第907話、報告会、そして次の戦地へ
ウィリディス白亜屋敷。俺は、ニシムラ提督――ヴェルガー伯爵と共に、エマン王にノルテ海の制海権確保とフルーフ島、ノルト・ハーウェン防衛の成功を報告した。
「ノルテ海に展開した大帝国海軍は壊滅。大帝国に与するリヴィエルの大帝国派も、その海上兵力をほぼ喪失しました」
白い丸テーブルを挟み、国王陛下、俺、そしてヴェルガー伯爵が紅茶とチョコレートケーキをおやつに会談である。
非公式な場なので、報告でありながら、プライベートの延長のような空気があった。……まあ、そう感じていたのは俺とエマン王だけで、同席した伯爵は少々緊張しているようだった。
「ノルテ海に、王国を脅かす存在はありません。大帝国が増援を寄越さない限りは」
「うむ、よくやった、ジン。そしてヴェルガー伯爵」
「はっ!」
すっとヴェルガー伯爵は頭を下げた。
「ウィリディスの技術と軍に救われました。トキトモ侯のお力添えあればこそであります」
「……だ、そうだが、ジン?」
そんな持ち上げないでいただきたい。技術を組み合わせただけで、その全部を俺ひとりでどうにかしたわけではない。
「確かに性能差は隔絶したものがありました。大帝国側が、ノルテ海に古代魔法文明技術を使わなかったということもあって、勝って当然だったところはありますが、それは結果論です」
魔器や古代魔法文明艦艇を使ってきたら、それなりに損害も出ただろう。何せノルテ海艦隊は数が少ないからね。
ユニコーン級旗艦の遊撃隊を予備兵力として待機させたり、ベルさんが魔人機で大暴れという助っ人参戦もあったが、勝ててよかったと思う。
「いかに兵器が優れていようと、適切に運用できねば宝の持ち腐れ。その点、現地のノルト・ハーウェンの兵たちの献身とその働きぶりは、賞賛に値します。……伯爵も、戦艦二隻でリヴィエル艦隊を撃滅された。さすがです」
「恐縮です」
……俺のほうが恐縮です、ニシムラさん。
完全勝利である。自軍の損害は、ヴァール級潜水艦が1隻、敵水中生物との戦闘で軽微な損傷をしたのと、シーファング戦闘攻撃機が、敵魔法を回避した際に、敵船のロープに機体を引っかけてしまい武器翼が吹っ飛んでしまったくらい。
水上艦艇群は無傷。ノルテ海に、戦艦二隻を含めた巨艦が存在することを内外に知らしめた。また、艦艇乗員は戦闘経験を積むことができた。
これで大帝国の『夏』作戦を潰した。後は『春』と『秋』作戦である。
「敵の空中艦隊が、王国北方領近くに待機しており、現在、ウィリディス第一艦隊が、その侵攻に備えて警戒しています」
「春作戦とやらだな。そして秋――」
「王国東部領、ノベルシオン国軍の侵攻」
俺はSS諜報部からの最新報告を思い出す。
「で、このノベルシオン国軍が動き出したとの報告を受けています。私は次は、そちらかな、と――」
「うむ……息つく間もなし、だな」
エマン王が、心持ち申し訳なさそうな目を向けた。俺はフォークで切り取ったケーキの欠片を口に運ぶ。
「お菓子を食べる余裕はありますよ」
のんびり休憩だってとれる。多くの人を集めて、王陛下への杓子定規な報告会なんて開かず、お茶しながら話せるというのは、俺としてもありがたい。むしろ、エマン王にはそういう配慮をしてもらってばかりいる。感謝である。
「代わりの者がいればよいのだが……無理だろうな」
エマン王は苦笑する。
「賢者の頭脳に匹敵する者など、そうそうおるものではない」
「私も、何かお役に立てればよいのですが。……何かありませんか?」
ヴェルガー伯爵が申し出てくれた。うん、俺の代わりにウィリディス艦隊を指揮しますか? と言ってもよかったのだが――
「伯爵には、ノルテ海と艦隊をお願いします。大帝国やリヴィエル大帝国派がしばらく動けないとはいえ、油断するわけにはいきませんから」
「はい、心得ております」
ヴェルガー伯爵は頷いた。そこでエマン王が俺を見た。
