第902話、猛攻、ノルテ海艦隊


 虎の子の新鋭艦が、ウィリディス潜水艦隊によって雷撃された大帝国海上艦隊。


 航空ボッド空母を失い、さらに艦隊司令が乗り合わせた旗艦が撃沈されたことで、帝国艦隊は混乱に陥った。


 そこへ放たれた第二の刺客――ノルテ海艦隊の航空隊である。


 シーファング艦上攻撃機、シーホーク艦上汎用ヘリは、どちらもウィリディス製の航空機だ。


 空母艦載機用に設計された機体で、主に水上艦や海賊船の撃沈、制圧を目的としている。


 シーファングは武器翼と呼ばれる主翼を持つ。これを折りたたむことでヘリのように幅が細長くなり、限られた格納庫のスペースに多く詰める工夫がされていた。


 一方のシーホーク艦上汎用ヘリは、飛行甲板に駐機することをメインにしている。

 ヘリコプターとされているが、ローターはなく、浮遊石によって飛行する。当然、ホバリング的な飛行、空中静止はお手のもの。胴体に乗員収容スペースがあって、漂流者の捜索や救助任務にも耐える。


 機首には二十ミリ機関砲を備え、スタブウィングにロケットやミサイル類も装備可能。兵員輸送と敵地への強襲揚陸任務もこなせる機体だ。


 さて、ここまでさんざん艦上機とか格納庫のスペース云々と言ってきたが、これを運用する航空母艦が存在する。


 それが『飛隼ひじゅん』である。


 ノルテ海艦隊に配備された水上航行型空母。

 全長227メートル、基準排水量1万6000トン。速力29.8ノット。飛行甲板への駐機を含め、艦載機は54機を搭載する。


 これまではクラーケン軍港にこもり、その艦載機を飛ばしてはしても存在を隠していたが、この度の戦いで、ようやくノルテ海にその勇姿を見せていた。


 空母『飛隼』より発艦した艦載機隊は、時代遅れの戦闘帆船を次々に機関砲や小型ロケット、ミサイルで海の藻屑もくずへと変えていった。

 高速で飛行する艦載機にとって、帆を使って進む帆船など、ただの的も同然だった。海賊退治で慣らしたノルト・ハーウェン出身の搭乗員たちは二百隻を超える大帝国海軍艦隊の四割強を撃沈破する活躍ぶりを見せた。


 大帝国海軍が一方的にその数をすり減らしている頃、猛烈な勢いで北上する水上部隊があった。

 水上航行型巡洋艦『ヴィントホーゼ』を旗艦とするノルテ海艦隊主隊である。


 その陣容は軽巡1、駆逐艦1、戦闘哨戒艇3と、数だけならば弱小もいいところの水雷戦隊だ。


 しかし標準型戦闘帆船の2.5倍はある軽巡洋艦『ヴィントホーゼ』は、それらからみれば戦艦も同然の巨艦である。しかもテラ・フィデリティアの魔法機関を備えた各艦艇は30ノット以上の高速力で波を叩き割り、突進していた。



