第904話、潜水生物、迎撃


 巡洋艦『ヴィントホーゼ』の艦尾には浮遊石搭載型航空機の発着スペースがある。基本は連絡機の往復に用いるもので、攻撃機などは搭載していない。


 その発着甲板から、漆黒の魔人機――ベルさんの専用機『ブラックナイト』がブースターを噴射して飛び立った。


 後部甲板要員や、目撃した乗組員には、召喚魔法で騎士型の召喚生物を喚び出したように見えただろう。ブラックナイトは、艦に搭載されていたものではなく、異空間収納からベルさんが出したものだから。


 ブラックナイトはブーストジャンプを行うと、両型のシールド内蔵マギアカノーネを発射。数隻を両断するように撃沈すると、手近な一隻に思い切り着地。マストをへし折り、さらに衝撃で沈み混んだ船の甲板に大量の海水が流れ込み、そのまま海へと沈める。


 その間に、ベルさんの機体は次の船へと跳躍している。そして敵船の甲板に滑り込むように乗り込むと大剣型マギアブレードでマストを帆もろとも引き裂き、船体を両断し、哀れな犠牲者を増やしていく。


 ふと、その様子を眺めていた俺は、壇ノ浦の戦いにおいて、源 義経の八艘飛びを連想した。俺も詳しくは知らないが、船から船へ飛び移るとか、こういうことじゃなかろうか?


 さて、ベルさんのブラックナイト、その義経ジャンプは置いておくとして、こちらは海中の敵にも備えよう。


「聴音!」


 俺が言えば、ゲハルト君がすぐに通信用受話器をとって聴音室――ソナールームへ確認する。


『ソナーは、海上の騒音激しく、探知困難!』


 派手に戦闘をやってる分、雑音も多い。沈んだ船舶の破壊音もかなりのものになるだろう。


「魔力式ソナーに切り替え」


 音ではなく、魔力の動きの反応を探る魔力式ソナーは、そもそも音の発生が少ない海中生物を探るに便利だったりする。


『捕捉しました! 方位、右30度。深度20、距離7500。移動体5! 高速接近中』

「ゲハルト君」

「はっ、三連誘導魚雷、対潜ロケット砲、発射用意!」


 命令が伝達され、『ヴィントホーゼ』の右舷側に指向する対潜装備がそれぞれ攻撃態勢に入った。


 誘導魚雷が水上目標から潜水目標への切り替えが行われる中、まず先手を取ったのは、八連装対潜ロケットランチャー。


『ヴィントホーゼ』の後部、両舷に二基ずつ搭載された対潜水物用のランチャーから、接近する水中の敵、その鼻先に着弾するように次々に投射される。


 海面に着水の水柱が上がり、その数秒後、さらに大きな水柱が噴き上がった。しかし――


『敵、一体が脱落! し、しかし、残り四体が爆発前に通過!』


 敵生物のほうが速かった。敵の正体はわからないが、水中生物だけのことはあるか。


「誘導魚雷、用意よし!」

「撃てッ!」


 艦体中央より後ろ寄りに装備されている45センチ三連魚雷発射管から、魚雷が連続射出される。バン、と海面に投下された魚雷はわずかに沈降後、スクリューを回転させながら推進。標的と定めた敵水中生物へそれぞれ突進した。


 そう、三本なんだ、発射されたのは。そして敵は残り四体。


「ゲハルト君、近接防御! サウンドボム、用意だ」

「はっ! 近接水中防御、用意!」


 サウンドボムとは、対水中生物用の音響爆弾である。乱暴にいえば水の中で音波の衝撃波をぶちかますことで、水中生物の聴覚や脳にダメージを与える。動物保護団体から文句がきそうな兵器である。……まあ、生き物に優しい兵器などほぼ存在しないが。拳銃だって生き物は殺せるのだから。


「各艦、聴音手は音響爆発に備えろ!」


 海の中の音を拾うことに集中しているソナーマンの鼓膜を潰すわけにはいかないので、事前に注意が発せられる。


 その頃、放たれた魚雷が、接近する敵性水中生物に正面から衝突、爆発する。これだけでも充分に海中騒音ではあるが、ここで海中をかき乱し、海面に水柱が上がった。


『……魚雷、それぞれ目標を撃破! 残り一体、距離3000!』

「報告、『ラヴィーネ』、魚雷発射!」


 巡洋艦ヴィントホーゼに後続する駆逐艦『ラヴィーネ』が、対潜魚雷を投下したのだ。艦隊に接近していた最後の水中生物に魚雷が迫り……そして海面を柱が裂いた。


「魚雷、敵に命中――撃破っ!」

「……ふう、サウンドボムの出番はなかったな」


 俺が息をつけば、ゲハルト君も額に浮かんでいたらしい汗を拭う仕草をとった。


「そうですな。――聴音室、引き続き、水中にも警戒」


 海の中は静かになったが、水上は相変わらず忙しい。各艦のプラズマカノンは大帝国帆船を砲撃し続けている。前期型の軽砲ではあるが、単装砲にしたことで砲自体が軽く旋回性に優れる。


 つまり速度が速くても、砲が素早く旋回するため照準を合わせるまでが早い。『ヴィントホーゼ』と『ラヴィーネ』は、両艦とも各砲塔による自由射撃に切り替え、手当たり次第の攻撃を繰り返している。


 艦首一番砲が右舷を、二番砲が左舷を向いているのも珍しくなく、ノルテ海艦隊は、すでに敵の二つ艦隊、その真ん中を突っ切る形になった。


 大帝国戦闘帆船群を海に沈めまくれば、最後に旧シェーヴィル王国から徴集した軍船と輸送帆船の艦隊。こちらはノルト・ハーウェンに攻め込むための陸戦部隊を乗せている。


「長官、敵船団は依然として南下中です」


 ゲハルト君が言った。大帝国海軍が叩かれて、その大半が撃沈されたにも関わらず、後続の連中はノルテ海を進み続けている。


 指揮が混乱しているのか、あるいは状況が掴めていないのか、どうしようもない間抜けが率いているのか。……貴族のボンボンが指揮官を務めることが珍しくない世界だから、マジそういうのがあり得るのが怖いところだ。連合国にいた頃はそれでかなり足を引っ張られた。


「進んでくるというなら、沈めるしかないな」


 こいつらをノルト・ハーウェンに行かせたら、そこに住む民の命、財産が危険にさらされるからね。


「主砲はどうか? まだやれるな?」

「――砲術長」

「……はっ、砲の連続射撃による冷却に問題なし。プラズマ弾の安全射撃限界数まで500発以上あります!」


 まあ、これまでも一発で一隻撃沈という感じだったから、思ったより消耗していないのだろう。まだまだ余裕だ。


「では、ゲハルト君、やってくれ」

「はっ! ノルテ海艦隊、突撃!」


 五隻の水上艦艇は、新たな敵艦隊へ攻撃に移った。


 一方、大帝国海軍艦隊の残存艦は、ベルさんのブラックナイトが掃討している。何かもう、向こうの大帝国さんは逃げ腰なんだけど、航行不能船やその残骸が至る所にあって、思うように航行できないようだった。


 こうしてノルテ海艦隊・水雷戦隊は再び砲火を開き、敵を血祭りに上げていく。


 だが、太陽が傾き、西の空が赤く染まりはじめる頃、ひとつの急報が入った。


「長官、フルーフ島司令部より報告! 『リヴィエル海軍が行動を開始。フルーフ島へ艦隊が進撃中』です!」


 リヴィエル……大帝国派の艦隊か。ゲハルト君が、報告に来た通信士に青い顔を向ける。


「馬鹿な! リヴィエルの連中は、大帝国艦隊と合流したのちに進撃してくるのではなかったのか!?」

「予定を前倒しにしたか、あるいはこちらが大帝国艦隊に掛かっている隙を突いてきた、ということだろう」


 俺は司令官席にもたれた。敵さんも中々粋なことをしてくれるじゃないか。


「長官、すぐに引き返して、フルーフ島を救援しましょう!」


 ゲハルト君が強く進言した。いま交戦中の敵艦隊を放り出して、か? ……ふむ、まあ、残敵掃討は、うちの潜水艦隊でも可能か。

 よし、それでいこう。

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