第934話、間一髪潜り抜けて


 明らかにパワーアップしたドゥエル・ファウストのクローがドリルと化して、アヴァルク・カスタムのボディに直撃した。


 俺の眼前で正面右側からモニターが砕け、フットペダルのギリギリ前をごっそり削りとられる。飛び散った破片が散弾の如く俺にとんできた。


 が、魔法具の防御効果が阻止!


 しかしコクピットの前半分がきれいさっぱりなくなっていた。あと一歩踏み込まれていたら、ドリルでミンチにされていた。


 間一髪。

 マジ危ねぇ! いかに魔法具や魔法障壁を張ってもドリルの直撃は防ぎ切れなかっただろう。

 そのまま倒れ込むアヴァルク・カスタム。


『よくも!』


 ディーシーの声。アヴァルク・カスタムの両肩シールドが外れ、それ自体がビットとなって飛ぶと、急に白化から元の赤に戻りつつあったドゥエル・ファウストの両肩に突き刺さった。


『ぐぬっ、仕留め損ねたか!』


 ドゥエル・ファウストは後方へ跳躍すると、そのまま離脱にかかった。


『口惜しい。勝負は預けたぞ!』


 そう捨て台詞を残して、魔神機が俺の視界から消えていく。


「何で逃げた……?」


 ほとんどトドメを刺せる状態だったのに。……そういえば装甲の色が元に戻りかけていた。魔力切れか? 消耗による限界が近づいていたのかもしれない。

 俺は無意識のうちに溜めていた息を吐き出した。命拾いしたかな。


「ディーシー、生きてるか?」

『危ないところだったがな。……主は、怪我はないか?」


 心配されてしまった。悪い気はしない。


「危ないところだったよ。……あれ、操縦系がイカれたか? 動かないな」

『配線が切れたんだろう。心配するな、ゴーレムコアの自動操縦は受け付けているようだし、いざとなれば我が動かしてやる』

「助かる。それにしても」


 ベルさんのほうはどうなった? ベルトを外し、コクピットから外へ。倒れ込んでいる姿勢のせいで、そのままだと見えないのだ。


 金属のぶつかる音が木霊している。まだ戦っているのだ。……おっと。


 ブラックナイトとドゥエル・シュヴェーアトが剣を交えている。しかし、ブラックナイトの形が、変わっているような……?


 元から尻尾付きで、悪魔の騎士っぽいスタイルだったが、それがより魔物に近づいたような――


「ベルさん、魔力で機体を作り替えたな……」


 きっとブラックナイトを、シュヴェーアトとの戦いの中で進化させたのだ。


「それだけ、強いってわけか、魔神機は」


 そこで唐突に、シュヴェーアトが退却した。……こっちは互角にやっていたようだが。何かあったのかね。



  ・  ・  ・



「……むぅ、まだ決着はついていないというのに」


 ザイドゥル・グリーヴは、ドゥエル・シュヴェーアトのコクピットで思わず吐き捨てた。


 実に手強い相手だった。最初は好敵手とまみえたことを喜んだが、途中からそんな気分は吹き飛んだ。


 追い込んだと思った瞬間、敵機の形状が変わったのだ。さながら魔獣か悪魔と戦っている気分になった。

 これは倒しておかねばならない敵だ。ザイドゥルは騎士の本能でそれを悟った。


 だが、そこへ司令部から撤退命令が出た。


 騎士であり、帝国に忠誠を誓う軍人であるザイドゥルは、命令を無視することができなかった。

 先に退却していたドゥエル・ファウストに追いつく。すぐに機体に損傷があるのが見えた。


「レオス、大丈夫か? ダメージを受けているようだが?」

『魔力をほとんど使ってしまったんだ』


 通信機からは、ファウストのパイロット、レオスの声が返ってきた。普段から静かではあるが、ハキハキと声に力のある青年なのだが、だからこそ余計に疲労を声から感じた。


「貴様をそこまで消耗させたのか……」

『なに、もう少ししたら修復できる程度に魔力は回復する』

「ならばよい。……しかし、ファントムアンガーにあれほどのツワモノがいるとはな」

『魔法文明の技術を、彼らも持っているようだ』


 レオスは言った。


『後から現れた援軍の二機。魔神機を解析して作られた機体ではないだろうか』

「確かに、現代の技術でアレを大帝国以外に使いこなせるとは思えないな」


 大帝国が何度も煮え湯を飲まされるわけだ、とザイドゥルは認めた。


「だが、次にまみえることがあれば、必ず我が剣にて討ち滅ぼしてみせよう!」



  ・  ・  ・



 ベルさんと俺は、マッドハンターら現地ファントムアンガー部隊と合流した。強襲揚陸艦『フォーミダブル』の格納庫は閑散としていた。


「第四魔人機大隊は、連合各国に散っているからな」


 マッドハンターは、大破した自分のカスタム・アヴァルクと、俺の機体を眺める。


「パイロット教育もだが、前線にも分散配置されている。そこにきて魔神機、だったか? あれに補強した分も含めて二個中隊がやられた」

「シールドがかなり厚かったよな」


 俺は頷いた。


「対策を考えないと、魔人機もヤバい」

「主力武器が効かないのではな、勝負にならない」


 異世界でロボット兵器専門のパイロットだった彼は続けた。


「所詮、兵器は武器を使うためのプラットフォームで、それを活かすためにある。有効な武器がなければ意味がない」

「手厳しいお言葉」

「あんたには言わなくてもわかっているだろうが、前回と今回で、合計十人のパイロットが戦死した」


 マッドの横顔はしかし、微塵も感情を感じさせなかった。


「シェイプシフターパイロットはすぐに補充できるが、他のパイロットはそうはいかない。開戦以来のベテランを何人も失った」

「大きな喪失だ」

「まったくだ」


 マッドは頷いた。


「まぁ、魔神機とやらのシールドも、まったく貫けないわけじゃない」


 威力の高い武器は障壁を突破した――と歴戦のパイロットは証言した。


「こちらでも対策と戦術を考えるが……、あんたも大変だな、侯爵殿」

「記録は検証する。俺としても、負けっぱなしというのは面白くないからね」


 そう答えた時、ファントムアンガー兵がひとり、走ってきた。


『閣下、緊急電です。世界樹遺跡に展開中の護衛戦隊が、敵部隊と交戦中!』


 それって、アーリィーたちがいる遺跡だよな!?

 何とも忙しいことだ。まったくもう……。


「マッド、ここの処理は任せる。俺とベルさんは急ぎ戻る」

「了解」


 俺はベルさんを呼ぶと、ポータルで移動するのだった。

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