第930話、冒険の船
快速浮遊艇アドヴェンチャー号は、ある意味子供の頃の願望を大人になって叶えたものと言えた。
九頭谷が、世界を冒険したい、そのために浮遊船が欲しい、と言ったのが、その忘れかけていた子供心を俺に取り戻させた。
平和になったら自分の船で旅に出たい――まあ、現実には戦時中であるが、かといってまったく出番がないわけでもない。
今回のように、味方がいる場所へ移動する際、軍艦だと大げさ過ぎるし、かといって戦闘機は基本一人か二人乗りだから、数人と一緒に行動するには不便だ。要するに小回りが利くのだ。
呼んだメンバーが集まるまで、俺はトキトモ領侯爵としての書類仕事を少々やった。領主自らが決裁をしなければならない用件以外は、ノイ・アーベントの管理コアであるガーネットが処理してくれていた。
方針さえ示せば、人工ダンジョンコアである彼女の管理能力は優れている。人間が指示しなくても、住民が快適に暮らせる――全自動制御システムであるグラナテ型コアの面目躍如である。
ノイ・アーベント以外の集落も、ガーネットが、そのコピーコアの情報をもとに運営している。俺は椅子に座って、都市運営ゲームをやっているような感覚で報告を眺めて、必要な処理をするだけでよかった。
適材適所。そして任せる部分は任せる。いちいち全部独りでやるなんて無理な話なのだ。
とはいえ、時々実際に現地を見にいく必要はある。数字やデータではわからないこともあるのだから。
そんな雑務処理をしていたら、ジャルジーが俺の元を訪ねてきた。……おや、北方防衛線の後処理や、王国艦隊の正式発足の準備をしていると思ったんだけどな。
「兄貴、物は相談なんだが、……大帝国を今のうちに叩いておかないか?」
「……というと?」
話を聞いてみると、彼は北方防衛における地上戦の損害の大きさに憂いを持っていた。防衛戦を続けていれば、いずれは戦力が底がつく。
ジャルジーは、今回もまた多くの北方領兵士の死を見送った。失えばゴーレムとシェイプシフターで、いくらでも穴埋めできるウィリディス軍と違い、ジャルジーのケーニゲン軍は、帝国と衝突するたびに兵員を失い続けていた。
「大帝国は、王国攻略に失敗した。西方方面軍には大打撃を与えたし、しばらく攻めてこれないだろう。なら、今、大帝国の中枢、本土帝都を攻撃すべきではないだろうか」
帝都を叩いて、さらに大帝国に打撃と混乱を。上層部を叩ければ、現体制の崩壊と、早期戦争の終結が図れる――ジャルジーの言うところはつまりそういうことだ。
……うん、それは俺も考えた。考えたんだがな。
当初は、俺が英雄として注目を浴びるのが嫌だからという、個人的理由もあった。が、今はジャルジーがその気になっているため、彼が率先してくれることで英雄に充てることできる。
だから帝都襲撃を『ヴェリラルド王国艦隊』が行うことは問題はない。戦後の王国の立ち位置など問題はあるが、残念ながら、当初と現在では、状況が異なっている。
帝都を叩いたくらいで大帝国――あのディグラートル皇帝は揺るがないのだ。
「残念ながら、西方方面軍は弱体化したが、大帝国本国が手薄というわけじゃないんだ」
SS諜報部の情報を開示しながら、俺は説明する。
現在、大帝国は四百隻もの魔法文明艦艇があり、無人四脚戦車ほか、発掘された魔神機・魔人機が多数存在する。
仮に、ウィリディス軍全艦艇、全戦力を投入した場合、帝都襲撃は成功させられるだろう。
だが、それで被るだろう損害もまた大きいものになる。
現状、あの皇帝陛下を抹殺する手段がない今、帝都を焼け野原にして、軍の要人を吹き飛ばしたとしても、あの皇帝は痛くも痒くもない。魔法文明時代の兵士養成技術があるから、皇帝の独裁体制が強化されるだけとなろう。
「あと、帝都の防衛についてだが、連中、結界水晶を配置している」
