第922話、冬作戦


 大帝国のヴェリラルド王国侵攻作戦は、春、夏、秋とことごとく失敗した。


 主攻である春作戦が頓挫とんざしたとあれば、陸上部隊による北方領侵攻の冬作戦は中止となるところだった。

 だが大帝国皇帝、ディグラートルの勅命により、西方方面軍のシェード将軍を飛び越え、作戦強行となった。


 ただし、冬作戦用に準備していた西方方面軍陸軍ではなく、本国より皇帝が送り込んだ軍勢が、その尖兵となった。

 シェード将軍ですら内容を把握していないそれが、ズィーゲン平原の大地に上陸したのだ。


 ジャルジーより、北方の守りを任されたミューエ将軍は、ただちに各防衛部隊を集結させ、進撃する敵軍の迎撃に当たった。


 公爵軍は、魔人機二個大隊、歩兵一個連隊、戦車二個大隊。これに航空戦力として二個飛行大隊があった。


 かつて存在した騎兵は、もはやなく、ウィリディスで生産された機械兵器がその主力となっている。


 また、そのウィリディスからも魔人機、戦車一個大隊ずつ、二個航空大隊が増援として配置されていた。


 そんな北方軍の主力に対し、大帝国侵攻軍は襲いかかった。


 第一次ズィーゲン平原会戦で大帝国軍を圧倒し、続くモンスターメイカーによる軍勢をも撃退した北方軍が相対したのは、古代魔法文明製の多脚型兵器を要する機械軍団だった。


 ウィリディス兵器が、これまで大帝国陸上部隊に有利だったのは、ひとえに優れた射撃兵器を保有したいたことだった。


 だが、帝国側にも同様の射撃兵器があった場合どうなるか?


 それは、すぐに明らかとなった。

 四脚に胴体、筒状の突起を立てたようなスタイルの魔法文明戦車は、アンバンサーの多脚兵器に比べると小さく、弱そうに見える。


 しかしその目のように見える可動魔法砲と、筒状の突起を倒して発射する大口径魔法砲は、ウィリディス製のマギアライフルや携帯型プラズマライフルにも匹敵する威力を発揮した。


 それら魔法文明戦車が大挙押し寄せた結果、北方軍魔人機大隊はその戦力をすり減らし、戦車大隊に至っては、塹壕にこもっていない車両は瞬く間に殲滅されてしまった。

 また航空部隊も、敵戦車の対空射撃に捉えられる。こちらの対地ミサイルは、敵多脚戦車に直撃すれば撃破できたが、反撃の魔法砲にやられる機体も相次いだ。


 では、派遣されたウィリディス地上部隊はどうだったか?


 こちらもまた苦戦を強いられた。第七魔人機大隊は敵弾幕に押され、陣地にこもっての防衛戦を展開する。


 第一戦車大隊アイゼンレーヴェのルプス戦車は、アウトレンジを狙うも敵戦車撃破と引き換えに別戦車からの魔法弾を食らって、撃破ないし戦闘不能に追いやられていった。


 航空部隊もワスプヘリ部隊は、敵魔法弾の反撃を恐れ、出撃できず。高速の対地攻撃機であるワスプⅡ部隊は、敵に出血を強いたが、こちらも撃墜される機が少なくなかった。



  ・  ・  ・



 北方軍からの速報は、旗艦『ディアマンテ』にいた俺のもとに届けられた。


 なんとまあ……。


 敵空中艦隊を撃破した戦勝ムードは完全に一掃された。北方軍の総司令官という立場であるジャルジーは、現場を任せたミューエ将軍の悲鳴にも似た救援要請に唇を噛んでいた。

 まったく、やってくれるよ、あの皇帝陛下は。


 現状、手を打たねば、ズィーゲン平原の防衛部隊は全滅する。ジャルジーの領地であるクロディスは、敵に蹂躙されてしまうだろう。


 盤の前に座った時には、もう決着がついている? ほら、買い被りってものだろう? 現実は、そう都合よくはいかないのさ。


「第三艦隊から、対地攻撃装備の攻撃隊を出せ」


 アーリィーの空母機動部隊から艦載機部隊を出す。艦隊戦では、主に戦闘機しか出していなかったから、爆装した艦爆や艦攻をすぐに派遣できる。


「ただ、今回はかなりの損害を覚悟する必要があるな」


 魔法文明戦車は対空能力を有している。弾道がほぼ直進する魔法砲だから、突っ込んでくる航空機は撃墜しやすいのだ。敵の射程外からミサイル系誘導兵器を撃ち込むのが最善だとは思うが……。


