第906話、扶桑型戦艦、異世界の海を征く
フルーフ島へ向かっていた帝国空中艦三隻が爆散した。
クリュール女侯爵率いるリヴィエル大帝国派海軍は、グロワール級戦闘帆船以下、この日のために集結した近隣諸侯軍を含め、五十隻を集めていた。
ガニアン王子に賛同した大帝国派は、隣国ヴェリラルド王国へ先祖の代からの怒りをぶつけようと挙兵した。
クリュール侯爵も、父や祖父からその怒りや恨みを吹き込まれて育った。今年三十になる彼女は、その美貌と相まって諸侯らから人気があり、大帝国派に周辺一帯の諸侯を取り込むことに大きく貢献した。
かくて、大帝国のヴェリラルド侵攻に合わせ、諸侯連合艦隊を編成。手始めにフルーフ島を攻略しようとしたのだが……。
「な、大帝国クルーザーが瞬時に爆発!? な、なんですの、あの魔法は!?」
彼女は、いやその将兵は、誰ひとりプラズマカノンなる兵器を見たことがない。それゆえ、古代機械文明時代の兵器を魔法と解釈してしまう。
「閣下! フルーフ島より……あ、あれは何だ!?」
報告が、その役割を果たしていなかった。クリュール侯爵がそれを咎めようとした時、その異様なものに気づいた。
錯覚かと思い、しかしよく見るために望遠鏡を手に取る。
それはクリュール侯爵が見たことがない巨大な船。一瞬、島かと思ったそれは鋼鉄に覆われた海に浮かぶ城のようであった。
「何だ、あれは――!?」
臣下たちも、海を行く黒鉄の城じみた軍艦の姿に度肝を抜く。
何より大きさが異常だ。全長70メートルのグロワール級の三倍以上もの巨大な構造物が海に浮いているのである。帆もないそれは、果たして船なのか。
「あんな城塞があるなど聞いていない!」
クリュール侯爵は声を荒げた。フルーフ島攻略に、あんな城壁のようなものは想定されていない。しかも、大帝国の空中艦を粉砕したのも、あの城塞の魔法だろう。
女伯爵は、背筋が凍りそうな寒気を感じたが、それを振り払う。
「予定を変更! ノルト・ハーウェンに針路を向けなさい!」
回頭、リヴィエルの戦闘帆船は、その
城塞攻略は手こずりそうだと感じた。得体の知れない不安が先行し、攻撃対象をより簡単な港町に定めたのだ。
このクリュール侯爵の判断に、一部の将兵は敵を前に怖じ気づいたのでは、と考えた。だが現場に立つ諸侯ら上位者に、女侯爵の判断に反対する者はいなかった。
皆、この女侯爵に魅了されていたのだ。
・ ・ ・
「敵船団、針路を変更!」
見張り員の報告が、戦艦『山城』の艦橋に響いた。ニシムラ提督は双眼鏡を覗き込む。その隣でクライス艦長も、首から下げた双眼鏡を手に口を開いた。
「引き返しますかね。敵はこちらに恐れをなしたのでしょうか」
「ふむ……。このまま引き返してくれても一向に構わんが」
しかし提督の思いは残念ながら叶わなかった。見張り員からの続報は――
「敵船団、針路固定! ノルト・ハーウェンへ向かう模様!」
「……」
「本拠地を先に叩こうという腹でしょうか」
クライス艦長の目が、ニシムラの横顔に向けられる。ノルト・ハーウェンを治めていたヴェルガー伯爵としての日々。思い入れもあるだろう。そんな提督の目に強い憤りの感情の色が浮かぶ。
「艦長、敵船団の先を行く」
「はっ! 機関、最大戦速用意!」
艦長が踵を鳴らし、振り返って命令を発する。ニシムラは正面を見据える。
「ノルト・ハーウェンを奴らの好きにさせるわけにはいかん。本艦をもって、防壁とならん」
その時、新たな報告が、彼らのもとに届いた。
「閣下、フルーフ島軍港より『フソウ』出航しました。本艦と合流します」
「『
山城は、扶桑型戦艦の二番艦である。旧海軍でもそうであり、この異世界でも扶桑型の二番艦として具現化したならば、当然一番艦も存在していて不思議はない。
そもそも、思い出してもらいたい。フルーフ島の監視塔と思われていた扶桑型戦艦の艦橋は『二つ』あったのだ。一つが『山城』のものであれば、残るもう一つは……同じ戦艦のものということになる。
かくて、異世界の海に、扶桑型戦艦を模した超弩級戦艦の姉妹艦二隻が揃い踏みとなった。
『山城』に合流した戦艦『扶桑』は、山城と同型艦としつつも細部に違う点がいくつも存在した。
たとえば積み木を積み上げたような少々歪ながら高い艦橋の形。
たとえば六基ある主砲のうち、前から三番目の砲が、扶桑では前向きなのに対し、山城は後ろ向きであったり、など。
このあたりは、かつて海軍マニアだったジン・トキトモの史実のこだわり再現だったりする。
二隻の扶桑型戦艦は、白波を蹴って、海上を滑るように疾走する。その速度は23ノット後半。帆船など足元に及ばない高速で突き進み、リヴィエル海軍艦隊の針路を遮るように追い越した。
これに驚いたのは、リヴィエル艦隊である。帆もない、鋼鉄で全体を覆われた、どう見ても重そうなそれが、帆船を軽く追い越してしまったからだ。
戦艦『山城』の艦橋。ニシムラ提督は戦闘準備にかからせる。
「右砲戦。主砲ならびに副砲、敵船団を掃討せよ!」
『山城』『扶桑』の35.6センチ連装プラズマカノンが右方向へ旋回、その砲身がほぼ水平に倒される。
また艦体中央付近に、片舷七基ずつ収められている15.2センチ単装プラズマカノンもまたそれぞれリヴィエルの戦闘帆船へ、砲身が向けられる。
ほどなくして、射撃用意完了の報告が、クライス艦長の元に届いた。
「閣下」
「砲撃始め!」
『山城』の連装プラズマカノンが青い光を立て続けに放った。
その光はあっという間に目標とされたグロワール級戦闘帆船を飲み込み、そして貫通した。
まさしく薙ぎ払われたかのように、六基十二門から放たれた光が通過した海面上にあったものは綺麗さっぱり吹き飛んでいた。木製の船体もマストも、そこに貴族や騎士、水兵問わず、平等にすべてを塵に変えたのだ。
『扶桑』もまた主砲を放った。突風が吹き荒れ、そこにあったものを根こそぎ吹き飛ばすように戦闘帆船が数隻、波間に消える。
そして始まる扶桑型戦艦二隻の副砲群の連続射撃。七基ずつ、合わせて十四門のプラズマカノン副砲が次々に標的を撃ち抜く。
ノルテ海艦隊のヴィントホーゼ級巡洋艦は同サイズの主砲を三基装備するが、この巡洋艦が四隻半いるのと同じ火力が、リヴィエルの戦闘帆船を次々に海の
まさしく一方的。まさしく戦艦。こと火力において、海軍の女王として時代を築いた最強の軍艦の面目躍如である。
……もっとも帆船という数世紀時代遅れのシロモノが、最盛期の戦艦に敵うはずもなく、まさに大人と赤子が戦うようなものだった。
大帝国海軍と共同し、フルーフ島およびノルト・ハーウェン攻略を目指したリヴィエル大帝国派海軍五十隻は、ここに壊滅したのだった。
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