「結界水晶? なんだそれは?」
「エルフの里でも使われている外部からの侵入と攻撃を防ぐ結界だ。これについては、俺もつい最近知った」
SS諜報部経由の情報である。大帝国さんも帝都の守りは厳重にしているということだ。エルフたちが古代魔法文明時代に生まれ、結界水晶もその時代の代物であるなら、文明の遺跡発掘をしまくっている彼らが入手してもおかしくない。
「どうもシャドウフリートの攻撃を警戒して、密かに準備していたようだ」
大帝国だって馬鹿ではない。反乱者の艦隊が神出鬼没な以上、帝都だって攻撃されるかもしれない、と考えるのが普通だ。
「先日、スパイトフル作戦でマキシモ軍港を破壊した後、帝都で結界の稼働テストをやっていたから、存在するのは間違いない」
逆に言うと、スパイトフル作戦をやっていなかったら、結界の存在を見落としていた可能性すらあった。
「つまり……帝都攻撃は不可能ということか」
「『今』はな。だが結界水晶の位置を把握し、動作させなければ攻略は可能だ」
かつて、エルフの里が青色ダークエルフの軍に襲撃された時に、結界突破の方法のヒントは得ている。
「襲撃はできる。俺としても、帝都攻撃はやるつもりだったからね」
それが少し先になる、という話である。
・ ・ ・
ジャルジーが帰った後、呼んだメンバーが揃ったので、俺はアドヴェンチャー号のある発着場へ向かった。
全長27.1メートル、全幅24メートル、全高14.5メートル。
箱形の船体に、後部に二枚の主翼、尾翼がある。その主翼には、四基のインフィニーエンジンが上下に分かれてついていた。
武装は、船体上面と機首下面に旋回式連装プラズマ砲、主翼の先端に単装のプラズマ砲が搭載されている。
内部は三階層に分かれていて、コクピットは中階の機首部分にあたる。上階と中階の船体中央は居住区。中階後部と下階はカーゴブロックとなっている。
船体カラーはメインに灰色、サブの赤がアクセントだ。
「へえ……」
黒猫姿のベルさんが、アドヴェンチャー号を見上げる。
「こいつが冒険のための船か」
「戦争が終わったら、気ままに世界一周も悪くないな」
アーリィーやサキリスらも、興味深そうに船を見上げている。タラップを登り、いざ船内へ。
シェイプシフターメイドが二人――紫髪のヴィオレッタ、緑髪のヴェルデが、俺を出迎えた。
「ご主人様、我々がサポートクルーとして、アドヴェンチャー号に搭乗いたします」
「うん、よろしく」
ちなみに、スクワイアゴーレムのグリューンも、サポートとして乗り込んでいる。
操縦席へ向かう。中は広々としていて前に操縦席と副操縦士席、左右に観測席、移動式機長席もあって、全体の配置はポイニクス高高度輸送機と似て、艦艇のブリッジのような印象だ。
「はい、ジン! はい!」
アーリィーが手を挙げたが、俺は苦笑する。
「悪いね、アーリィー。今回だけは操縦席は譲れない」
俺の船、でもあるからね。操縦したい気持ちはわかるし、いずれは君にも譲るけど、最初だけは俺の好きにやらせてもらうよ。
ということで、俺は操縦席に。
起動スイッチを入れて、機体のチェック。アーリィーは副操縦席について、サキリス、ラスィアは左右の席へ。機長席はベルさんがよじ登り――
「ほら、ユナ公、お前もここに座れ。高いところから見えるぞ」
と、銀髪の魔術師を呼んだ。こういう時、とくに操作とかしないユナは、素直に機長席に座り、ベルさんをぬいぐるみよろしくその巨乳で抱いていた。……久しぶりに見たぞ、その光景。
インフィニーエンジンの稼働音が耳に届く。やがて出発の準備が整い、俺は操縦桿を握った。
「それじゃ、発進する。シートベルトは……してるね?」
では、発進だ!
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