第905話、巨獣の目覚め
フルーフ島司令部にいたヴェルガー伯爵は、島の航空基地から発進した偵察機により、リヴィエル海軍の動きを掴んだ。
この敵の動きは、ノルテ海艦隊主力の出払っている隙をついたものである。
今では旧式である戦闘帆船は、ノルト・ハーウェンの港に張り付けているため、フルーフ島の防衛は、わずかな航空機と陸戦隊のみ――ということになっている。
「伯爵閣下、新たな報告です! 大帝国の空中艦が現れました! クルーザー級が三隻、本島に向けて接近中です!」
「リヴィエル海軍を支援するつもりか」
ヴェルガー伯爵は顎に手を当てる。この空中艦は、陸戦隊を積んでいるのか。はたまたリヴィエル海軍の上陸のために、こちらの施設を爆撃するつもりなのか。
「空陸同時攻撃か。これはさすがに、防衛戦力が足りないな」
一応、ウィリディス軍の魔人機部隊の他、対艦用の要塞砲も新設されているが――
「いや、ここはノルテ海に守護神ありと見せてもいい頃合いだろう」
「では……」
「うむ。艦橋に上がる。準備したまえ」
ヴェルガー伯爵の指示に副官は下がり、その命令を伝えに行く。
さて、私も着替えるとするか――伯爵は、戦闘装束へと着替えるために、一旦退出する。
私室に用意されていたそれは、異世界、いや元の世界で馴染んだ紺色の軍服だった。ノイ・アーベントから、トキトモ侯爵が贈ってきたそれに袖を通す。
とても懐かしい気分になる。ヴェルガー伯爵は、それで自分が異世界の住人だったのだと強く実感した。
手早く着替えを終え、司令部――いや司令塔ではなく、その上にある艦橋へエレベーターで昇る。
塔のように高いそれは、この建造物をフルーフ島の監視塔と言わしめたが、むろん、本当の用途は別にある。
艦橋にヴェルガー伯爵が足を踏み入れれば、すでに乗員が揃い、戦闘配置についていた。
「閣下」
艦長であるクライス――ウィリディス軍からの出向組である海軍士官が敬礼した。四十代半ば、中肉中背で、どこか日本人のような顔をしているが、その正体はシェイプシフターである。もちろん、ヴェルガー伯爵はそれを知らない。
「観測の報告で、敵空中艦を視認いたしました。真っ直ぐこちらに向かっております」
「クライス君、準備はどうか?」
「艦内機構に異常はありません。いつでも出航可能です」
「では、始めよう。艦外の擬装を解除!」
「はっ、艦外擬装、解除!」
クライス艦長の声が響き渡り、続いてヴェルガー伯爵――いや異世界海軍軍人、ニシムラは声を張り上げた。
「抜錨! 『山城』、出航せよ!」
抜錨、『山城』出航!――艦長の復唱。司令部にある二つある塔状の艦橋、その左側でそれまであった建物が、まるで初めから存在しなかったように霧散し、二本の砲身を持つ巨大砲塔を背負い式にした艦首部が露わになった。
それはかつて異世界に存在し、時代の流れで消え去った巨艦――その名を『戦艦』と呼ぶ。
・ ・ ・
旧日本帝国海軍、扶桑型戦艦『山城』は、同型の二番艦である。
1913年11月20日に起工、就役は1917年3月31日。
完成当時、日本帝国海軍において最強の戦艦であり、世界でも最大の戦艦であった。当初は約3万トンの排水量も、改装が加えられた結果、3万5000トン近くなった。
だが、第二次世界大戦の頃にはいささか旧式化も目立ってきていた。
45口径35.6センチ連装砲6基12門を搭載。しかし艦に多数並べた主砲によって、防御区画が長くなり、全体的に装甲は薄め。また速度も低速だったため、戦時はほとんど出番がなかった。
しかし大戦後半、レイテ海戦において、第一遊撃部隊・第三部隊としてネームシップである『扶桑』とともに参戦。圧倒的な敵艦隊に立ち向かい、壮絶な最期を遂げた。
・ ・ ・
異世界において、具現化した戦艦『山城』は、ウィリディス軍のジン・トキトモの個人的趣味によって、ノルテ海に出現した。
彼は、廉価兵器製造案の中に、乗員を最低限にしたゴーレムコア制御の簡易型戦艦の設計案を計画していた。
