊島に送り込まれている。


「大半は連合国のほか、友好同盟国に送るんですよね?」


 ダスカ氏の問いに、俺は頷く。


「精霊システムをコピーコアに載せ換えて、他にもちょこちょこと規格をいじる。外装に手を加えないなら、半日から一日くらいで作業は終わるだろう」


 問題は、四号浮遊島の損傷艦艇だ。島が横倒しになったせいで落下、損傷した艦。これらは修理が必要だから、それなら外装にも手を加えて、ウィリディスやヴェリラルド王国艦隊用にしようと考えている。


 こちらは普通にクルーザー級を作るのと同じで、一隻あたり二日程度の時間でできるだろう。一から艦を建造するより、建造に消費する魔力は少なく済むのがメリットである。

 特に魔法文明ヘビークルーザーに対抗するクラスが、こちらに不足しているからその穴を埋めて倍返しするためにも、積極的に取り入れる。


 魔法文明戦艦の主砲サイズは、ウィリディスの戦艦主砲には数段劣るが、敵重巡キラーとしての大型巡洋艦ないし巡洋戦艦としては使い道があるだろう。


「充分に数が揃えば、連合国のケツを蹴飛ばして、大帝国本国への侵攻作戦を早めることができるだろう」

「訓練期間は短くなってしまいますが……」

「そこはうちのシェイプシフターと、コピーコアが補うさ」


 予め懸念されていたことだから、どうするかも決めてある。


「それにしても――」


 ダスカ氏は目を細めた。


「かつての文明のことを夢想していた者として、それに比肩しうる、いやそれ以上の艦隊が揃うのは、感慨深いものがあります」


 俺も想像してみる。ヴェリラルド王国艦隊、友好同盟国の艦隊が勢揃いし、数百の艦艇が大帝国本国へ進攻する姿――アニメとかハリウッド映画の世界だ。思わず感動に震えちまった。


「その中心は、このヴェリラルド王国だからな。母国の艦隊が中心とは、出身者とはどう思うね、ダスカ先生?」

「心が震えますね」


 破顔する魔術師。そこで思い出したように彼は言った。


「そういえば、国王陛下より、王国艦隊の旗艦用のふねを依頼されていたようですが……いいんですか? 作らなくて」

「すでに、図にはおこしてある」


 ヴェリラルド王国艦隊総旗艦――超々弩級戦艦。八八八艦隊計画の戦艦群の集大成。


 ディアマンテ、大和級を上回る全長300メートル超え。主砲はテラ・フィデリティア戦艦最大の20インチ――50.8センチプラズマカノン。ただし三連装とするか四連装とするかは検討中。前者をA案、後者をB案として、ディアマンテにチェックしてもらっている。


「国王座乗の旗艦になるからね。防御装置も多重に装備させる。これまでの防御シールドのほかに、世界樹遺跡から回収した結界水晶を利用した防御障壁も載せる」

「結界水晶といえば……エルフの里にあったあの……?」

「そう、外部からの攻撃を防ぐアレ」


 従来の障壁系より遥かに頑丈。もうそれだけでいいんじゃないかと思うが、何事にも備えは必要だ。


「ところで、ダスカ氏」


 俺は、この超戦艦の最大の懸案事項を口にした。


「名前なんだけど、二つ案があるんだがどう思う? 『キング・ジャルジー』か『キング・エマン』とするか」


 元の世界のイギリスじゃあ、『キング・ジョージⅤ』とか『クイーン・エリザベス』って軍艦があったんだけどね……。

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