第921話、盤上の艦隊
シェード艦隊旗艦の高速クルーザーが消えた。
俺は巡洋戦艦『ディアマンテ』の艦橋にいて、強化窓から見えた戦闘と、戦況モニターを交互に見ていた。
その消え方が、魔法具の転移石のそれに見えた。……大帝国艦が転移だと?
「まったく、やってくれる……!」
性能に劣る大帝国クルーザー部隊による殴り込み。それまでの大帝国のやり方とまったく違う戦い方は、なるほどシェード将軍だけのことはある。本当、やってくれたよ、まったく。
「閣下」
艦隊コアのディアマンテが端末から振り返る。
「敵艦、全滅しました。周辺に敵影なし」
「……ご苦労」
「それと偵察機から報告です。戦場後方にいたシェード艦隊の残留艦隊の近くに『オニクス』が出現。おそらく転移と思われます」
うん、消えた『オニクス』も転移での移動か。だがあれは転移石のそれとは違ったと思う。そもそも自力転移ができるなら、シェード艦隊が突撃してくる必要もなかったはずだ。
「『オニクス』の位置は?」
「ここよりおよそ110キロ地点。高速で進めば、充分捕捉できます」
「追尾しよう!」
司令官席のジャルジーが立ち上がった。
「ここで敵の旗艦を逃すのも惜しい! 我が艦隊の損害は軽微のようだが?」
確認するようにジャルジーはディアマンテに尋ねる。
「はい。駆逐艦に数隻、損傷がありましたが、大半の艦が戦闘続行が可能です」
「では追撃して、トドメを刺すべきだ!」
「いや、追撃はしない」
俺はきっぱりと告げた。「なに?」とジャルジーが怪訝そうな声を発し、ディアマンテもわずかに首をかしげた。
「『オニクス』は高速の巡洋戦艦だ。こちらが追っていると知ればその足で逃げる。そうなったら、一度距離をとられたらもう追いつけない」
「しかし、兄貴!」
「それよりも、だ。ディアマンテ、王国に配置している各連絡員、施設に緊急指令を送信」
緊急指令という単語に、ディアマンテは姿勢を正した。
「至急、確認をさせろ。内容『配置されている場所、施設の報告、ならびに敵空中艦が観測されるか、その有無』だ。急げ!」
「はっ!」
ディアマンテがコンソールのコア本体に、俺からの命令を実行させる。ジャルジーが聞いてきた。
「すまん、兄貴。オレにはさっぱりわからないのだが……説明してくれるか?」
「敵は、艦を転移させた」
俺は艦長席にもたれる。正直、まだ苛立ちは解消されていない。
「あれに関する情報はなかった。だがもし大帝国があの転移手段を、もっと多くの艦艇で使用することができたとしたら……」
「……したら?」
「俺たちの索敵の目を転移ですり抜け、王国の好きな場所を攻撃できる」
「!?」
ジャルジーが驚愕した。
「ま、まさか……今の戦いは囮で、いやまさか、あの規模の大艦隊が囮だったとでも言うのか!?」
「それはわからない。シェード将軍のあの艦だけの装備かもしれない。何せSS諜報部すらつかんでいない事柄だからな。……だからこそ確認の必要がある」
大帝国は、皇帝ルートで情報外のことをいつもやってくる。
あの転移による移動が艦隊規模で使えるなら、いまの索敵や防空体制は根本的に見直さなくてはならない。
極めて深刻な状況だ。敵旗艦追撃の中止など、些細な問題になるくらい大事である。
今この瞬間、王都や王国の都市が焼き討ちにあっているなんてことも、決して妄想とは断言できないのだ。
ややして、ディアマンテが王国各所からの報告を集め、俺とジャルジーに報告した。
「王国内で、攻撃を受けた場所はありません。敵の空中艦の目撃例もありません」
「……どうやら最悪の事態は回避できたようだな」
俺は思わず肩をすくめ、ジャルジーは心底安堵したように大きく息を吐いた。
「それと偵察機からの報告ですが、敵輸送艦隊近くに、シェード将軍の旗艦が発見されました。どうやら友軍艦隊のもとに転移していたようです」
「それを聞いて安心した」
ようやくホッとした。正直、俺もシェード将軍の所在がわかるまで不安だった。
「とはいえ、諜報部には再度の確認が必要だな。大帝国艦の転移攻撃が本格的に行われたら、面倒この上ない」
「しかし、兄貴。大帝国は新鋭の艦隊を失った」
ジャルジーの発言に、俺は首を横に振る。
「大帝国には、まだまだ把握できていない情報も多い。敵が魔法文明兵器をどれだけ回収して戦力化しているのか、それすらまだわかっていない」
今日やっつけた百にもおよぶ艦隊が、ひょっこり復活していることもあり得る。……何せ俺たちが捜索した折れた世界樹のあった地下構造体の中には、使い物にならなかったとはいえ、総勢三百近い艦艇の残骸があった。
あれと同じ規模の構造体を大帝国側でも掌握しているなら、それだけの数を動員できる可能性もあるのだ。
「ディアマンテ、艦隊に集結命令。あとは、被害報告をまとめてくれ」
「承知しました、閣下」
ディアマンテが作業に移る。俺は艦長席を立つと、艦橋後部の戦略ボードへと歩み寄る。シェイプシフター従兵にコーヒーを頼んでいると、ジャルジーが司令官席を降りて、俺の隣に立った。
「今回は完全勝利、と言っていい内容かな?」
「敵旗艦を逃してしまった」
それと、シェード将軍を戦場に引き出しながら仕留められなかったのは、あまりよろしくないだろうな。従兵のもってきたコーヒーをいただき、ボードを見下ろす。
「今回、初めて艦隊戦を目の当たりにしたが……」
ジャルジーが苦笑した。
「何から何まで想像の上をいった。改めて兄貴は凄いと思った」
「……」
「序盤の劣勢は、正直肝を冷やした。だがそれも兄貴には想定内だった。終わってみれば大勝。……そう、戦う前に、すでに決着はついていた」
「それが戦略というものだろう」
俺はジャルジーを一瞥する。
「君だって、戦場で敵と合戦する前に、どう進めるか考えて、勝つように軍を動かすだろう?」
「……うむ。軍の動かし方は教わったが」
公爵は眉をひそめた。
「敵軍に対して、どのように軍を配置して、どう戦うか――そう考えるが、あとは個々の働きに賭けるところがある。いざ蓋を開けたら、どう転ぶかわからないところはある」
通信機がなくて、騎兵や兵士が突撃するような戦場だとそんなもんだよな。部隊それぞれの練度が、物を言う戦いというやつだ。前線指揮官の個々の判断がかなり影響する。
「うまく言えないが、オレたちは盤上の駒を動かしながら勝ち手を探っていくが、兄貴は盤の前に座った時点で、もう勝ってる……そんな感じだ」
「なんだそれ」
とんだチート野郎だな。俺もさすがにそこまでできないぞ?
「まあ、一番理想は、戦わずに勝つことなんだよな」
「すでに戦場に立っている時には、相手は負けているということだな!」
……ちょーと違う気がするが、それはそれで格好いいな。お前はもう、死んでいる、ってか?
ただジャルジーよ、ちょっと持ち上げ過ぎじゃないかね?
「それはともかく、これで敵の春作戦は潰したが――」
『閣下、偵察機より入電!』
SS通信士が端末より振り返った。
『ズィーゲン平原北方にて、大帝国の陸上部隊が出現。現在、南下中!』
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