「ジン、お前の代わりはいないと言ったが、ひとつ頼まれてはくれないか?」
「何でしょう」
「ジャルジーのことだ」
王は考え深げな顔になる。
「あやつは、次の王だ。世界は新しい戦争の形に突入した。その中で、国を率いる者として、ウィリディスの戦いぶりを奴に学ばせたい」
ヴェルガー伯爵が意味深な視線を寄越した。この人も、自分の息子を俺の下で戦わせた。それでいえば、クレニエール侯爵も息子のアルトゥル君を俺のもとに寄越している。
ジャルシーにも同様に、近代的戦争の指揮を間近に見せておきたいというエマン王の意見だった。
……まあ、いまさら隠し立てするような相手でもあるまい。むしろ、ウィリディスでは指揮官クラスの人材不足が深刻である。それぞれ武器を預けたところで、それぞれ独自にやってくれたほうが助かる。
その人材不足の結果が、俺がノルテ海から王国東部、そして北部を、ポータルがあるとはいえ転々としているという事実だ。異世界で過労死はさすがに笑えない……。
「承知しました」
ただ、あいつも北方軍を指揮する立場だ。総大将を引っこ抜いて大丈夫なのかな……?
いやまあ、そのあたりは、現地で話し合って落としどころを見つけてもらおう。
エマン王は遠い目になった。
「まことに、世界は変わった。わずか一年前まで、剣と魔法――騎士と魔術師が戦争の花形であったが、今や古代文明時代の遺産、機械を操ることが世界を制すると言っても過言ではあるまい」
確かに。ディグラートル大帝国は、異世界召喚や古代文明遺産の積極的発掘で、すでに剣と魔法の世界からの脱却を果たしつつあったが、ここ半年で世界の戦いは、激変と言えるほど様変わりを果たした。
たとえるなら、中世の戦いが近世、いや未来のそれだ。超古代文明の遺産もあるが、異世界人の技術や知識の活用も、それを大いにあったと言える。
……元の世界のラノベとかで、現代知識で無双とかあったが、ああいうのをオープンに活用したら、その世界も凄まじく変化しただろうと思える。……はてさて。
俺はチョコケーキとお茶を楽しみつつ、報告がてらの打ち合わせののち、ポータルでキャスリング地下基地へと飛んだ。
・ ・ ・
トキトモ領キャスリング地下基地。
ストレイアラ号を絡めた皇帝陛下侵入事件があって以降、警備体制を強化したが、あれからディグラートルは転移魔法を使ってここには現れていない。
念のため、ストレイアラ号は別の場所へ移送したが、皇帝陛下のご関心はもっぱらノイ・アーベントでのお食事にあるようだった。
それはさておき、ヴィクトリアス級城塞艦の二番艦『ヴェネラブル』が就役。クレニエール東領防衛のため、出航させようと指示を出した時、俺のもとに、ダスカ氏がやってきた。
「ジン君、忙しいのはわかっていますが、ひとつ報告が」
「何です、先生?」
ヴェネラブルに乗艦するためのタラップを上がりながら、俺の隣でダスカ氏は言った。
「例の折れた世界樹の地下の魔法文明遺跡で、新たな発見がありました」
「あの廃墟の遺跡から?」
「はい、リーレたちが……」
そこでダスカ氏は一旦言葉を切った。人の関心を引くのが上手いな。
「何を見つけたんです?」
「少女を」
「……え?」
「魔法文明遺跡で、少女を発見しました」
思わず立ち止まる。大昔の遺跡で、少女を発見した? 何だい、そりゃあ――
「迷子? それともあそこに住んでた人間がいた?」
「報告を聞いた限りでは、どうも違うようです。いま、ワンダラー号に収容して、こちらに向かっているそうです。それともうひとつ、気になる報告が――」
ダスカ氏は、リーレたちからの通信でわかっていることだけを告げた。
「観測の報告です。あの魔力消失空間が解除されたようです。魔力が、あの一帯に急速に充足しはじめたそうです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます