第903話、ノルテ海の竜巻
「いいかい、ゲハルト君。水雷屋は突撃あるのみだよ」
巡洋艦ヴィントホーゼの艦橋で俺が言うと、当のゲハルト君が驚いた顔をした。何だ、と聞いてみれば――
「父も、海賊との戦いで、よくそのように言っておりまして……」
聞けばヴェルガー伯爵は、自ら戦闘帆船部隊の先頭を行き、敵に切り込んでいく勇猛果敢な指揮官だったらしい。
「……正直言いますと、水雷屋とは何だろうと思っていたのですが――」
ゲハルト君は目を細める。
「この艦を預かり、わかってきたような気がします。父は、未来の戦いを見通していたのですね」
俺のいた世界では、過去の戦いなんだけどね――とは心の中に留めておく。
第二次世界大戦以前の海軍において、巡洋艦や駆逐艦に載せた魚雷は、主力艦――すなわち戦艦を沈めうる強力な武器だった。
だが砲より射程に劣り、命中率も低いため、確実を期すため敵艦に肉薄せざるを得なかった。
しかし駆逐艦は、ブリキ缶と称されるほど装甲は皆無。被弾すれば即おしまいの艦種である。それゆえ、駆逐艦乗りであり、水雷屋は度胸のある海の男たちが多かった。
ただ、その点で言えば、敵艦に接舷しそのまま船上に切り込んで白兵戦をやらかすのが主流のこの世界の海兵たちも度胸は充分だろう。
もっとも、敵が砲撃してこない世界だった、という点を考慮する必要はあるだろうけど。
ノルテ海艦隊水雷戦隊五隻は、大帝国海上艦隊に砲撃しつつ切り込んだ。ウィリディス艦隊のプラズマカノン――もっとも前期型の軽砲だが、それでも木造型帆船には抗いようがないほどの威力があった。
ヴィントホーゼとは『竜巻』という意味だ。水雷戦隊旗艦である同艦は、その名の通り竜巻となって、大帝国帆船を次々に海の藻屑に変えた。
風に頼る帆船と、インフィニー機関による自走が可能な軍艦ではその移動速度、運動性は雲泥の差があった。
どれくらい違うかといえば、せいぜい一桁出すのがやっとの戦闘帆船に対して、ノルテ艦艇は30ノット(55.5キロ)を出せるのだ。
あまりに数が多すぎて、敵艦は個別に動けるスペースが少ない。風を読んで船を操る操船術は、おそらく優れているのだろうが、距離を詰めることもままならず、こちらの砲撃を一方的に浴びて沈む。
一発食らえばアウト。しかもその的が五、六十メートルもあれば、当たらないはずがない。
敵艦隊の周りを高速で進みながら、ノルテ海艦隊水雷戦隊は一方的に砲撃を加える。彼らには、こちらの船が風のように見えるだろう。あるいは魔法か、神の加護か。
はっきり言って、帝国が魔器や強力なる魔法兵器を使用しない限り、勝ち目など万に一つもなかったのである。
戦いは数と言う。しかし火力にスピード、そして通信による連携速度にも圧倒的な差がついていては、大帝国側にはどうしようもなかった。
真っ先に総旗艦が沈められ、航空ポッド空母を失ったことも大帝国海軍にとって不幸だった。……大帝国は、ノルテ海の防備をまったく考慮していなかったのか?
俺は、あまりに脆い大帝国海軍を見やり考える。『ヴィントホーゼ』の主砲が新たな敵船を吹き飛ばしていくのを尻目に、大帝国帆船はまさに無抵抗も同然だった。
おそらく魔器のひとつもあったに違いないが、たぶん旗艦級に配備されていたのだと思う。それは魔器自体の数が少ないから、大帝国でも時代遅れと化している戦闘帆船にわざわざ配備する余裕がないからだ。
空中艦優先で、装備の拡充に冷や飯を食わされているのが大帝国海軍だ。ようやくマシな装甲艦も、こっちが真っ先に沈めてしまったからな。
「例の裏ルートで何か隠し球を用意していると思ったんだがな……」
「は、長官、何か……?」
俺の独り言を、ゲハルト君は聞き逃さなかったようだ。インフィニー機関の音、プラズマカノンの発砲音が連続し、遠くは敵帆船が吹き飛ぶ音、船体がへし折れる嫌な音が波間を縫って聞こえたりしている。
「大帝国さんの、厄介な増援を警戒していたんだ」
「あぁ、空中艦などでありますか」
「うん。まあ、これまでの大帝国空中艦なら、プラズマカノンで充分応戦可能ではある」
それに『ヴィントホーゼ』には四連装の垂直ミサイル発射筒も四基装備している。これまでプラズマカノンのみで対応させていたのは、そうした敵の増援戦力に備えてではあったのだが……。
王国大侵攻のための囮――ノルテ海の大帝国海軍は、捨て駒か。
普通なら空中艦の支援がついてもおかしくないのに、それがない。海軍自体が旧式の寄せ集め艦隊じみているところなど、あの皇帝なら不要在庫の処分気分で投入してきそうではある。
それとも、ウィリディス航空艦隊の分散を狙っているのかもしれないな。ノルテ海艦隊が近代化されていないければ、旧式の帆船艦隊といえど二百隻以上は脅威だったし。
「とはいえ、数が多いな」
「なあ、ジンよ。オイラも出てきていいか?」
ベルさんがそんなことを言った。退屈なのはわかるけどね。
「構わないけど、何をする気だい?」
「ちょっとブラックナイトで暴れてくる」
「魔人機で水上戦闘をやろうってのかい?」
いやまあ、ベルさんの専用機ならできるだろうけど。……まあ、いいだろう。
「数が多いから獲物には困らないだろうね」
「ああ、掃除してきてやるよ」
何て働き者なんでしょう。離れていくベルさんを見送り、俺はノルテ海艦隊の戦いぶりに視線を戻す。
敵船が回避行動もままならず、ほぼ棒立ち状態になっているところを大胆に接近するノルテ海艦隊。主砲のみならず、四十ミリ光線機銃や二十ミリ機関砲まで動員しての近距離戦闘。だがそれだけでも充分に敵帆船を穴だらけにし、その乗組員を殺傷していく。
「ゲハルト様、長官!」
その時、通信士が振り返った。いかにも船乗りといった巨漢の通信士が、窮屈そうに席についているのは、少々ミスマッチである。
「ウィリディス潜水艦隊より入電でさあ。『海中を当方に接近する大型魔獣を複数確認。交戦規定に従い、交戦す!』」
「海中の魔獣……!?」
ゲハルト君が「何故?」という顔になる。ふふん、そういうことか。
「どうやら警戒していた大帝国さんの増援は、空ではなく海中からのようだな」
仕掛けたのは魔法軍あたりかな。なるほどね、ノルテ海という戦場ならではの手駒を用意してきたか。
「しかし、長官。海の魔物を集団で扱えるものなのでしょうか……?」
「大帝国ならやるよ」
「従来の戦闘帆船でなら、これらに対応できなかった」
「はっ、しかし、我がノルテ海艦隊は、海中の敵にも対応可能であります!」
ゲハルト君は姿勢を正した。うん、ヴィントホーゼ級をはじめ、ラヴィーネ級駆逐艦に、ネーベル級哨戒艇にも対潜装備があるからね。
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