第950話、時間の流れと浮遊島


 大陸殲滅砲『アギオ』がある浮遊島は一号島と呼ばれていた。


 アレティの説明を受けながら、俺たちは、地中に埋もれた一号浮遊島を探索する。

 砲口が上を向いていたので、島は横倒しになっていると思っていたのだが、そうではなかったようで、微妙に斜めではあるがそこまでひどく傾いているわけではなかった。


 例の特殊金属の構造体で囲まれている部分は、他の浮遊島のように生物の気配は一切なかった。

 ただし所々にゴミにしか見えない塊が落ちていたり、染みの後がうっすらと残っていたりはした。


「それ骨な」


 ベルさんは、ゴミのようなものを指した。


「たぶん、死体の残滓だろうよ」


 そう聞くと、被っている布をどける気にはなれなかった。染みは血の跡だろうかね。独特の臭気と埃っぽさが強い。


「施設はずっと動いていなかったのかね」


 照明もつかず、アレティが近くの端末を操作しようとしても、反応がなかった。


「たぶん劣化でしょう」


 彼女は言った。


「魔力が施設に行き渡らないままだったから、回線とか劣化したんだと思います」

「じゃあ、ここの施設は全滅か?」


 兵器の回収の必要もなかったり。俺が言えば、アレティは首を横に振った。


「いえ、世界樹が枯れていればそうですが、まだ生きているなら、中央制御室で施設を復活させられます。時間が少々かかるでしょうが、劣化した回線や部品も魔力再生されるはずです」

「魔力再生」


 拾ったアンバル級クルーザーを使えるようにした時もそれだった。つまり、ここに眠っている兵器類は、復旧の可能性があるから大帝国より先に回収するか、破壊しなくてはならないということだ。


「いっそ、この島を浮上させたりできないかね?」


 ベルさんが指摘した。


「大帝国も高空までは手が届かないんだろ? そこに浮かべておけば、アリエス浮遊島同様、拠点になるんじゃね?」

「魔法文明艦艇は、高高度も飛べますよ」


 アレティが言った。そうそう、大帝国の空中艦に限界高度があるのは、レシプロ機関の性能のせいだ。浮遊島を拠点にしていた魔法文明の艦艇は、これまで俺たちが安全だと思っていた高度にも昇ってくるだろう。


「あの皇帝のことだ。大陸殲滅砲付きの浮遊島なんて、絶対手に入れようとしてくるに違いない。ぶっ壊したほうが早いよ」


 俺が考えを言えば、ベルさんも頷いた。


 調査は続く。一度、浮遊島の地上部分に出ると、広大なドーム状の空間が広がっていて、遠方に世界樹が見えた。……一応言っておくが、ここは地下である。

 濃厚な魔力が漂っている。しかも……。


「何かいるぞ……!」


 魔力の漂う空間に、魔物的生き物が発生したのだろうか。コウモリとか昆虫型のモンスターが生息していた。


 アーリィーが驚嘆の声を出した。


「こんなところにも生き物がいたんだね」

「施設には入れなかったようだが、世界樹は空洞の中だしな。まあ、そこから生き物が入ってくることもあるんだろう……」

「相手にすることはないよな?」


 リーレが口を開いた。橿原はもの珍しそうに、双眼鏡で世界樹周りを眺めている。……たぶん暗視モードで。


「殲滅砲が島の先ですから、中央制御室は近いです」


 島の構造を知るアレティに従って、俺たちは先に進む。制御施設建物までポータル経由で出した浮遊バイクなどで向かい、そこから徒歩で内部へ。


 何とか制御室まで行けば、制御システムは待機モードで維持されていた。カードキーを使い、アレティが復旧の操作をすれば、制御の各機械、端末が光を灯して稼働し始めた。


「世界樹の魔力が各施設へ供給されました。断線している部分も魔力再生を開始……いずれは主要施設に行き渡ることでしょう」

「じゃ、こちらもやることやるか」


 兵器の回収と、回収できないながら危険な代物の爆破作業。


「あたしらは、何か遺物がないか探すよ」


 リーレと橿原は、目的としている元の世界への帰還の可能性のある魔法道具や遺物の探索にかかる。

 各担当のシェイプシフター兵たちも、それぞれの仕事を開始した。


「さて、ベルさん。復旧にどれくらい時間がかかるかわからないが、大帝国さんがこちらに向かっている」

「そうさな。迎え撃つ準備が必要かな?」

「このままにしておけば、一戦は避けられないだろうね」


 俺は頷いた。


「ポータルを置く仕事もあるが……どっちがいい? 敵を迎え撃つか、回収作業を監督するか」

「愚問だぞ、ジン。言うまでもない」

「だろうな。言ってみただけ」


 俺は回収作業。ベルさんは大帝国の調査艦隊の歓迎のため分かれた。



  ・  ・  ・



 一号島の戦力は、ほぼ原型を留めていた。

 ただし、長年の放置により劣化が著しく、そのままでは動かなかった。世界樹の魔力が施設に行き渡り、再生が進む中、格納庫やドックの艦艇にも魔力の充足と再生が行われた。


 テラ・フィデリティアの技術も凄いが、魔法文明の技術もまた素晴らしい。魔力を与えれば、時間はかかっても元通りに戻るなんて。

 元の世界なら、びまくってどうにもならないからお手上げ、ってこともあるのに。


 だが、逆に言うと再生するから、放置できないという問題もあった。復旧できないレベルに破壊するか、それとも戦力化のため、再生させてから持ち帰るか。

 流れるように後者を選択したが、大帝国と事を構えることになるので、破壊するという前者もありだ。


 世界樹の無尽蔵な魔力供給があるからこそ、ここで再生させたほうが、俺たちウィリディス勢が魔力を使うことはない。戦力化させるなら、ここで待たなくていけないのだ。

 持ち帰ってからの再生では、ただでさえ魔力消費を気にしている現状、他の部門を圧迫する原因となる。


 時間稼ぎが必要だ。それも、ベルさんが今、迎撃の準備をしている小手先の防衛ではなく、大帝国本国を揺さぶるような大きな、何かが。


 ……ちょっかい、出してみるか。

 俺はアーリィーとアレティに、転移でアリエス浮遊島に戻ると知らせる。黙って移動すると、何かあった時に俺がいないって騒ぎになるからね。

 転移魔法で、アリエス浮遊島へ移動。そしてディアマンテとスフェラ、そしてダスカ氏を呼んで、俺は考えていることを説明した。


「少々、危険ではないですか?」


 ダスカ氏が難色を示したが、俺は「試すだけだ」と答えた。


「うまくいけば儲けもの。ダメで元々」


 どうせやろうと思っていたのだから、さっさとやってしまおう。俺の言葉に、一同は了承した。


 かくて、俺は次にノイ・アーベントへ移動した。

 時間帯は夕方。もう少ししたら、かの御仁がフードコートに現れるだろう。一応、護衛役のシェイプシフター兵を配置して、俺は時間を潰す。住民や旅人が増え、大忙しになる少し前、待ち人は現れた。


「おやおや、これはこれは、トキトモ侯爵」

「ご無沙汰しています、ブル」


 ――ディグラートル皇帝陛下。


 食事はノイ・アーベントのフードコートで。

 すっかり常連としている大帝国皇帝が、お忍びで現れた。

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