「問題は、敵戦車がそうしたミサイルウェポンに対する装備を持っていた場合か」


 航空機一機あたりが搭載できる武装は無限ではないのだ。……あの廃墟遺跡から、完全な状態の多脚戦車を回収しておきたかったな。ガラクタばかりのせいで、機能や性能を完全に解析できなかったのだ。

 ……あぁ、そうだ。


「陸上駆逐艦を投入しろ。敵戦車を駆逐させるんだ」


 城塞艦『ヴィクトリアス』は北方軍将軍の暴走によって失われたが、その護衛艦である『ジャガノート』『ルーラー』の二隻の陸上駆逐艦は健在だ。残してよかった陸上艦!


 艦の正面に城壁をくっつけたような陸上駆逐艦なら、敵の魔法弾にも耐えて突撃できる。


 クロディス方面を哨戒していた陸上駆逐艦がそれぞれ、ズィーゲン平原防衛線に急行。アーリィーの第三艦隊からも攻撃隊が発艦し、地上制圧をかける。

 ……うむ。第一遊撃隊からも、緊急展開魔人機部隊を出しておくか。――ディアマンテ!


 ということで、待機している機動巡洋艦『ユニコーン』の艦載魔人機中隊にも出撃命令。さらにポータルで繋がっている第二、第三遊撃隊のユニコーン級の艦載機も、こっちへ回してもらおう。

 緊急展開部隊こと、第五魔人機大隊『スカイランサーズ』の出番だ。


 こうして劣勢な防衛線での反撃の目処がたった時、戦場に新たな動きが見られた。

 帝国もまたさらなる援軍を寄越したのだ。



  ・  ・  ・



 それは黒い半球体だった。まるでドームのようにも見える物体が、ゆっくりと、滑るように戦場に姿を現したのだ。


 その数、三。


 戦車五、六台ぶんほどの大きさは、遠くからでも目立った。半球体ボディには回線のようなラインがいくつも入っていて、魔法文明戦車の目のような魔法砲と同じものが、至る所についていた。


 そしてその魔法砲が四方に放たれ、対地攻撃に移った第三艦隊航空隊に牙をむいた。


 飛来したミサイルを撃墜し、また攻撃機の主翼や胴体を引き裂いて墜落させる。複数のミサイルが敵半球体に命中したが、装甲が厚いらしく、損傷を与えられなかったようだった。


 そこへ陸上駆逐艦『ルーラー』が駆けつけた。正面防壁を押し立て突撃しつつプラズマカノンを撃ちまくる。

 敵半球体は装甲を抜かれたようで小爆発を繰り返しながら、しかし魔法砲の猛射で反撃。『ルーラー』もまた防壁を壊され、プラズマカノンを吹き飛ばされる。


 共に距離を詰めつつ、激しい応射は、結果的に相打ちとなった。

『ルーラー』は防壁を失い、艦体に無数の被弾を受け、艦橋も吹き飛ばされて機能停止。対戦した敵半球体も火山が噴火するかのような爆発の後、完全停止した。


 残す敵半球体は二体。それに数十の多脚戦車。このままだと、防衛線の命運が尽きるのは時間の問題だ。まあ、これで終わらないけどね。


 俺は高高度観測機からの映像で、戦況を見守っていた。もう手は打った。


 脳裏には、先ほどからここにはいないディグラートル皇帝の姿がちらついている。あの男と、盤を挟んで対局しているような気分になるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る