  ・  ・  ・



 潜水艦『クロコディール』からポータルを経由して、巡洋艦『ヴィントホーゼ』に移動した俺とベルさん。


 その艦橋では、ヴェルガー伯爵の息子、ゲハルト・ヴェルガーが待っていた。


 二十代半ば。背が高めだが、ほっそりしていて、海の男のような屈強さはあまり感じられない。貴族のご子息という雰囲気がよく似合っている。


 ノルテ海艦隊、水雷戦隊指揮官を務める彼とは、伯爵との打ち合わせで赴いた際、二度ほど会っていた。


「ようこそ、トキトモ長官」

「君も俺を長官と呼ぶのか……」


 苦笑混じりに答える俺に、すらりと背の高いゲハルト君は小さく笑みを浮かべた。


「先日、父からは、そのように呼ぶようにと言われまして」

「うん、君のお父上にも『長官』と呼ばれた。……あの人こそ、ノルテ海艦隊の司令長官なのにね」


 俺はウィリディス軍の軍帽を被る。


「俺は、君たちノルト・ハーウェンの船乗りたちに活を入れろと言われてきた」

「私どもは、トキトモ長官の指揮下に入れと命じられております」


 すっと、背筋を伸ばすゲハルト君。


「戦隊乗組員一同、ウィリディス式艦艇の操艦を学んでおります! あとはウィリディス式の戦術だけです。長官、我々をお導きください!」


 ……なるほどね。頭では新鋭艦艇の扱い方を覚えたが、実戦での動き方には不安があると。まあ、本格的にぶつかる相手が三桁の数の敵ではね……。


 俺は思わずベルさんを見やる。黒猫はニヤニヤしているようだった。


 実にもっともらしい言い分で、俺を担ぎ出したもんだ伯爵は。これもひとつの教育というやつかな?


「承知した。貴君らの働き、とくと見させてもらう。ノルテ海の制海権は、この一戦にありだ」


「長官、どうぞ」と、ゲハルト君は、俺に司令官席を勧めた。


「当水雷戦隊は、これより敵残存艦掃討にかかる。戦隊は……かなり飛ばしてるみたいだけど今、何ノット出てる?」

「は、戦隊最大速度の30ノットです!」

「25ノットでいい。今からそんな機関に負荷かけてどうすんの」


 最大速度は魔力燃料をドカ食いするし、長い時間、機関の出力を上げたままだと相応の負担がかかる。


「まあ、やる気は認めるけどね」


 飛ばした甲斐があったようで、やがて水平線上にいくつもの黒煙が見えてきた。先の飛隼隊の空襲で炎上している敵艦だろうな。


「さて、獲物はまだウヨウヨいる。こちらは速度を利して単縦陣のまま、敵艦隊へ接近。主砲による砲撃戦で敵を叩く」


 手順は簡単だ。距離を詰めつつ、主砲であるプラズマカノンで、手当たり次第攻撃するのみ。木造型帆船に、プラズマカノンの直撃に耐えられる装甲などなく、一発命中すれば大破、撃沈も難しくない。


「間違っても接舷戦闘などさせるなよ。それをやらかしたら、全員ヴェルガー伯爵からお説教プラス罰業務だ」


 低速過ぎる敵船にくっつかれて、海兵が乗り込んでくるなんてやられたら、近代艦乗員として末代までの恥と思え。まあ、ふつうにやったら帆船に追いつかれるなんてことはないのだが。


「さすがにそれは願い下げですね」


 ゲハルト君は表情を引き締めた。さて、長官としての意思は示した。あとはゲハルト君や各艦の艦長、そして乗員たちの働き次第と言える。


 巡洋艦『ヴィントホーゼ』以下、ノルテ海艦隊水雷戦隊は、敵艦隊に斜めに切り込む形で前進中。ゲハルト君の指示に応え、戦隊は向きを変え、砲術長が各主砲を操作する。


「全砲、射撃準備完了! いつでもどうぞ!」


 砲術長の野太い声に、ゲハルト君が「長官」と俺に指示を仰いだ。最初の号令はかけてくれ、ということだろうな。ではお言葉に甘えて――


「撃ち方始め!」

「撃ち方ァ、始めッ!」


 復唱、そして『ヴィントホーゼ』の左舷方向に指向した15.2センチ単装プラズマカノンが一斉に青い光弾を放った。

 続く駆逐艦『ラヴィーネ』も単装の7.6センチプラズマカノンを発砲。ネーベル級哨戒艇の三隻も、一基しかないながらもプラズマカノンを発射した。


 青い光弾は狙いも正確に帝国帆船に吸い込まれる。


 船体に大穴が開き、海水が船内に流れ込むと、ただでさえ遅い船足がさらに遅くなって海へ引き込まれていく。中にはそのまま船体がへし折れ沈没する船もあった。


 後世に語り継がれることになる、『鬼神』と恐れられることになるノルテ海艦隊水雷戦隊の戦いが幕を開けたのである。

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