ダンジョン・コア工法とテラ・フィデリティア式建造工法を組み合わせ、中身を大胆に簡略化したそれを考えていたが、ノルト・ハーウェンを治めるヴェルガー伯爵が、かつて異世界人であり、ニシムラという名前だったと聞いた時、扶桑型戦艦のヴィジョンが脳裏によぎったという。
扶桑型戦艦二隻が散った最期、その戦いを指揮していた提督は、西村という名だった。
かつてイラストを嗜み、旧海軍の戦艦の画も外側だけなら書けると豪語するジンは、この簡易型戦艦の外装を扶桑型戦艦のそれとして設計し、建造にかかった。
その結果、扶桑型戦艦の外装を持った水上戦艦が、ノルテ海に配備されることになった。
ただ、ジンはその外装を描くことはできても、その内部構造にまで精通していたわけではなく、そこはまったくの別物として仕上げられた。
つまり、戦艦の顔とも言える主砲、35.6センチ連装砲は、ディアマンテ級巡洋戦艦が搭載する35.6センチ連装プラズマカノンと同じものを流用された。また艦中央の15.2センチ副砲や連装の高角砲も、アンバル級などで使用されるプラズマカノンだったりする。
各種センサーや電子機器もテラ・フィデリティア式にグレードアップされた結果、旧海軍時代のそれよりも遥かに高い攻撃力を手にした。
なお、この世界の海の生物に対抗するため、水中魚雷発射管や多連装対潜ロケット砲など、それまでなかったものまで搭載されている。
そして擬装を解除し、戦艦『山城』は、フルーフ島ドックからノルテ海に漕ぎ出した。
全長225メートルの水上艦は、大帝国の人間ですら見たことがないだろう。空中戦艦ならば、それを超える船はあれど、水上を行く軍艦としては、この世界最大クラスの巨艦と言える。
……実は空母『飛隼』のほうが、微妙に長いのだが、排水量では文句なしで一番であろう。
「閣下、敵クルーザー、本艦の右舷方向より接近中!」
クライス艦長が双眼鏡でそれを覗いている。ヴェルガー伯爵――いや、ニシムラ提督はカッと、空の敵を見据えた。
「右砲戦! 一番、二番砲塔、敵左翼艦! 三番、四番は、敵中央艦。五番、六番は敵右翼艦を砲撃!」
右、砲戦、よーい! ――艦長が受話器を使って砲術科に指示を出す。
戦艦『山城』の艦首二基、艦体中央、煙突を挟んだ二基、そして艦尾の二基のプラズマカノン砲塔が右舷方向へ重々しく旋回を開始する。
砲塔側による各個射撃。遠方に実体弾を飛ばすのであれば、ひとつの目標に集中したほうが命中率が上がるが、ほぼ直線に飛ぶプラズマカノンであるなら、それぞれの照準でほぼ確実に当たる。
砲身が持ち上がり、35.6センチの砲口が、飛来する大帝国空中艦に向く。
「閣下。各砲、射撃準備、完了です」
クライス艦長が受話器を手に、ニシムラを見た。提督は頷いた。
「撃ち方始め」
「撃ち方始め!」
艦長の命令が受話器を通して、砲術長、そして各砲塔の射撃装置――ゴーレム・コアに伝わった。
その瞬間、六基十二門のプラズマカノンが青い光のビームを放った。
虚空一閃。青き光の矢は帝国Ⅱ型クルーザーの艦首から中央までを一気に撃ち抜く。戦艦クラスの主砲の直撃を受けて無事で済むはずもなく、三隻のクルーザーはほぼ同時に爆発四散した。
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●扶桑型戦艦『山城』
全長:225メートル
基準排水量:3万5000トン
速力:24.8ノット
武装:35.6センチ連装プラズマカノン×6
15.2センチ単装プラズマカノン×14
12.7センチ連装プラズマ高角砲×4
20ミリ対空機関砲×14
45センチ魚雷発射管×6
多連装対潜ロケットランチャー×6
テラ・フィデリティアの技術を用いて建造された廉価兵器製造計画産の水上航行型戦艦。ノルテ海の防衛艦隊旗艦として、フルーフ島に配備された。
外見こそ、旧日本帝国海軍の扶桑型戦艦を模しているが、内部はかなり簡素化されている。扶桑型の特有の艦橋は、魔法により監視塔に偽装、また船体も防衛施設に化けていた。
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